超能力の基本
「菓子と粗茶だが、皆さんどうぞ」
「どうも」
ふわり、ふわり、と。
超能部の室内より繋がる給湯室の扉から。
魔法由来でない超常の力によって浮遊する菓子入れの籠、煎茶の入った湯呑みが湯気を立て、テーブルに置かれる。
隣で見えない力で拘束と猿轡をされていたリフェンス、イリーナ先生。
二人は体の調子を確認している中、お茶を啜り、対面に座った部長の柊ユウヤ……やられたことを考えると先輩って呼びたくねぇな。柊部長でいいか。
柊部長へ視線を向ければ、申し訳なさそうに頭を下げた。
「まずは先に、超力棟の生徒が二人を捕縛したことについて謝らせてくれ。彼らもアポを取って君達が来ることは把握していたのだが、まさか平時と変わらない対処法を取るとは思わなかったんだ……」
「思わせぶりなセリフ言っててアンタの指示じゃなかったのか。というか、オレは手を出されてないからなんとも思ってない。二人が謝罪を受けてどう感じるかだ」
謝る相手は間違えないでほしいし、なんなら二人を連れていった張本人にやってもらいたいくらいだ。
「いや、超力棟の内部は一部、精神に異常を来たすほど超能力による幻視を強め、迷宮化させているんだ。君は……特に消耗しているようには見えないが」
「さっきも言ったけど何も思ってない。実害を受けたのは二人だ」
たかが気が滅入るようなことをしただけ。文字通りの子ども騙しだ。
積極的に人を殺そうとするインベーダーの方が、何より恐ろしい。
「……そうだな、君の言う通りだ。……本当に、すまなかった」
「ひとまず、謝罪は受け取っておこう。そちらの事情は理解できるからな。……よもや昇降口に降りた瞬間、足下が消えるとは思わなかったが」
「しかも一瞬の内に拘束までされて部室に連行されたしな。手荒な歓迎でマジビビる……魔法で暴れなくて正解だったわ。つーか話を聞くにアキトだってとんでもねぇ目に遭ったはずだろ? なんで平然としてんだ」
「建物の中がおかしかっただけで、ゴールは変わらなかった。二人が怪我をするような超能力を使われた訳じゃないし、納得してるなら言うことはないよ」
「強いな、君たちは……」
気持ちが落ち着いたのか。イリーナ先生は籠に入ったクッキーを齧り、リフェンスは湯呑みに手をつける。
その様子に、柊部長は手持無沙汰な感じで首筋を撫でた。
「とはいえ全面的な非はこちらにある。後ほど実行した生徒には顧問と共に詰問し、改めて謝罪の場を」
「設けなくともよい。こちらとて超力棟の教師に無理を頼んで来訪した身。変に刺激を与えるようなことは、もうしない」
「アンタも統率に苦労してるみたいだしな。俺らの質問に答えてくれれば後は近づかねぇっす。その方が安心できるだろうぜ」
「……ありがとう」
食い下がる柊部長に二人は反応する。
だが、その言葉の中には冷たさを感じた。
先手を打って手を出された、出してしまったことによる認識の悪化。手を取り合うのが難しいくらい深い溝が、二人と柊部長の間に出来ているように思えた。
だからこそ、もう蒸し返さないように感謝を述べて、柊部長は流れを断ち切ったのだ。……そうしなくてはならない現状に、歯噛みしながら。
「じゃあ、本題に入ってもいいか?」
「ああ、超能力に関して調べているんだったな。何が知りたいんだ?」
「そもそも何も分からない。一口に超能力と言っても魔法みたいに色々と種類があって、どういう原理かも不明なんだろ? この超力棟みたいに」
「ふむ……そうか。こちらの出不精が原因だとしても、やはり大前提となる認知は、同じ学び舎の生徒であってもその程度なんだな」
大前提の認知? 超能力者にとって基本中の基本ってところか?
湯呑みを置いて首を傾げると、柊部長は部室内にある棚から一冊のファイルを超能力で引き出してきた。
手元に納め、パラパラとめくり、目的のページをテーブルに広げる。
それは手書きで書かれた、超能力に関する注意事項だった。
「まず超能力の行使には魔力のように消費する要素がある。分かりやすく言えば……アクションゲームなんかの体力、あるいはスタミナという概念が近い」
「……魔力は消耗したら専用の薬剤か時間経過でしか補填されない。でも超能力は使うと消費しやすくて、でも自然回復で早く元に戻る?」
最近やったゲームを思い浮かべた意見に、柊部長が頷く。
そうして、自身が飲んで空となった湯呑みを浮かばせた。
「わたしは今、こうして超能力で物を浮遊させているな? これが短時間ならともかく長時間キープすると、どんどん体に疲労が蓄積していく。一〇〇メートルを全力で走ったような感覚に陥るんだ。そして限界に到達すると──超能力はふっと消える」
言葉を続け、額に汗を滲ませた柊部長は、荒れた呼吸を整えずに。
目に見えない支えを失って落ちた湯呑みをキャッチして、長く息を吐いた。
「加えて超能力は個人に一種だけ、素養とも言うべき適性が定まっている。超力棟で把握したものは、開いたページの目録に記述してある」
「ええと……テレキネシス、サイコキネシス、クレアボヤンス?」
「パイロキネシス、エレクトロ、テレパシー、サイコメトリー、テレポート。……細分化されてはいるが、全て魔法でも実行できる範疇だな」
「術式さえ分かっちまえば、誰でも属性別の魔法は使えっからな。でも、超能力はそうじゃねぇ……存外、不便なんだな」
沈黙していたイリーナ先生、リフェンスも会話に参加。
各々の考えを口にして、柊部長へバトンを渡す。
「その分、魔力の残滓のように痕跡は残らず、同じ超能力者同士であっても感知はできない。引き起こされる現象への理解を深めれば、いくらか応用も効くがな。だが、全てにおいて共通しているのは──深刻なまでの体力消耗と、超能力の行使が一定時間、不可能になることだ」
青ざめた顔色の柊部長はハンカチで汗を拭い、今度は自分の脚で……ふらつきながら、給湯室からケトルを持ってきた。
そのまま空になった湯呑みに白湯を注ぎ、ゆっくりと口に含む。
「先のようにわずかな物体の浮遊を維持するだけでも、顔色が目に見えるほど悪くなり、回復するまで超能力は使えない。超能力者の分かりやすい限界のライン、というわけだ」
「なるほど。その一点だけは、どんなに優れた超能力者でも同じなんだ」
「明確な欠点、弱点って奴か。……テレポーターなんかは、だいぶヤバそうだな。自分や物を瞬時に移動させるなんて直感的な分、使いやすいだろうが失敗したらやべぇだろうし……」
「疲労はわたしの比ではないな。事実、超力棟に属する生徒の中でもテレポートはそう易々と使えない。二人をここまで転移させた者は、わたしと同様に疲れ果てているはずだ」
リフェンスが当初の目的通り、テレポートに関する情報を聞き出そうとする。
狙いを知らずとはいえ柊部長の手が湯呑みから離れ、ファイルを取り、ページをめくっていく。
「視界情報による座標地点の固定。自身だけでなく身に着けた衣服や物品を含んだ重量計算。あるいは第三者を指定してまでとなれば……どれだけ超能力に習熟した者であっても、二度使えばスタミナ切れを起こす」
「そして再使用までは時間が掛かる、と」
見せつけてきたファイルに記されている、テレポートの詳細。
事細かに使用上の注意事項や悪用厳禁、健全な活用法といった常識的な部分に触れて書かれている内容だ。
力を持ったから、持ってしまったからこそ、己を律するべきなのだ、と。
魔素や魔法、魔力を媒介とする技術全般──そして、夜叉として振るうべき力の在り方にも通じているよう感じた。
「稀に精神的なタガを外して、己の限界以上に超能力を引き出そうとする奴もいる。だが、大抵は肉体の限界が訪れ、糸が切れたように気絶するんだ。そうならない為に、超力棟は超能力を自身と周囲が安全と安心できる、正しい使い方を模索し、学ばせている」
「へぇ。俺らが受けた所業を考えれば説得力はよえぇけど、納得は出来るな」
「リフェンス、もう終わったことだ。蒸し返すな」
「いえ、此度の件は超力棟ひいては超能部としての存在意義、その根幹を揺らしかねない事態を招くところだった。受けるべき誹りと誠意を見せるべきだ」
世間話ほどに考えての発言だったのかもしれない。
けれどリフェンスが口にした意地の悪い嫌味は、予想以上に柊部長の心や精神を侵食しているようだ。
強情とも言える、後悔と自責の表情。肌色に戻り始めた額と頬を垂れる汗が、心情を物語っていた。
……思い返せば、言い方こそ高圧的に感じることも多いが、部室で話し始めてからはかなり常識的な部分を見ている。
自身の体を使ってまで、超能力の欠点を示したり。
かなりの厚さを誇るファイルは中身が手書きだったり。
超能力者としても、パフアの一生徒としても。こちらの事情へ親身になって接してくれている。その理由は、なんだろう?
「柊部長は、超能力者としての扱いに嫌気が差したりしないんですか? 今だって、リフェンスみたいに遠慮が無い馬鹿で、相手を思いやらない発言を繰り返す人達がいたはず……」
「おい、言い過ぎだろ」
「思うところが無いとは言わない。わたしだって、アポを取らずに超能部を訪れるような奴らがいれば追い返す」
ただし、それは。
「来訪者を傷つけない為にだ。出来るだけわたし自身が玄関口に足を運び、帰ってもらうように進言している。しかし忠告を聞かず強行して、他の生徒が超能力で追い返してしまう……悩みの種さ。わたし達や他の超能力者を理解してもらい、ただの隣人として見てもらう為に……超能部部長として励んでいるのだがな」
超能力者としての差別、排斥、偏見。
世間に蔓延している評価を覆すべく、設立した部活動の活動理由。
それを苦とも思わず、されど困ったように。柊部長は仄かに笑みを浮かべた。




