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薄氷の鉄人形

「はー、ったく……ただ話を聞きに行っただけなのに、とんでもねぇ目に遭っちまったぜ。二度は経験したくねぇな」

「でも、最初以降はまともだったろう?」


 魔導トラムの中で超力棟(ちょうりきとう)での出来事をリフェンスと話していた。

 オレはそこまで深く考えていないが、やはり誘拐された当事者としては物申したいところがあるらしい。

 苦虫を噛んだような表情でため息を吐き、車窓の外を眺める。


「そりゃそうだけどよぉ……魔法でどうにも出来ねぇ恐怖ってのは、簡単に拭えないもんだぞ? イリーナ先生だって言ってたろ。俺はともかく、お前だったらヤバかったと思うぜ」

「まあ、確かに。参考までに、どんな感じだった?」

「透明な手で押さえつけられた上に、奈落へ突き落されたような浮遊感。一瞬、死んだかと思ったら部室に転送されてたよ。ありゃ不意にやられたらおっかな過ぎる」

「二人はまとまって行動してたから、それで運ばれたんだよな?」

「お前とは離れてたから、たぶんな。柊部長の言い分を聞くに、複数人の同じ能力者が連携して実行したっぽい? それでも疲労困憊だってんだから、やっぱり魔法ほど燃費は良くねぇんだろ」


 魔導トラムの中は帰路に着く中で疲労を取ろうと、目を閉じる人が多い。

 かすかに寝息を立てている人もいる上、少しばかり声を上げても目を覚ますことはないだろう。だからって、必要以上に大声で話しはしないが。


「ふーむ……? 概要は知れたけど、やっぱ何度か超力棟(ちょうりきとう)に行って、もう少し詳しく聞いておきたいな。理解を深めるべきかも」

「やり取りを聞いてて思ったが、やけに熱心だな。気にかかるのか?」

「なんて言ったらいいかな……親近感があるんだよ」


 どういうこった? とでも言いたげにリフェンスは首を傾げた。

 戸惑いの目線を見据えて、ありのままに感じたことを打ち明ける。


「超能力者と夜叉は、一歩間違えれば同じ道を歩んでいたかもしれない。迫害され、差別され、嫌われて。……オレが今、人命優先で動くようなことをしていなければ、立場はもっと悪くなってたと思う」

「そうでなくても、アストライア秘蔵のパワードスーツってんだからな。それを個人で運用してる正体不明の人間なんざ、不気味っちゃ不気味か」

「柊部長たちは生まれて、自分の力を自覚した時からずっと日陰者みたいな扱いを受けていた。オレはここ数ヶ月からでしかない……でも、今ある命を繋ぎたくて、ずっと夜叉として出来ることをしている」

「そうだな。繁華街の時は、マジですげぇと思ったぜ」

「その在り方、っていうのかな。自分を証明する為に焦ってるとか、悔やんでるとかじゃなくて。とにかく前を向いて進み続けようとしてる……その姿勢が似てるように感じてさ。だから、ちゃんと超能力について知りたいって、思ったんだ」

「なるほどねぇ」


 おもむろに顎へ手を当て 納得したように頷く。

 少しまとまりが無かったか。そんな自省があった言葉でも、リフェンスは聴き取ってくれた。ありがたい……


「お前が真っ当に部長と話してた理由が分かったぜ。……俺もちょいと棘のある発言しちまったとは思ってるんだ。今度行く時は、しっかり向き合ってみるか」

「苦手な超能力に関する対処も学べそうだしな」

「せめて、せめて魔法みてぇに発動前の前兆を感じ取れればっ──」


 懇願するように苦手分野への望みを口にした、次の瞬間。

 唐突に、左腕へ装着しているシフトバングルに変化が現れる。

 液晶部分が黄色に輝き、点滅。それは学園島上空を飛行する鳥型ガジェット、フギン・ムニンから寄せられた、怪人出現を意味するイエローサインだった。


「リフェンス」

「ああ、こいつは」

『緊急警報、緊急警報! 商業区東部にてインベーダー出現!』

『近隣住民はただちに最寄りのシェルターへ避難を!』


 車両の壁を貫通して響き渡る、聞き慣れた警報。大音量のそれに、眠りこけていた乗客がハッと顔を上げる。

 そして住民の避難を優先するべく、自動で発動する緊急停止機能によって急ブレーキが掛かった。


 リフェンスと共に近くの支柱を掴み、体を支える。急な事態に周りから悲鳴が上がるものの、気には留めず開かれた降車口から飛び出す。

 そのままフギン・ムニンがもたらしたホログラムの地図を表示させ、座標地点に向けて駆け出した。


「隠蔽魔法はパパッと掛けてやる。リクの姐さんに連絡しろ」

『ふふん、甘いわ! もう通話状態じゃよ!』


 流れていく周囲の景色が無詠唱の魔法によってぐにゃりと変化する中、シフトバングルからリクの声が響く。

 どうやら向こうから察知して連絡してきたらしい。


「反応が早くて助かるよ、リク。……この時間帯の商業区で暴れられたらマズい。さっさと始めよう」

「俺は避難が遅れそうな相手を優先して誘導しとくわ。頼んだぜ」

『もちろんじゃ!』


 ◆◇◆◇◆


 そうして転移魔法で移動してきたリクの手を取り、夜叉に変身。

 現場へ急行したところ、変化し始めた怪人に対峙する見覚えのある顔──エコバッグを持つ柊部長が居たことに驚いた。


 一瞬だけ、柊部長がもしやエクセラを持っていて……などと。

 少し考えたが、わずかにでもエクセラに宿るインベーダーの魔力痕跡に、シフトバングルが反応しなかった時点で疑惑を蹴り飛ばした。

 恐らくエクセラによって変貌した相手と鉢合わせた、といったところか。


 自身で打ったか、あるいは噂の龍崎カズマによるものか。何はともあれ、さっさと逃げてもらわないといけない。

 屋上から声を掛けて飛び降り、柊部長を背後にして怪人を睨みつける。


「夜叉!? どうしてここに……」

『優秀な索敵役がいてな。怪人の出現を知らせてくれた』


 腰に佩いた“フツノミタマ”に手を添え、視線は怪人に固定。

 柊部長の問いに毅然と応え、それでもなお後退しない彼を後ろ目で見る。


『逃げないのか? 何か懸念が?』

「……わたしが犯人だと思わないのか。こんな路地裏で、怪人と共に居たんだ。疑うには十分な要素があるだろう」

『思わない。お前が悪戯にエクセラを使ったとも、超能力者であるからと自らを卑下していても。オレはお前が下手人とは思わない』

「っ!? なぜ、わたしが超能力者だと……」

『言ったはずだ。優秀な索敵役がいるとな』


 敢えて既知の情報と見え透いた本音を言い当てて、再び視線を前に。

 路地の暗がりに潜む怪人を、バイザーのナイトヴィジョンで明確に捉える。露出した体躯は軽く四メートルを越え、無機質にも見える罅割れた表皮がうごめく。

 そして体内から感じる魔力の波形を見るに──答えはただ一つ。


『その見た目、内に秘めた魔核。構成しているのはゴーレム系のものか』

『ありゃ“タイロス”じゃな。……鉄材を元とする体を持つはずが、どうやら怪人元である素体の血液を増幅させて、補っているようじゃ』

『ロクでもない。だが、夜叉では楽に戦えない相手か』

『……というか、妙な反応があるぞ。あやつの周辺、空気が異常に冷えておる。ほれ、サーモグラフィで見てみい』


 骨伝導の如く、響いてきたリクの声に従いバイザーを切り替えれば、視界のほとんどが真っ青に染まっていた。

 それは周りの水溜まりを凍らせ、壁に霜が発生し、みるみる内に外気温の表示がゼロに近づいていく。ヤシャリクのインナー越しですら感じるほどの冷気が漂い始めていた。

 この異常現象、引き起こしているのは魔法か。……そう、わずかに抱いた考えは、魔力の残滓を感じられないことで否定される。


『なんだ? 魔法でもないのに、この冷気は』

「まさか、いや……間違いない」


 背中越しに怪人を直視し、そして周囲の異常事態に何か勘づいたのか。

 柊部長は震えた体を制して、一切の迷いなく断定する。


「奴は超能力者だ。それもパイロキネシス系統でありながら、対岸に位置する性質を持つ──クリオキネシス! あらゆる存在の凍結に特化した能力だ!」

『……ッ!!』


 不明な情報を言い当てた、柊部長の言葉を警戒するように。

 対面したタイロスは無音の咆哮と同時に、辺りの空気を氷点下へ落とした。

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