アキトの日常
魔導トラムに揺さぶられること十数分。
民家やアパート、マンションが並ぶ居住区画に辿り着いたオレたちは、トラム停留所の近場に建つマンションのエレベーターに乗る。
中層階を選び、上昇負荷を感じながらも、到達した階層の通路を歩いて。
五〇五号室と書かれたプレートの下にあるインターホンを押せば、扉の向こうからパタパタと足音が近づいてきた。
音を立てて開いた扉から顔を出したのは、側頭部から湾曲して伸びる角に人族とはまるで形状が違う耳を持つ牛族の女性。
「おかえりぃ、アキ君」
「ただいま、ヴィニア姉さん」
柔らかい笑みを浮かべた彼女こそ、オレの後見人であり唯一の家族でもある義理の姉、牛族のヴィニア姉さんだ。
姉さんはネイバー側のゲート発生による人口流出事件が問題になった際、子どもだった頃に巻き込まれ親を亡くし、オレが世話になっていた孤児院に籍を置いていた。
成長し、就職し、自立した後も何度か様子見に来てくれた人で、皆のお姉さんとして親しまれていたが、インベーダーの強襲によって俺以外の全員が亡くなることに。
どちらも悲嘆に暮れていた所を引き取ってもらい……以降、二人で生活を共にしている。
「ゲート、大丈夫だった?」
「こっちは平気。パフアの障壁は硬いし、アストライアが早く動いてくれたから、こうして帰れたんだし……その様子だと姉さんも問題なかった?」
「うん。商業区と近いから、ちょっとドキドキしたけどね。テレビで見たけど、夜叉さんも動いてたんでしょ? インベーダーをバタバタとなぎ倒していったって」
「そう、らしいね」
胸に手を当て、テレビの内容を思い出しているヴィニア姉さんから視線を逸らす。
「って、あら? リフェンス君にリクちゃん? どうしてここに?」
ひとまず中へ、と誘導した彼女はようやく隣にいた二人に気づく。
人口流出事件で負った障害により、視野狭窄が影響した遅れだった。
「こんちゃっす、姐さん! 昼メシ食おうと思ってたんすけど、アキトに聞いたら姐さんが沢山作ってるし食っていけば? って誘われたんで来ました!」
『儂はゲートやインベーダーにアキトが震えとるんじゃないかと思い、家を抜け出して様子を見に行ったんじゃ。断りなく抜け出して悪かったの』
「リク、今夜は充電無しね」
『えっ』
言外に晩御飯抜きと言われ、リクは優雅な笑みを崩した。
「そうだったんだ……アキ君にはお見通しだね。ご飯はいっぱい作ってあるから、リフェンス君も満足できると思うよ。お口に合えば、いいんだけど」
「心配ご無用っすよ! 姐さんのメシならなんでも美味いっす!」
「リクちゃんも気遣ってくれてありがとうね」
『う、うむ。そこはいいんじゃが……えっ、マジでメシ抜きかえ?』
ワイバーンの魔力を喰って満腹だろ、とは言わない代わりに睨みつけた。子犬のようにしょんぼりとした彼女とリフェンスを引き連れて室内に入る。
二人暮らし用のリビングに四人は少々手狭だが、お昼ご飯を食べていく内にそんなことは気にならなくなった。
料理上手なヴィニア姉さんの絶品な料理に舌鼓を打って。
せめてもの礼として食器の片付けをおこなうリフェンスと一緒に皿を洗って。
折角だし宿題も見てやるよ、と上から目線だがありがたい彼の申し出を受け取り、自室で勉強会を開くことに。
「それじゃ、適度に休憩しながらやりなよ? 私はリモートワークしてくるから」
「わかった。姉さんも根を詰め過ぎないでね。目も休めるように」
「ふふっ……はーい」
にこやかに笑ってリビングに戻った姉さんは、パソコンの画面と向き合い始めた。
騒がしくしては悪いな、と扉を閉めて。ちゃぶ台のような丸いテーブルに筆記用具を並べるリフェンスと、腕だけ実体化してオレのベッドで漫画を手に取り横になるリクという、人口密度の高い空間が出来上がった。
「それじゃ、始めっか?」
「お手柔らかに頼む……」
『お主次第じゃろ、それは』
意趣返しのようなリクの声に唸り、オレは無言でペンを手に取る。
学業をおろそかにしない、夜叉としても活動する……二重生活のシワ寄せを解消するべく、与えられた課題をこなすのだった。
◆◇◆◇◆
リクはアキトのベッドに転がりながら、リフェンスの指摘で宿題を進めていく彼の姿を横目に見る。
難関問題を提起され、悩みながらも正答を導き出そうと尽力する彼はまさしく、現代の学生そのものだ。自然と頬が緩む。
日中に見せた益荒男のような猛き夜叉の姿とは結び付かない、平凡な子ども。しかしリクはそんなアキトと出会い──救われたのだ。




