一時の平穏に
これにて第二部の始まりである11話は終わりとなります。
戦闘後に奇襲してきた犯人は龍崎カズマであり、様々な情報をマヨイ先生から与えられて思案していた時。
少し考え込んだ仕草の隙を突いて、全力の“天翔”で離脱。
咄嗟に彼女から大声で呼び掛けられたものの、捕まる訳にはいかないのだ。
アストライアの包囲網──建造物の修復や毒物の除染に当たる事後処理班の到着を横目に、繁華街を脱出。
区画を挟んだ自然公園の人工林に降り立ち、変身を解除した。
『龍崎カズマの人相と体型データをフギン・ムニンに共有したぞ。これで奴が表舞台に出た時、二羽が報告してくれるはずじゃ』
「ありがとう……」
『しかし魔核が数か所あるインベーダーの討伐経験はあれど、それが全て別種というのは初めてじゃったな。アキトの迅速な行動で被害は広まらずに済んだが、今後は一層注意せねばならん』
「ああ、がんばろ……」
『……お主、やっぱ戦闘中ずっとやせ我慢しとったろ?』
「うん」
近くにあったベンチに座り、与えられた情報をまとめるリクを見ながら。
全身がギシギシと音を立てている感覚を抱いたオレは、スッと横になった。この姿勢の方が感じる痛みが弱まるからだ。
そんな様子を見てか。リクが膝をつき、目線を合わせてきた。そのまま瞳を煌めかせ、視覚でのバイタルチェックを実行。
『ふーむ……全身の筋疲労に加え、神経が過敏になっとるようじゃの。無理もないわ。明朝に続き、二度目の変身。長時間に限らず密度の濃い肉体の酷使は辛かろうて』
「筋トレしてるし、体力も付いたし、慣れたと思ったのに……」
『並みの男子ならともかく未成熟な小学生の体にはきついじゃろ』
一日に二度の変身自体は、数回ほどやってきた。
アストライアだけでは対処しきれないと判断して、咄嗟に対応したが……その時も消耗が尋常でなく、帰宅後に寝込んだ。
会話も出来ないくらい疲労していた時期を考えれば、口が利けるだけマシになったと言うべきか。
『どうする? そろそろ避難者の解放が始まるじゃろうし、繁華街があんな状態になっては仕事も続けられんじゃろう。ヴィニアの元へ向かうか? それとも家に帰るか?』
「アメイムの毒で姉さんの体に異常がないか診てもらいたいから。あと、スーパーのタイムセールは逃せないし、気合で耐えるから迎えに行こう」
『明らか後者の方が比重ある気がするのぅ……』
「節約は重要なんだよ……」
バイク乗れるか? と。自然公園に面した道路へ移動し、リクはアクトチェイサーを召喚して問い掛けてきた。
なんとか頑張る、と応えて。渡されたヘルメットを被り、先に跨ったリクの背中にしがみつく。
そうしてガソリンと魔素のハイブリッドエンジンによる駆動音。
舗装の劣化で段差がついた道路を走る振動に呻きながら、繁華街区画へ。
道中、アメイムの汚泥が生み出した毒の対処、吸引によってか。
汚泥の除染や除菌作業をしているアストライアの部隊。体調不良者を運ぶ救急車、軽傷でありながらふらついて徒歩で帰る避難者などが溢れている。
アストライアと警察による交通整理や規制も実施されていた。
誘導に引っ掛かりはしたが、アクトチェイサーはものの十数分でアリシュタの事務所ビルに辿り着いた。
一階から二階まである店舗はCLOSEDの看板と電光照明が点いており、人気や店内の明かりが消えている。
やはり近くで怪人騒ぎが起きた為に、臨時閉店となったようだ。
ならば、と従業員用の裏手にある出入り口付近へリクはバイクを移動。
狙い通り、そこにヴィニア姉さんを筆頭に見覚えがある面々が集っていた。停車し、ヘルメットとアクトチェイサーを収納魔法で回収。
「姉ちゃん、がんばったよ……最後の最後で、夜叉に助けてもらったけど。かっこよ……シュンも怪我してなくてよかった……なんか、涙が出てきた……っ」
「情緒不安定過ぎんかい? ワタシの無事か夜叉のカッコよさ、自分の死の危険に泣いてるのかどっちなん?」
痺れる体を引きずって近づけば、事務所内で見かけたデザイナーと社員。
──そして、なぜかリン先生が涙目で姉さんの同僚に抱き着いていた。フレスベルグのインナースーツでなく、私服姿のリン先生が。
「えっ、なんでここにいるんだ?」
『やべっ……い、いや、バレやせんじゃろ。疑われん程度に乗り切るぞ』
「わかった」
まさかの人物に遭遇するとは思わず、顔を見合わせて話を合わせる。
そのままトコトコと歩けばヴィニア姉さんが気づいたようで、こちらに駆け出してきた。
「アキ君、リクちゃん! もしかして迎えに来ちゃったの……?」
「それもある。けど、怪人が出たって聞いたから、怪我してないか気になってさ。リクに無理を言って連れてきてもらったんだ」
『う、うむ。見たところ息災なようで何よりじゃ、の……うん』
「うおーん! うおォーーーん!」
リクはチラチラとリン先生の方を見やる。
さめざめと恥も外聞もなく泣き出した彼女は、周囲に注意が向いていないようだ。リクはともかくオレの存在に気づいていないみたいだし。
「あの、見間違えじゃなければリン先生だと思うんだけど、どうして……」
「パフアの実習生の方だよね? 総合病院で出会った……私も初めて聞いたんだけど、シュンの双子のお姉さんなんだって。アキ君と一緒で、シュンが心配になって駆けつけてきたみたい」
『あー、なんか顔立ちが似とるなぁと思えば身内じゃったか。道理で……』
納得がいったようにリクは頷いて、泣き止まないリン先生を見つめる。
初めてアリシュタの事務所に入ったのに、どこかで見たような気がしたのは双子だったから、か。リン先生の家族構成なんて聞いたこと無かったし、そりゃ違和感はあるよな。
「アリシュタの皆、大きな怪我はしてないんだよね?」
「うん、私も平気。怪人の毒を被る直前で、夜叉に助けてもらったから」
「……そっか。ってか、まだ仕事するの? 店は閉まってたけど」
「怪人騒ぎがあったし、繁華街の修繕工事が始まるから、さらっと事務所の中を確認してきただけ。もう上がっていいよって」
『ならばこのままスーパーに行かんか? 十四時手前で時間的にちょいと早いが、タイムセールに向けて待機しておきたいじゃろ』
「あっ、そうだね。卵と牛乳を買いたかったんだ」
『実体化したついでじゃ、儂も手伝うぞ』
「ありがとう、リクちゃん」
そうして今後の段取りが付いたということで。
上司っぽいネイバーの人と同僚のエルフ族に挨拶をしてから、姉さんはカバンを抱えて再び戻ってきた。
「それじゃ、帰ろっか」
「うん」
『あいよ』
笑顔の姉さん、リクと並んで最寄りから離れた魔導トラム駅を目指す。
忘れがちだが今日は休日。アリシュタのように早上がりの人達や、利用者で溢れているだろうと判断しての選択だった。
毒という不浄に塗れていた面影はどこにもなく、繁華街は元に戻っていく。
その光景を眺めながらアスクレピアでは何をしていた、とか。疲労を隠せなくて姉さんに疑問を抱かれたり、と。
色々と質問攻めに遭いながらも商業区のスーパーへ。
事前に待機していたおかげもあってか。血に飢えた獣の如き主婦や金欠学生、普段は買い物に来なそうな臨時戦力に挟まれることなく、目的の食品を購入。
ホクホクな面持ちでマンションに帰還。
少し早めになるが夕食の準備に入り、手伝うことに。
そこで、儂も夕餉を食べていいか……と。
恥ずかし気に進言したリクへ、ヴィニア姉さんは驚いたように目を見開く。事情を聞き、改めて快く了承した姉さんは意気揚々と食材を用意。
オレも軋んだ体を動かし、なんとか食卓を整えて三人で夕食を食べる。
いつもと違って一人増えるだけで賑やかな団欒。
入り込む夕焼けの色と、テレビから流れるニュース。
変わったようで変わらない、取り戻した平穏の光景に頬が緩む。
忙しくも新鮮な休日の時間は、穏やかに過ぎていった──
次からは更新が遅れるかもしれません。




