アキトの葛藤
「とりあえず今日はこのくらいでいいだろ。次のテストで下手な点数を取らずに済むはずだ」
「赤点を取って姉さんを心配させたくないからなぁ……」
『儂のメシの種が無くなる可能性もあるしの』
「だから消耗が激しい実体化はやめろっての」
雑談交じりに勉強道具を片付けて、帰宅するリフェンスの見送りに出ようとリビングを通り過ぎた時、ヴィニアが見ていたテレビから怒声が響いてきた。
かしましいと感じる声の正体は、熱の上がった討論を広げるコメンテーターの物。議題に上がっているのは、夜叉に関して。
『だから何度も言っているでしょう? 夜叉はアライアンス創立前からゲート被害の現場に投入されてきた兵器で、学園島で動いているのは本体そのもの! これは三か月前に出現した特位インベーダーの急襲で、夜叉を構成するパワードスーツデバイスを紛失した時期と同じです! テロ組織が独自に作り出した粗製の代物ではありません!』
『重要なのはそこじゃあないだろう? 奴は現在ゲート、インベーダーに対して動きを見せているが、いつ人類やネイバーに刃を向けるか分からないんだ。それこそ反政府組織の手に渡っていて、実践投入する事で実証や検証を重ねて、第二第三の夜叉を生み出さんと研究されているのかもしれないんだ。……アストライアは、この極悪犯罪者をなぜ捕まえない?』
『今の情勢を作り出したと言っても過言でない存在だぞ? アライアンスが持つ既存の兵器でも捕らえるのは厳しい。だからこそアストライアの施設で、本郷博士が直々に封印処理を施していたんだ……輸送中の事故で失くした訳だが』
『住民の生活を脅かし続けているのはゲートとインベーダーだけではない。目的は不明、理由も不明。分からない要素で形作られた夜叉の存在こそ、不安を助長させている根本の原因だ。人類の味方として動いているのならば、どうして声明を出さないのか? どうして顔を晒さないのか?』
『仮に一市民が着飾ったヒーロー精神で善業を重ねているのなら、今すぐアストライアの本部に出頭しろという話だ。正式な戦闘部隊の一員として登録すれば賃金は発生する、保証も保険も下りる。……頑なにそうしないなら、後ろめたいことがあると喧伝しているのと同義だ』
『世間は奴を親愛なる隣人と言って、呑気にヒーローを気取ってる馬鹿に踊らされ、本質を見ようとしない。愚か者ばかりだな……』
次々と述べられるコメントに加え、最後の心無い一言でスタジオが騒ぎ立つ。
夜叉やアストライアのみならず、民衆すら下に見た常識の無い発言だ。反感を買うのは当然と言えよう。だが、彼らの言葉にも納得できる部分はある。
単騎でインベーダーを蹂躙する暴力装置が混乱と議論の元であることに、アキトは無意識に拳を握り締めた。
「怖いなぁ。皆、なんだかピリピリしてる感じがして。職場の友達が夜叉さんに助けてもらったことがあるから、あんまり悪く言わないでほしいんだけどなぁ」
その様子に気づいたのはリクとリフェンスのみで、フォローしようとした時、ヴィニアがため息を吐いてテレビの局を変える。
「気持ちは分かるっすよ、姐さん。ウチの学校にも夜叉に救われた連中は大勢いますからね」
「そうだよねぇ……ってあれ? リフェンス君、帰るの?」
「うっす。勉強会は落ち着いたんで」
「オレとリクで見送って来るから、帰ったら晩御飯の準備手伝うよ」
「わかった」
間延びした声音を漏らし立ち上がったヴィニアに、帰宅の旨を伝えたリフェンスを伴って、アキトはマンションの外に出る。
「……テレビで言われたこと、気にしてんのか?」
エレベーターに乗って早々に、リフェンスが背中越しにアキトへ問い掛ける。
顔は見えない。けれども、こわばった指先が一階へのボタンを押す。
「少しだけ、考えてた」
「ヒーローごっこしてるなんて思われてることか? それとも……」
「そこはいいんだ。自分勝手なのは充分理解してる。人助けも、街を助けてるのも、結局のところはリクの為だから」
電力でも活動可能、周辺の大気に混じる魔素から魔力を得ることは出来るが、リクの消費に供給が追いつかない。
人工知能としての死を招かない為に、日常生活で不自由させない為にも、魔力リソースの確保は必須であり急務だ。
「褒めてもらいたい訳じゃないし、手放しで喜ばれるような話でもない。……オレは、オレの戦う理由も無しに夜叉として活動してる。それがなんだか、不義理で、自分がどうしようもなく流されてるだけなんじゃないかって……考えるんだ」
『お主は見ず知らずの儂を救おうとした。助けたい、救いたいという行動理念は元からしっかりしておるだろうに』
「でも、不気味だろう? どうして俺だけがヤシャリクに呑まれない? 命を奪われないで、災害じみた暴力を振るえる存在がまともだって言えるのか? ……怖いんだ。今は良くても、これがずっと続けば夜叉は日常の異物になる。ついていく形でオレの立ち位置も交わっていく……そしてきっと、いつか破綻して、オレ自体が現代社会のインベーダーと化すかもしれない」
指定階に到達したエレベーターが止まる。
「戦う理由が欲しくて戦ってるんじゃないのに、目的が変わるのが、怖い。死ぬほどみっともないけど、オレはこのままでいいと誰かの許しが欲しいのかもしれない……」
「アキト……」
静かに開かれる自動扉を越えて、魔導トラムに向けて歩き出す。
リクもリフェンスも、何も言えなかった。アキトの胸中にある漠然とした不安は、アキト自身にしか解消できない難問だったからだ。
二人は既に現状を受け入れている。不自然かつ歪でありながらも、成り立っている二重生活に。
そこに付随する精神的な問題の集積がアキトにのみ集中していた。それこそが、悩みをさらに強めていることに気づけないまま。
「見つけたいんだ。オレが、ここにいていい理由を」
自虐するようなアキトの呟きに、誰も応えられなかった。




