悪夢
炎が、揺らめいていた。
高速道路の上。複数台の車がごうごうと燃え盛り、助けを求める声と逃げ遅れた人が焼けていく。
上空にはゲート、地上にはインベーダーが闊歩する地獄の惨状。その中に、アキトの家族がいた。
決死の思いで、必死な表情で、我が子だけでも助けようと。
車外に突き飛ばした彼の眼前で血まみれの腕を伸ばしたまま、安堵の顔色で死に絶えていく。
共生する世界では普遍的な事象。されど、アキトにとっては最悪なゲート被害によって家族の命が奪われた。
一人っきりの病室で、誰の見舞いもなく。
親戚筋もおらず、誰にも頼れないまま地元を離れ、孤児院に。
地球人、ネイバーと共にゲートで家族を失った者を積極的に受け入れてきた院長、理念に賛同した職員、痛みを知る施設の子達。
トラウマを抱え、彼らと不器用ながらも関わっていくことで、アキトは苦しみから解き放たれようとしていた。
施設の世話になってから一年が経過。パフア専門校へ進学して目まぐるしい日々が過ぎる中──ゲート発生を知らせる、けたたましいサイレンが幸福を引き裂く。
崩れ、黒煙を噴き上げる建物。
押し潰される、年長・年少を含む子どもの悲鳴。
率先して救助に動いていた院長、職員がインベーダーの手で殺された。
またも失われていく命を前に、ただ見ているだけで。
彼自身も重傷を負い、薄れゆく意識の中、遅れてやってきたアストライアの戦闘部隊によって保護された。
搬送された病院で目を覚ました時、全て夢だと思えればどれだけよかったか。
しかし突きつけられる現実は鮮烈で、壮絶で、残酷で。
絶望することにすら疲れたアキトは生きて、ただ死んでないだけの肉塊と化していた。
『私たちの分まで生きて』
『どうか、死なないで』
『彼だけでも、守らねば』
その時から、ずっと。
死んでいった家族たちの幻影が、最後の言葉が付き纏う。
責めるでもなく、蔑むでもなく、恨もうともしない。
眠るたびに、ふとした時に、楔を打つかの如く何度も。
都合の良い解釈が作り出す虚ろの言葉によって、アキトの精神は病んでいた。
『生きてるよ。足掻いてるよ。守ってるよ。……でも、その先に何がある……?』
自らの弱さを突きつける、無意識が生み出した虚飾の言葉に苛まれながら。
アキトは己の意志を、探し続けていた。
◆◇◆◇◆
『──キト、アキトッ!』
「っっ!」
呼び掛けられた声で目を覚ます。汗ばんだ不快感が体に貼り付いていた。
周囲は暗く、視界の端に映る時計は深夜一時を指している。非常事態、ゲート、インベーダー、と脳内を駆け巡る思考のままに上体を起こそうとして。
実体化し、今にも泣きだしてしまいそうなほど顔を歪めるリクと目が合った。
「寝坊してごめん。状況は? 何があった?」
『違う、違うっ……そうではない。お主がうなされ始めたかと思えば呼吸が止まったんじゃ。肩を叩き、揺さぶり、声を掛けても戻らぬ。こ、このまま、死んでしまうのかと……!』
リクは胸元に顔を埋めて、俺の体に起きていた異常事態を口にする。
これまでの負傷の後遺症とでも言おうか。たびたび発作のように就寝中、無呼吸になることがある。
最近は頻度が下がってきていたのだが、つい先ほど再発してしまったらしい。
『誰もが儂の元を離れ、戻ってこない……お主まで、いなくなっては……!』
ヤシャリクのデメリットを受けない体といえど、ふとした拍子に命が殺生石に奪われているのではないか。そういった疑念が拭えないリクは、以前に同じ症状が出た時も激しく動揺した。
自身のせいでオレを殺した、そんな最悪の想像が脳裏をよぎり自己を失いかけるほど。
それから何かあるごとにボディタッチが増えた。バイタルを確認する為だと言われたが、きっと今のように、生きている実感を得る為に触れていたいんだ。
「……起こしてくれてありがとう。大丈夫、オレはここにいるよ。一人にはさせない」
『っ、うむ……!』
声を押し殺してすすり泣くリクの頭を撫でる。
こんな時でも姉さんを起こさないように配慮してる……彼女の気遣いに感謝だな。とはいえ、嫌な夢を見てすっかり目が冴えてしまった。体も熱い。
「少し、風に当たってこよう。リクも行かない?」
『……わかった。上着は羽織れよ』
「うん」
クローゼットから冬物のアウターを取り出し、袖を通して部屋を出る。
姉さんが気づかないように足音を立てず、マンションの廊下へ。エレベーターで一階に降りて近くの公園を目指す。
深夜帯である為、人目も人影も無く、光度の高い外灯が遊具やベンチを照らしていた。
そのベンチの一つに腰を下ろし、リクも隣に座る。既に実体化は解いて半透明なまま、オレに寄りかかってきた。
互いに思うところはあれど、無言のまま目を閉じる。
わずかに吹く風と木々のざわめきが、コンクリートジャングルの谷間を反響していく。無性に寂しく、静かな時間が過ぎていった。
「あれ? 君は……」
そんな時だ。風邪にまぎれて足音に気づけなかったが、誰かが近づいてきたらしい。
人を偉そうに言えた義理ではないが、こんな時間に出歩くなんて……しかも女性で、子どものオレに声を掛けてくる? 怪しい。
リクも同じように考え、そして先に気づいていたのだろう。薄目で見れば、いつの間にか存在を希釈化させて姿を隠していた。その気になれば、転移魔法でいつでも退散できるように。
さて、このままじっとしていても埒が明かない。いったい誰だ?
「──やっぱりそうだ! 天宮司君、こんなところで何してるの!?」
「……この声、マヨイ先生?」
呼び方と覚えのある声に目線を上げる。
視線の先にはこちらへ駆け寄ってくるマヨイ先生の姿があった。その両手に……はち切れんばかりにスナック菓子や菓子パンを詰め込んだ、買い物袋を両手に下げて。




