リフェンスとの出会い
漫画を読みふけるリクの含むような笑い声と、ノートにペンを走らせる音。
お世辞抜きに天才級の頭脳を持つリフェンスが出題する問題にニアミス解答を繰り返し、アキトは自分の出来が悪い頭の構造を恨みながらも。
昼間から続いていた勉強会は、定刻の時間に響く時報の鐘によって止められた。
「おっと、もうこんな時間か。かなり熱中しちまったな。適当なとこで切り上げてゲームでもやろうかと思ってたのに」
「脳味噌が茹で上がりそうだ……」
『苦手な分野をみっちり叩き込んだんじゃ。そりゃ脳疲労も相当じゃろうて』
顔色悪く、頭をふらつかせるアキトを見て、リフェンスは笑みをこぼす。
「つーか、お前は地頭が良いのになんだってこんな簡単なモノでつまづく? 魔法構築の術式文は確かに覚えんの厳しいが、法則性さえ分かれば簡単だぞ」
「出来たら苦労しないっての。マギアブルで省略できるんだし、学ばなくてもいいじゃん……」
「バカ言うな。お前がいつも使ってる隠蔽、遮音魔法は基本的に使用が規制されてんだ。そのままマギアブルで使うと即感知されるんだぞ? そうならない為に改良した術式文を使わせてんだからな」
至って簡単だとでも言わんばかりの口調。しかし実体はネイバーでも正答が出せないような高難度の問題だ。
加えて両者の間には研鑽と知識を蓄える圧倒的な年月の壁が建立されている。教科書や教師の指導でのみアキトより、長命種の持ち味を生かして、長期的に学問研究に勤しんだリフェンスに軍配が上がるのは仕方がない。
本来であれば、アキトが享受している内容もリフェンスにとっては児戯に等しい。けれど、彼が教授することになったのにはある理由があった。
「お前が夜叉として過不足なく活動できるように、学業で不安な面は俺が支える。夜叉の正体を知った時に約束したからな」
「そこは本当に助かってるから何も言えない……」
アキトが初めてヤシャリクを身に纏い、クモ怪人を討伐した日から数日後。
アストライアの戦闘部隊が尽力したおかげで人的被害は極めて軽微。街やアストライアの施設も復旧が進み、落ち着きを取り戻した頃。
リクにもたらされたヤシャリクのデメリットと、それを全く受け付けていないアキトの特異性。
ひとまず最低限な命の保証が得られたとはいえ、定期的に魔力補給としてインベーダーを狩る必要があること。
その情報を共有していたアキトはリクの為に再び出現したゲート、及びインベーダーの対処に当たっていた。
クモ怪人の魔力を吸収し解放された能力である“天翔”を駆使して、アストライアの包囲網に掛からないように奇襲まがいの襲撃でインベーダーを圧倒。
ただ前回とは違い、時間帯が明るい昼間であった為、その様子がメディアに露出。ここから人工学園島に潜む夜叉に対する思惑が広まった。
そんな事情など露とも知らないアキトは、人目に付かない森の中で変身を解く。
普通の小学生が難なくインベーダーを討伐できる……凄まじい力を発揮するヤシャリクに改めて驚いていた。頼りがいがあるといえばそこまでだが、あまりにも強過ぎる。薄ら寒い恐怖すら感じてしまう。
胸中に湧いた不安と向き合っていた時、近くの茂みがざわついた。
風ではない。なら動物か、とも思ったが気配は無い。当然、人の気配も。
不自然な動きに探知能力を鋭敏にさせたリクから、ネイバーの生命反応を感じる、と。
報告を受けたアキトが茂みを散策した時、隠蔽魔法の効果が無くなり姿を現したのは沐浴中であったリフェンスだった──何故か全裸で。
「「『……きゃあああああああああっ!?』」」
夜叉の正体がバレたこと。
アキトにド変態の捜索をさせてしまったこと。
なんか近くに怖いのが降りてきて黙っていたら、パワードスーツから寡黙な同級生が現れたこと。
様々な要因が重なった結果、森中に三人の悲鳴が響き渡った。これが夜叉として初めて、そして唯一正体を明かした存在である、リフェンスとの仲を深めていくきっかけとなったのだ。




