家族代わりな姉の矜持
「アキ君、そこのお皿を取ってくれる?」
「ん、はい」
ありがと、と受け取ったヴィニア姉さんは野菜炒めを盛り付けた。コマ切れの豚肉も入り、食欲をそそる匂いが香ってくる。
リフェンスを見送った後、オレはマンションに戻って姉さんの夕飯づくりを手伝っていた。リクは非実体化したまま、リビングでありきたりなワイドショーを流すテレビを眺めている。
その様子を視界に納めながらも、考えるのはリフェンスたちに打ち明けた悩みについて。
パフア専門校からの帰り際に魔導トラムで見た車内テレビの内容と、姉さんの見ていた先程の批判。どれも正しい事を言っているのは確かだ。
使命感や義務感でもなく、偶然で手に入れた力を振るい続けている。
それがどんなにあやふやで、危険な存在であるかなんて、最初から分かり切っていたはずなのに。
見ないフリをして、気づかないフリをして。
リクの為にだなんて大義名分を掲げて、自分の意思が関わっていない……オレは、何がしたいんだろう。
「アキ君? どうかした?」
「っ、なんでもないよ、姉さん。食器、運ぶね」
声を掛けてきた姉さんが用意した取り皿と料理をリビングに並べる。
台所からテーブルへと移り変わり、食卓が作られていく。
「後は飲み物を……姉さんは何を飲む? オレはオレンジジュースにしようかと思ってたけど」
「アキ君」
「コーヒーとかの方がいいかな? 姉さん、猫舌だからアイスコーヒー」
「アキ君っ。こっちに来なさい」
「はい」
挙動不審なのがバレていたのか、台所にいた姉さんに手招きされて、膝をついて目線を合わせてきた。
「何か様子が変だよ。見送りから帰ってきても顔が暗いんだもの。悩み事でもあるの? それとも、リフェンス君とケンカしちゃったりした?」
「ケンカはしてないよ。してたら、勉強なんて教えてもらえないし……そうだね、悩んでるかな」
「私には話せないようなこと? まさか、パフアでいじめられてたり?」
「そんなんじゃないよ。オレの心構えの問題というか、意識の低さというか……なんて言ったらいいんだろ」
身内である姉さんにも、夜叉としての活動は明かせない。
危険すぎるマネをしていると咎められるだろうし、何より心配させてしまう。それでリクと離れ離れになるなんてことになったら、嫌だ。
「……そっか」
言い淀んでいると、姉さんは自身と俺の額を合わせてきた。人肌の熱が伝わってくる。
姉さんはオレが何かを隠している時や、不安を抱いている時……こうして体に触れては目を閉じ、祈るような面持ちで向き合う。
俺を引き取ってくれた頃から変わらない、習慣のようなもの。目で全てを捉えるのではなく、肌で相手を感じ、痛みや迷いを和らげたい……そういう考えがあっての行動だ
「自分で答えを出したいんでしょ? なら、私は何も言わないよ。でも、もし本当に苦しいくらい悩んで、心が押し潰されそうになったら、私や周りの人を遠慮なく頼ってね?」
「……うん、わかってる」
「ほんとかなぁ。アキ君ってば結構、我慢強い子だから心配だよ」
「引き取ってもらった頃と比べたら、だいぶワガママを言うようにはなったよ?」
「ふふっ、そうだね。じゃあ、ささっと晩御飯食べちゃおっか」
柔らかい笑みを浮かべた姉さんが目を開き、額を離して立ち上がる。……なんでもお見通しだな、姉さんは。
その後、夕焼け空から夜空へと移り変わっていく時間の中で夕食を済ませ、片付けた後。
先にお風呂を貰って少し浮ついた思考のまま、明日の登校準備を終わらせてベッドに潜り込む。
時刻は二十一時。ゲートが発生でもしない限り、寝不足になることなく朝を迎えられるだろう。
『アキト、儂も隣で寝ていいかえ?』
「いいけど、なんで?」
『なんとなく、じゃ』
リモコンで電気を消して目を閉じようとしたら、覆い被さるようにリクが見下ろしてきた。半透明な長髪が頬に触れて、すり抜ける。
いつもはレイゲンドライバーをスリープ状態にして、疑似的に睡眠状態を再現したりと。
そうでなくとも充電の必要が無かったり、魔力の消費を気にしなくていい日にも言ってくるので、珍しくはない提案だ。けど、今日のリクは普段と比べて、思い詰めた顔をしていることが多かった気がする。
何か考えがあってのことだろうか……と、一人用の狭いベッドのスペースを空ければ、滑り込むように体を横にした。
そのまま互いに何を言うでもなく、眠気が襲ってくるまで天井を見上げ、次第に視界が狭まっていく──




