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混ざりモノの怪人

「夜叉だ!? 本物だぁ!」

「一瞬でスワンプマンを……!」


 シェルターへ避難中だったヴィニア達の前に、夜叉は現れた。

 アストライアとは別のヒーロー登場に歓喜するシュン。一目に異常と分かる怪人を封殺したことに驚愕するフォルマ

 二人の反応を耳にしたまま、腰に納刀した金属製ブレード“フツノミタマ”から手を放さず。

 怪人“スワンプマン”を閉じ込めたアスファルトの檻を見据え、夜叉は盾となるようにヴィニア達の前から動かない。


『呼吸器補助が無ければ、この空気は厳しいな……重ねて聞く。奴の生み出した泥に触れた者はいるか?』

「あっ、えっと、いません。怪我をしている人も、泥に触った人も」


 口元を押さえたまま質問に答えたヴィニアの発言。

 次いで自身のバイザーに映るバイタルチェックの詳細を確認してから、夜叉はゆっくりと息を吐く。


『……区域内の逃げ遅れた皆を、展開中だったアストライアの戦闘部隊に預けていた。助けるのが遅れてすまない』

「いえ、そんな……え、全員?」

『ああ。繁華街内に残存してる避難者は、お前達だけだ』


 変身直後、夜叉は深刻な事態となる前に“天翔”で駆けていた。

 汚泥の毒が蔓延し、直撃は(まぬが)れても行動不能になった者。

 汚泥の浸食によって逃げようにも道が塞がれ、立ち往生していた者。

 屋内・屋外に限らず、動けずにいる者を視認し、生命を著しく脅かす毒物の脅威を夜叉は再認識。


 ヤシャリクの探知能力、リクの電子機器ハッキング、バイザーに表示された戦闘区域内のマップを参照することで。

 惨状と化していた繁華街を高速で巡り、負担にならないよう救助。

 現場に到着し、避難誘導に当たっていたアストライアの各戦闘部隊へ運搬。


 時間にしてわずか五分足らず。

 かつてアストライアが誇った最高性能のパワードスーツ。

 現在においても既存の兵装が上回ることの出来ない、ヤシャリクのスペック。

 それを余すことなく存分に生かし、たった一人によって歓楽街の人気(ひとけ)は喪失したのだった。


「そういえば、周りに人がいない……いつの間に」

『高速で動いていたんだ、気づけないのも無理はない。──これから戦闘の余波で周囲がどうなるか分からない。早急にシェルターへ向かってくれ、道は切り開く』

「切り開く、って……」


 ヴィニアが疑問を口にするより早く。

 夜叉は背後に置いた者達と重ならないように位置を変え、振り向いて抜刀。

 フツノミタマを上段から爪先へ一息に振り下ろすという、独特な鞘走りから虚空へ一閃が放たれる。

 誰の目にも止まらない斬線は空間を別ち、毒のモヤを晴らす。

 不浄と清浄が区別され、シェルターへの一本道を作り出した。


『道中の毒を払った、しばらくは綺麗な空気を吸えるだろう。急げ』

「はっ、はい。ありがとうございます! 皆さん、行きましょう!」


 フツノミタマを納刀し、再びアスファルトの檻を見つめる夜叉に。

 ヴィニアは感謝を述べて、具合が悪い者に肩を貸して走りだす。

 徐々に離れ、消えていく複数人の足音を確認し、夜叉は胸を撫で下ろした。


『救助中、怪人の出現がアリシュタの事務所近くだと判明した時は、いささか肝を冷やしたが……』

『間に合ったし、姉さんが冷静に避難してくれてよかったよ』


 腰に巻かれたヤシャリクの制御・展開装置たるレイゲンドライバー。

 その中枢を担う殺生石からリクの声が響く。応えながら、夜叉の装着者であるアキトは、威厳のある声音から年相応の物へと変化させた。


『それで、アイツはなんなんだ? スワンプマンとか言ってたが……前にリフェンスの読んでた思考実験のヤツか?』

『近しくも遠いが、あそこまで完璧な模倣が出来る奴なんぞおらん。精々が粗末な粘土人形よ……あやつは、そういった次元のものですらないようじゃが』


 リクの言葉の後、アスファルトの檻に異変が生じる。

 目に見えて大気を汚染する臭気が漂い、壁面が黒く淀み始めた。いかに分厚い壁であろうと、汚泥の泥は侵食するようだ。


『解析したところ、あやつの中に魔核が三つ確認できた。メインになっとるのはスワンプマン、もう二つは粘性体の汚染生物“アメイム”に高速再生する細胞変性体“ソゴス”のもの。いわばあやつは真っ当でない混ざりモノの怪人──特殊スワンプマンとでも言おうかの』

『液状の生命体……普段の怪人より気を付けないと、本体が危ないな』


 夜叉がこれまで戦ってきたインベーダー、怪人の中にも液体のモノはいた。

 しかし倒すには少しばかりの工夫が必要となり、長期戦を強いられた経験がある。そうなれば周辺被害は広まり、遅れて参戦してきたニューエイジにも隙を晒すことになり、撤退は困難となる。

 何より……


『っ、やっぱり二度の変身は未だにキツいな……』


 ゴドッ、ガラッ、と。

 アスファルトの檻が溶け崩れ、特殊スワンプマンの姿が見えてきた中。若干ふらついた体を両足で支え、夜叉はぼやいた。

 早朝の戦闘によって蓄積された疲労が、如実に現れ始めていたのだ。


『先ほどまで“天翔”で走り回っていたツケもある。短期決戦が好ましい』

『ああ、どうにかしてみよう』


 左手でフツノミタマの鯉口を切り、檻から這い出た特殊スワンプマンと対峙。

 いとも容易く身動きを封じられたことに激怒しているのか。

 己を前にしても戦意喪失する素振りも無く、歩み寄る夜叉への恐怖か。

 特殊スワンプマンは咆哮を上げるように体の泥を逸らせ、口腔と思しき部位から幾つもの泥塊(でいかい)を吐き出す。


 水気を含んだ音と毒を噴き散らし、着地した泥塊。

 うねり、捻じれ、幾度となく変容し、不格好な人型を取る。いや、かろうじて人と認識できるだけの要素を兼ね備えているだけだ。

 絶えず腕や脚、まろびでた臓腑をそのままにしたような私兵は、早くも遅くもない動きで夜叉へ迫る。


『人海戦術か。並みの戦闘部隊ならまだしも、儂らにとっては悪手よの』

『対処法は既に知ってる……仕留めるぞ』


 右手で殺生石を一度叩き、溢れた魔力エネルギーをフツノミタマへ。

 鞘ごと包み込んだ黒いモヤを残影とし、夜叉は駆け出して抜刀。接敵と同時に、抜き身の白刃は私兵を割断し、断面から炎を巻き起こす。

 エンチャントによって引き起こされる、他者の魔力を元にした発火現象。

 再生し続ける細胞のことごとく燃やし尽くし、次々と私兵を燃え滓へ。


『が、ぎ、ィ……!』

『なに言ってるかわかんねぇよ』


 私兵全てを切り伏せ、吐き捨てた物言いのままに。

 唸る特殊スワンプマンへ接近し、フツノミタマを横薙ぎに振るう。


 盾として差し出された腕と思しき部位が泣き別れ、灰となり、断面が焼かれ凝固する。──なおも“ソゴス”の要素によるものか。

 断面を覆うように泥が欠損を埋め、腕を再生させる。


 面倒なことを……そう感じた瞬間に、震脚を鳴らす。

 罅割れた道路が陥没し、再度アスファルトの壁がそそり立ち、特殊スワンプマンの姿勢が崩れた。


『リク、ソゴスの魔核は?』

『ん? 汚泥の胴体、左肩付近じゃ』

『わかった。削ぎ落とす』


 簡潔な応酬を交わし、夜叉は姿を掻き消した。

 周囲の壁を利用した、三次元機動による蹂躙。瞬く間に振るわれるフツノミタマは、エンチャントが切れても変わらない鋭さで汚泥の体を縮めていく。

 対応できず、為す術もなく、それでも特殊スワンプマンが反撃の隙を伺う……その予兆に、貫手が差し込まれた。


『貰うぞ、その力の源泉を』

『ジ、リ……!』


 汚泥の毒による影響を最小限とするべく、極限まで体積が薄められた体にずぐり、と鈍い侵入の音が響く。

 耳障りな異音が生じても、特殊スワンプマンが対応するよりも早く。

 夜叉は指先に触れたソゴスの魔核を鷲掴み、引き抜いた。


『テ、ケ……ゴァァアアアッ!?』


 宝石のような結晶体の代わりに、空いた穴から血のように泥が噴き出す。

 浴びないようにその場から跳び退き、間合いを取って砕く。内蔵された大容量の魔力が腕を伝い、胴体から殺生石に吸収された。


『これで再生能力……いや、無限に泥を生み出すことはない。攻撃の範囲はかなり狭まるし、私兵は出せないはずだ』

『弱体化を狙って魔核の引き抜きか。考えたな』

『それなりに。とはいえ、ヤシャリクでも長く接触するのはよくないな』


 夜叉は魔核を砕いた右手の装甲を見下ろし、自省する。

 アスファルトを融解するだけかと思えば、アメイムの毒は強力らしい。すぐに引き抜いた右手が、泡を立てて溶けている。


『うえーっ!? ばっちいわ、拭え拭え!』

『無理言うな、コートが破ける。それに乾き始めてるし──ん?』


 分かりやすい嫌悪を見せるリクの言葉と、自身の観察眼で気づく。右手に付着していた、払おうとした泥が既に乾き、溶解が止まっているのだ。

 魔核を引き抜かれたことで悶絶している特殊スワンプマンを横目に、夜叉は辺りへ散らばる汚泥を注視。

 ヘドロじみた、どどめ色のそれは表面が乾き、割れ始めている。

 その全てが接触したものを溶解することなく、毒の霧を出さずにいた。


『……なるほど。それが弱点か』

『むお? なんか気づいたか?』

『ああ。周りの泥もまとめて消して、怪人を止める方法を思いついた。ただ、集中したいから手数が欲しい。もっと言うと、人手があれば……』


 怪人の安否を視野に入れなければ、無法な手段は取れる。しかし、夜叉は決してそんなマネをしない。

 怪人となった者が善人か悪人であろうとも。ゲートやインベーダーに翻弄された一人に変わりは無いからだ。


『ァァアアァアアアアアッ!!』


 悩む夜叉の元へ、ソゴスの力を失った特殊スワンプマンが迫る。

 体積が減り、以前とは比べ物にならない速度で跳躍。

 泥の体を振り絞り、自身を毒の雨として夜叉へダメージを与えようとする。


『そういう話なら、うってつけの連中が来たぞ』

『うん? 連中……ああ』


 されど夜叉は避ける仕草すら見せない。

 ひとえに蓄積した疲労によるものでも、怪人を下に見ている訳でもなく、そうする必要が無いからだ。


『──背部ランチャー展開。防護シールド弾、発射!』


 どこからともなく飛来する、スラスターの飛行音。

 覚えていないはずがない。聞き慣れたそれは、アストライアが誇る最新パワードスーツ“フレスベルグ”のもの。

 次いで乾いた発砲音が断続的に三つ。

 放たれた実弾は特殊スワンプマンへ寸分(たが)わず着弾。液体の体にとって意味の無い代物……などでは決してない。


 泥に受け止められた弾頭は一瞬の閃光の後、半透明な障壁を展開。

 べちゃり! と。弾けた特殊スワンプマンの体が、弾丸の持続していた慣性によって障壁ごと押し飛ばされる。

 情けない姿勢のままに崩落した道路へ叩き落とされ、染みと化した。

 死んでないよな……? と怪訝な視線を向ける夜叉の背後に影が降り立つ。


『救援に遅れてすみません。アストライア特殊戦闘部隊“ニューエイジ”、現在時刻を以て事態の鎮圧、ならびに夜叉との共同戦線に移行します!』


 それは、学園島を守護する三柱の守護者たちだった。

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