真摯に、真面目に
変わり映えの無い、あるいはいつも通りの授業を受けて。
時刻は午後三時過ぎ……あっという間に放課後となった。
運動系の部活動や教室に残り駄弁ったり、帰路に着く学生で賑わうパフア校。かなり広い敷地の中には本校舎と別の建物がいくつもある。
吹奏楽や研究機材、トレーニング設備が揃っている実習棟。
魔素の活用や魔法修練に励む者達の為に用意された魔技棟。
自然系の種族的特性を持つネイバー用の温室がある天然棟。
翼や翅、魔力で飛行するネイバーが羽を伸ばす大型飛翔棟。
数々の施設が揃うパフアの中でも、ひときわ謎に包まれ、腫れ物のように扱われている建物があった。
その名も超力棟。
アライアンス、アストライアが情報網を駆使して保護、もしくは超能力の制御や理解を深めさせる為に。
学校生活という経験を経て、超能力の抑制を図る……そんな名目と厄介払いじみた経緯でパフアに設立された。
超力棟で超能力者生徒のコミュニティは完結しているそうで、普段の授業や部活もここで行われている。
なので、オレ達がいる本校舎では滅多に見掛けないらしい。
「──とまあ、概要としてはこんな感じだ。理解できたか?」
「ありがとうございます、イリーナ先生」
「うぇぇぇ……マジで行くの?」
アライアンスのなんとも自分勝手で責任感の無い行為によって生まれた、円形状な二階建ての建物、その玄関口を前にして。
オレはイリーナ先生に頼んで先導、そして道中に解説してもらい、リフェンスと共に立っていた。
「よもや天宮司の口から超能力に興味が湧いた、なんて聞くとはな。どういう風の吹き回しだ?」
「個人的に色々調べ物してて、魔法とは全く別物の体系だって。どういう感じなのか聞けたら超能力者を理解できるかな、って」
「ふっ、物怖じせん奴だな。大抵は魔法よりも意味不明な力の行使をする相手に対し、詳しく知りたいなどとは思わんというのに。それこそリフェンスのようにな」
「むしろなんでお前はそんなに嫌がってんの?」
「さっきイリーナ先生が言った通りだわ!」
オレより頭三つ以上はデカい体を縮ませて後ろに隠れるリフェンスは、大声で抗議してきた。
どうにも超能力は魔力や魔法で対処できないこともある為に。何をされるか、何をするかも分からない相手を警戒しているようだ。
「そこまでせんでも……とは私も言えんな。超力棟の生徒は皆、過去に周囲からの差別や侮蔑を受けて来た者がほとんどだ。その影響もあってか、パフアにいても自分以外は敵だと認識している傾向が見られるらしい」
「部外者に攻撃的、ってことですか?」
「大体はその認識で構わん。私の方で超力棟の教師に連絡を取り、来訪する旨は伝えてもらったが……」
「突然、超能力で攻撃されるかもしれない、と」
「あるいは突然、放り出されるやもしれん。リフェンスほどではないが周囲に気を配れ。何か不可解なことがあれば、すぐに伝えろ。……では、行くぞ」
「分かりました」
「ひいぃ~ん……」
未だに怯えるリフェンスを連れて、超力棟の昇降口に入る。
建物内に足を踏み入れた途端、周りの空気が一変したように思えた。張り詰めた糸を断ち切ったような、触れてはならない物を壊したような。
後戻りできない雰囲気と同時に、いくつもの視線が向けられている……そんな気配がした。なるほど、確かにこれは攻撃的だ。
イリーナ先生に続いて靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて。
薄暗い照明に照らされた、不気味な雰囲気の吹き抜けた踊り場を歩く。
ペタリ、ペタリ、と。スリッパの音を鳴らして、かなり綺麗に手入れがされている花瓶、掃除されているピカピカの窓を横目に。
超力棟内の構造を記した地図、本校舎でも貼られている掲示物類を眺めて。
おもむろに振り返れば──リフェンスの姿が無かった。それどころか、先に踊り場にいたはずのイリーナ先生すらいない。
「……? 二人とも?」
辺りを見渡しても、影も形も無い。
何の前触れも、兆しも無く二人が消えた。もしくは、オレが隔離されたか。
唯一分かるのは、紛れもなく超能力によって、この不可思議な現象が引き起こされているということだけ。
「……オレは超能力に関して詳しくない。どうやったかは別として、どうして二人とオレを引き離したんだ?」
恐怖を煽るような事態にもかかわらず、意外にも心は冷静だった。
変わらず感じる視線へ問い掛けながら。目的地である超力棟の部活部屋──超能部へ足を進める。
「自分たち以外は敵だと捉える気持ちは分かる。そうしなくちゃいけない環境にいたんだから、身を守る為には必要な思考だ」
円形状の緩やかなカーブを描く廊下。
無人の教室に、果てしなく遠くまで見える白亜の通路。人気は無くとも、どこか透明な壁を隔てて感じる、作られた疎外感にため息を吐いて。
オレは迷うことなく二階へ続く階段を上る。
「だからと言って、無闇に人を傷つけていいと教えられた訳じゃないはずだ。少なくとも、パフアにいる内はそういう害意を持たないようにする為、教えを受けたはず」
リフェンスとイリーナ先生の無事、身の安全は保証されている。
超力棟にいる生徒達の良心を信じて、無限に続く階段を上り続ける。同じ景色をグルグルと回り、百何段は上ったかと思えば、二階への廊下が見えた。
「超力棟の皆が築いた関係や、居場所を壊したいんじゃない。ただオレは、直面してる問題の対処法を教えてほしいんだ。パフア校だけじゃなく、学園島の平穏すら根底から覆す……そんな奴らに、言いようにされたくない」
日差しの差し込む二階の廊下は、内側に面する中庭を覗ける。
木々の陰や茂みの奥で息を潜める、小さな人影を見て……無人の教室から鳴る、何かを叩く音に動じず。
ただひたすらに、目的地を目指す。そうして辿り着いたのは、これまで見てきた部屋の扉より少し立派な木製扉。
校長室だとか、そういう格式高い雰囲気を感じる扉を前に。
オレは三回ノックして、部屋の中にいる気配からの返答を待つ。
『……驚いたな。面白半分に超力棟へやってくる生徒は、昇降口の段階で心が折れて逃げ帰るのに。君は臆することなく、動じることなく、ここまでやってきた。何が君をそうさせる?』
くぐもってはいるが、凄みのある男の声だ。
試すような問い掛けに、間髪入れず応える。
「超能力を持つ人を理解する為に。人と違う力を持つなんて地球人とネイバーだって同じなんだ。今だって互いを思って、考えて共存できてるんだから……超能力者とだって出来るはず」
『……ふむ』
「よく知らないから、分からないから、不気味だから遠ざける。そんな狭い考えじゃ、何も変わらない……余計なお世話、お節介、無駄な事だなんて言われても。オレは──分かり合いたいんだ」
当初の目的である、龍崎カズマの超能力に関する弱点・欠点の把握。それは今も忘れてはいない。
同様に、姿を消したリフェンスとイリーナ先生がどうしているか、何をされているか。二人をどう扱っているかも、忘れてはいない。
仮に傷つけているようなマネをしていれば、相応の行動は取らせてもらう。常識的な対応を望んではいるが、そのつもりではいる。
けれども、その上で……オレは、超能力者を知りたい。
鋭いナイフのように冷酷。古びた扉のように閉ざされた心。
ここまでの道中で痛いほど感じたのは、道徳の授業で習った“防衛機制”や“自己保身”に近いモノ。
たった一度、それも見ず知らずの人間が解きほぐせるような問題でないのは分かり切っている。だからって、諦めはしない。
『──わかった、わかった……降参だ。無礼なマネをしてすまなかった』
凄みを含んだ、威圧的な声が弱まった。
同時に、辺りを覆っていた視線が消失。不可思議な現象で塗れた廊下は、何の変哲もない通路へ一変した。
「ここまでの道のりは、オレを試していたのか」
『いや? 元々生徒達が特訓の為に超力棟を変質させている影響だ。そこに……わたしはともかく、他の生徒は気が立ちやすくてな。初見の来訪者を敵視し、嫌悪し、追い返す為に手を加えている。錯視や幻覚を活用した迷宮を君に見せていたんだ』
「そうか。……二人は無事なのか?」
『もちろんだ。なんなら、勝手にこの部屋へ連れて来ている。喋らせないように口元を塞ぎ、動かないように縛ってはいるが』
「程々にした方がいい。下手をすれば、要らん敵意を生ませるぞ」
『酷く痛感しているよ。……今、扉を開ける。入って来てくれ』
がちゃり、と。
音を立ててドアノブが回り、一人でに木製の扉が開く。
漂ってきた香水のような香りに次いで、向かい合うように置かれたソファが二つと中央にテーブル。
片方のソファにはリフェンスとイリーナ先生が背もたれに預けられ、オレの方を見て無言で何度も頷く。超能力で透明な猿轡でもされているのか。
そして、室内の奥。
ブラインドカーテンの後光を背にした人影が立ち上がり、頭を下げた。
「数々の非礼と無礼、改めて謝罪すると共に……超力棟へようこそ来てくれた。わたしはパフア高等部二年“柊ユウヤ”。若輩ながらも、超力棟のまとめ役兼超能部部長をやっている」
「初めまして、天宮司アキトだ。イリーナ先生が担任していて、そこのリフェンスと同じ初等部六年だ」
「…………初等部? 高等部でなく?」
「なんかダメだったか?」
「い、いや……ずいぶん堂々とした物言いだった為、面食らっただけだ……」
柊ユウヤと名乗った超力棟の長。
彼はオレを見て、自分の頭に両手で触れて眉根を寄せた。




