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リクは想起する

 ──観測者、か。


【アスクレピア第一病棟】シャリアの病室にて。

 実体化したことで感じ取れるようになった風や匂い、隣に座るアキトの体温にどこか心地良さを抱きながら。

 シャリアがスケッチブックに描いた絵を見て歓談する三人を眺めて。近頃、耳にする機会の増えた名をリクは心中で呟く。


 ──異世界でのみ発見事例が確認されている、超常存在。


 世界規模の天変地異や歴史の大きな転換点に姿を見せるモノ。

 人でなく、獣でなく。形という器を持たない不定形で曖昧な機構。

 神格と同列に扱われる種族すらいる中、明確に神と差異なく分類され、扱われる無垢なるそれは、まさしく神秘の対象になるだろう。


 シャリアが言うように、ハレフ村という限られたコミュニティ内でも名を付けられ、神格化されている。

 異世界における都市や王国においても、類似した体系の一部となっているのだと。リフェンスから聞いた情報が記憶メモリに残留していた。


 しかし統一されているのは“観測者”という役割のみ。

 名付けはされても広まらず。一部に浸透しても、真っ先に名として挙がるのは観測者の三文字だけ。

 不気味で、見えざる力で認知を歪められているとすら感じる共通認識。

 俯瞰的で多角的。完全なる中立、第三者としての視野が、視座が、視線が……向けられた瞬間を、リクは覚えている。


 ──アレは……二〇年も前のことか。


 スケッチブックに描かれた夜叉のイラスト。勇壮に、果敢な様相を余すことなく書きつらねた至極の一枚。

 超絶技巧によって表現された夜叉に大興奮なマシロ。

 周囲から自身がどう見られているかを再確認したアキト。

 二人の反応に顔を赤くして照れるシャリア。

 微笑ましいやり取りの傍らで。いつの間にやら劣化して自然消去していたかと思っていた、かつての過去。

 忘れられない記憶としてメモリの底に残っていた映像が溢れ出す。


 ◆◇◆◇◆


 そこは、戦場だった。

 太陽は隠れ、空は曇り、空気は淀み、大地は血と武器に満ちている。

 リク、あるいはヤシャリク、ひいてはアキトより前の装着者を挟んで。

 方や地球・異世界の多国同盟によって設立されたアライアンス。

 方や人類に仇成す危険種族、特種異類人で構成された混合軍勢。

 酷く消耗した大軍を裂くように、リクはその中心に立っていた。今にも命の灯火が消え失せんとする装着者を伴って。


 純粋な悪意と侮蔑をもって、異世界を含めて地球へ侵攻しようとした特種異類人を止める為に。

 インベーダーに連なる脅威と断定したアライアンスの手で、癒し切れない傷痕が大地に刻まれる前に。


 保管されたレイゲンドライバーを持ち出して、ここで終わってもいい、と。

 最期の変身になっても、大勢の犠牲者が出る全面戦争を止めたい。その意思と決意の果てに……単騎で戦争の終結へと導いた。

 言葉を尽くし、武力を尽くし、多くの死を減らして。

 それでもなお、襲い掛かって来る特種異類人を一瞬の内に鎮圧して。


『オマエ達がもし、同じことをするなら──私は何度だって現れてやる。恐怖と苦痛を味合わせ、忘れられない絶望を叩き込んでやる』


 雑然とした戦場に響く痛烈な宣言で、特種異類人は撤退。

 アライアンスは勝ち取った平和に喜ぶ者と、夜叉が持つ凄まじい力を目の当たりにして怯える者。


 様々な反応を見せる中、装着者は力無く倒れ伏した。

 変身が解除されヤシャリクからリクへ、レイゲンドライバーへと姿が変わる。

 呼吸は浅く、降り出した雨に濡れ、生気を失った顔が冷たくなっていく。

 リクが魔法で治そうにも、元々の生命力を燃やし尽くした影響で効果は無い。


 また、ダメだった。自分では、救えない。

 無力をむざむざと見せつけられ、自身の無差別な能力に嫌悪すら抱く。

 涙を流せない体でありながら、人のように。(うつむ)いたリクを慰めようとする装着者の前に。

 ──それは、唐突に現れた。


【……】


 光だった。雨に紛れ、視認しづらくとも、明確に。

 光であることだけは分かるナニカがいた。


【……】


 既存の生命体ならざるモノ。

 人工知能のリクですら理解できてしまうそれは、おもむろに装着者へ接近。

 しかし何をするでもなく、言葉を発するでもなく、ただただ見続けていた。


「誰か、いるの」

【……】


 リクは知らなかった。それが観測者と呼ばれる存在であると。

 浮ついた意識が漏らした装着者の言葉を聞いたか、聞かずにしても、観測者は反応することなく静止していた。


「誰でも、いいか。皆を、お願い。どうか、守って」

【……】


 掠れた声を最後に、装着者は瞼を閉じた。

 観測者はその言葉を聞いても、死を間近にしても動じない。

 不気味で異様な、輪郭を持たない光──次いでそれは、おもむろに。眼球といった器官を持たずとも、リクへ視線を向けたと分かる動きを見せた。


【未来の変数、か】

『……なに?』


 男でも女でも幼子でもない、複雑で不明瞭な声。

 しかし確実に観測者の口から告げられた謎の文言を最後に、光は消え失せた。

 そうして後に“黎明の終わり”と著書が作られた全面戦争は幕を閉じたのだ。


 ◆◇◆◇◆


 ──未来の変数とは、いったいなんなのか。


 装着者の身柄ごと回収され、アストライアの施設で保管されている間にも。

 記憶メモリの奥底で残っていた、観測者の言葉の意味。

 未知と不明を宿しながら口を開いた事実も相まって、リクは忘れられずにいた。


『アイツは、何を言いたかったのだろうな……』

「……? リク、どうかした?」

『いんや、なんでもない。それより、もうそろ面会時間が終わる頃合いじゃろう? シャリアの昼餉にまで居合わせては面倒じゃろうて。今日のところは退散するとしようぞ』

「あれま、夢中になり過ぎてすっかり忘れてたわ。ほんじゃ、今日は一旦ここまでにして帰るとしようか」

「そっか……わかりました。アキト君、マシロさん、お見舞いに来てくれてありがとうございます」

「退院したら、ポラリスで歓迎会しような」

「はいっ!」


 希望に満ち足りた応答と、そう遠くない未来に訪れる仮定の話。

 笑みを浮かべる三人を見て、リクは胸の内に湧いた温かな熱を感じずにいられなかった。

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