天宮司アキトの憂鬱
ゲートの発生、インベーダーの侵攻によって世界は変わったが人類は死滅しなかった。
しぶとくも生き残り、ゲートから得られた資源を用いて文明を発展させ、今日に至るまで素晴らしい成果を上げ続けている。
もっともゲートにちょっかいをかけるなんて馬鹿なマネを仕出かした国は滅び、総人口は三割も減ったそうだがオレには関係ない情報だ。過去は過去、今は今。
そう、現状考えるべきことは他にある。というのも……
「なあなあ! 教育実習生の先生、めっちゃ美人らしいぜ!?」
「マジかよそれ、どこ情報だよ?」
「でもほんとだったら嬉しいなぁ!」
──これだ。今日から教育実習で来る新人教師の話題。
教室内で騒ぎ立てる人族、大人ほど背が高く耳の尖ったエルフ族、同年代の男子よりも背が低く恰幅の良いドワーフ族の声は朝っぱらからやかましい。
興味がないにしろ、嫌でも耳に入ってくる情報は脳を圧迫しているようで、寝不足気味の頭に響く。
「男子っていつもそうだよね」
「こういうのでしか騒げないんでしょ」
「ねー。アキトを見習いなよ」
反面、女子たちは幾分か冷静な発言が多く、周りの男子を冷ややかに見渡していた。
猫や犬、多様な動物の器官的特徴を持つ獣人族、人の頭ほどの全長しかなく背中側に翅の生えた妖精族、側頭部から捻じれた角を伸ばす魔族。
多種多様な人種で構成された教室中の視線が、一人の女子の言葉で集約された。勘弁してくれ……面倒は避けたいんだ。
逃げるように視線を窓に向ける、が、近づいてくる足音に気づいて無駄だと悟った。エルフ男子の一人、リフェンスに机を叩かれ、頬杖が跳ねる。
「そんなことねぇよな!? アキト、お前だって気になるだろぉ!」
「ん、まあ……科目による、かな。何の担当だっけ?」
「担任が言うには、異類原生生物学だってよ」
「ああ、苦手な奴だ。分かりやすく教えてくれる人だと嬉しいな」
「ウチの世界の植物は難しいからなぁ……って、そうじゃなくて!」
再度、机を叩かれる。壊れないだろうな?
「見た目だよ、見・た・目! こう、あるだろ? 背が高いとか胸やケツがデカいとか」
「おっさんの着眼点だろ、それは……」
「仕方ねぇだろぉ!? エルフ族じゃあまだガキ扱いだが、俺は今年で一二〇歳だぜぇ!? そんじょそこらの連中より人生経験豊富だし、そういう欲求もあるんだよ!」
「人間換算で十二歳……だからって欲に正直過ぎないか? エルフって禁欲的なんだろ?」
「地球と交流し始めてからそういうのが馬鹿らしくなった!」
「さようで」
長命種の思考回路とは思えないが、これは良い変化と受け取っていいのだろうか。
彼自体、五年生の時に編入してきたネイバーの一人だ。年齢、価値観や知識量の差異を判断され、初等部に在籍している。
当初こそなんでこんな小さい奴らと、などと憤っていた。しかし長生きしているだけはあるネイバー側の雑学、うんちくを披露することによって人族からは羨望の眼差しを受け、お山の大将気分に浸れて気分が良いらしい。
結構な俗物だが実際頭も良く、座学の成績に関してはパフア専門校の全学年を通してトップクラスだ。こういった変態的な要素に目を瞑れば、かなり頼りになる。
他にも実年齢が高め、かつ頭の良い長命種は妖精族や魔族とこのクラスに何人かいるが、言い分にこそ納得できる部分はあってもリフェンスと同じに扱ってほしくなさそうだった。
「で、どの部分がデカいと嬉しい?」
「まだ続けるのか、その話。もうすぐホームルームだぞ、席に戻りなって」
「かーっ! 夢がねぇな、お前は! どの道もうすぐ顔見せに来るっつっても、ワクワクが抑えらんねぇこの気持ちがわから」
大仰な身振りでリフェンスが騒いだ時、教室の自動扉が開かれた。
そこから高速で飛来してきたタブレットがリフェンスの頭部を捉え、ガツッと鈍い音を立てる。
相応の衝撃と痛みに悶える彼の近くを、タブレットは優雅に──魔法の原理で浮遊してから、飛来した元へ戻っていく。
「うるさいぞ、バカ者が。とっとと席に着け」
タブレットを片手に入室してきたのはネイバー側の人族で、クラス担任のイリーナ先生だ。
「ぐおあぁ……ちょっと待てや!? 仮にも初等部生徒を相手に暴力はいかんだろ!?」
「お前にそんな遠慮をしていた結果、授業のたびに女性教諭がセクハラまがいの言動を受けて嫌だと抗議文を持ってくることになった。職員会議でも、お前にだけは行き過ぎた言動を取っても良いと許可が下りている。ならば躊躇する必要は無い」
「くうッ、身体だけは最高なくせに性格はさいあぶぼべっ!?」
「成績はいいのに全く反省しないな、お前」
再度振り抜かれたタブレットが、リフェンスの額を捉えた。
既に何度も交わされた光景を前に思うところもないのだろう。他の同級生はそそくさと自分の席に座っている。
リフェンスは行動不能なダメージを受けたが、イリーナ先生の魔法で浮かされて席に放り投げられた。哀れな……
「さて、馬鹿の騒ぎも落ち着いたのでホームルームを始める。当直、挨拶を」
「はい。起立……礼」
魔族の委員長の言葉で挨拶を終えて、再度席に腰を下ろす。
「既に話は出回っているようだが、本日からパフア専門校に教育実習生が配属される運びとなった。数は三人。その内の一人が、このクラスで異類原生生物学を担当することになっている」
今日の異類原生生物学は……確か、四限だったか。半ドン上がりだから最後の授業だ。
「地球側の人族だが、ネイバーの高名な教授や学界に評価されるほどの才女だ。苦手な教科だという奴はしっかりと礼儀よく質問するように。ついでに今日の授業を円滑に進める為、ホームルームの時間で顔合わせを済ませてもらう。入ってくれ」
「はい」
凛とした声音の返事が教室の外から聞こえてくる。
思わず目を向ければ、とても整った顔立ちの、イリーナ先生と同程度な背丈でスーツ姿な女性が現れた。
歩き、教壇の隣に立つ女性は、色ボケエルフなリフェンスが熱を上げるだけのことはある綺麗な人だ。なんというか、視線を奪われるとでも言えばいいか。
「皆さん、初めまして。本日からパフア専門校でお世話になる、教育実習生の如月真宵と言います。気軽にマヨイ先生、と呼んでいただけたら嬉しいです。クラスの皆さんと馴染めるように精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いしますね」
ディスプレイの黒板に日本語とネイバー語の名前を書き、隣でうやうやしく頭を下げる。取っつきやすそうな人柄の持ち主に見えるし、人前に立つことも慣れているのだろう。
おまけに真面目だ。復活したリフェンスを皮切りに沸き立つ教室内の喧騒を眺め、落ち着かせようと声を荒げるイリーナ先生の横で一緒に静めようとしている。
問題を聞きやすそうな人でよかった……そう思い、見つめていたら気づかれたようだ。
彼女は片目を閉じて、ウィンクしてから再びイリーナ先生の手助けに入る。……お茶目でもあるのか?