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自ら選ぶ意思

 アリシュタの事務所を出て、迎えに来たリクと一緒に繁華街区画から【アスクレピア第一病棟】へ移動。

 荷物はあれど小回りの利くアクトチェイサーであった為か、さほど時間は掛からず到着した。


 収納魔法で仕舞い、普段とは違う常識的な格好をしたリクに実体化してもらい、保護者同伴という形で来院の手続きを済ませる。

 職員に渡されたネームプレートを首から下げ、見知った通路と階段を抜けて。目的の病室をノックすれば、元気の良い声が返ってきた。


 名前を告げれば、事前に連絡していたこともあってか。

 こちらから開けるまでもなく扉が開き、オレが夜叉であることを知る秘密の共有者──シャリアが出迎えてくれた。


「……とまあ、あの時の騒動以降はこんな感じかな」

「そっか。そんなことがあったんだね」


 消毒液と漂う花の香り。窓の外からは風が入り込み、白いカーテンを揺らす。

 病室内に置かれた来院者用の椅子に座り、お見舞いの菓子を渡してから。

 シャリアへ近況報告を告げれば、返ってきたのは納得したような声。彼女は手元に置いていたスケッチブックを抱えながら頷く。


「こっちも何度か本郷博士は来たよ。でも何か細工をするようなことはしなくなって……一度だけ、ぬいぐるみの盗聴魔法を確認したみたいだけど何も言わなかった」

「よかった。その様子なら、シャリアを警戒してる訳ではなさそうだ」

「うん。本当に、ありがとうね」


 感謝を述べながら笑みを浮かべるシャリアの顔色は明るい。

 それだけでなく、意味も無く監視されていたストレスからの解放もあって、体の調子が良くなっているのだろう。以前と比べて身長が伸びたように見えるし、年相応の雰囲気を纏うようになった……気がする。


「それにしても、驚いたな。まさか貴女が夜叉に備わる精霊? みたいな人だなんて。普通の人とは雰囲気が違うから、変だなとは思ったけど」

『一応、儂もあの場にはおったんじゃぞ? アストライアの御膝元ゆえ、姿は変えておったがの』

「そうなの?」

「ああ。アストライアに正体がバレる訳にはいかないんだ。今だって夜叉に繋がる情報を見せないように、殺生石っていうエネルギー源を隠してもらってるし」

「殺生石……絶え間なく大気の魔素を、胸元に吸入してるのが見える。そういう性質を持った特別な物なんだね」

『ほう? そうか、お主はネイバー……それも魔法分野に精通した者であったか。ならば儂の正体を見抜くのも得意という訳じゃ』


 初めて出会ったにしては人見知りのような態度も無く、堂々と応対していたのはそういうことだったのか。

 リクの感心するような声音に、シャリアは恥ずかしそうに首肯する。胸を張れる特技があるのは良いことだよ。


「とにもかくにも、お互いアストライアから変に勘繰られることは無くなった……ありがたいことにね。なら、今後の話をしようか」

「今後……?」

『お主や儂らの動向、あるいは本郷博士が何か情報を落としていないか』

「利用するような言い方になって悪いけど、オレ達の方でも把握しておきたいんだ。最近は怪人化薬……エクセラって呼ばれるようになった薬が流行ってるし」

「うーん、本郷博士は顔見せには来たけど、基本的な回診しかしなかったから。世間話も今日の天気とか、お花の生育とか、治療法の説明とかであまり役に立たないかな」


 それにしても。


「エクセラ……ハレフ村で名付けた、あの方みたいな名前だね」

『あの方?』


 意味深な物言いにリクが首を傾げる。

 シャリアはわたふたと手を泳がせてから、スケッチブックを開く。


「え、えっとね、わたしの故郷で古くから言い伝えられてた存在がいるんだ。それは“人にして人にあらず。獣にして獣にあらず。光にして光にあらず”。人知の及ばない高次元の、生命体かも分からない……こっちだとなんていうのかな」

「もしかして、観測者?」


 前に友人であるリフェンスとの語らいで出てきた特徴との一致。

 まさかと思い口にすれば、シャリアはハッと顔を上げた。


「うん、それ! ハレフ村では、火山の噴火や地震とか、大災害の前兆に姿を見せる畏怖と畏敬の対象として。観測者を魔法術式の最高構文“神を越え、あらゆる進化の先に座すモノ”──エクセラ様って呼んでたの」

「神を越え、進化の先に……」

『ずいぶんと仰々しい名前じゃが……ネビュラスの最終目的を考えれば、ゲン担ぎにはもってこいの名じゃのう』


 怪人化薬からエクセラへの名称の変遷。

 そこに秘められた狂気的な野望と熱意を感じ、思わず唸る。


「インベーダーの力を使って、人類を進化させる。聞こえはいいけど、待ち受けてるのは文明の破壊と自己の破滅だ。到底、許容できるものじゃない」

『当然じゃな。故に、儂らは全力で被害を食い止めねばならん』

「わたしにも、何か出来ることがあればいいんだけど」

「今でも十分過ぎるよ。むしろエクセラの起源が知れて、ネビュラスへの警戒を強められた。アストライアもきっと気づくだろうさ──夢物語なんかじゃなく、本気で実現しようとしてるって」


 その為なら、どれだけの人が犠牲になろうとも。

 いくつもの悲しみと苦しみを積み重ねても。

 全てを踏み躙って、全てを蹴散らして突き進む。


「ネビュラスは、野放しにはできない。オレが守りたいモノを傷つけるアイツらを、許しちゃいけない。そこにどんな理由があろうとも……命は変えられた者じゃなくて、変わっていく者が繋いでいくべきだから」


 かつて救えなかった人たちを思い出して。

 その時に投げつけられた言葉を思い返して。

 両手を握り締めて、浮かんだ言葉を口にする。

 求められたでもなく。

 請われたでもなく。

 ただ自分がそうするべきだと考え、選んだのだから。


「アキト君……」

『アキト……』


 ふと顔を上げれば、オレを見据える二人がいた。

 どちらとも瞳が潤み、不安げに見つめている。


「ごめん、変な空気にしちゃったな。とりあえずネビュラスに対しては後手になるけど、怪人を放置はしない。リクと二人……それとアストライアでどうにかするよ」

「……うん、わかった」

『いや儂はそういう目で見ていた訳じゃ……まあよいわ。お主、将来マジで刺されんように気をつけろよ』

「え、いきなり何?」


 なんでもない、と。

 足を組み替えてぼやき、リクはそっぽを向いた。


「あははは……えっと、じゃあ話は変わるんですけど」


 笑いながら、目の端に溜まった涙を拭って。

 シャリアはスケッチブックを握り締めてから、改めてオレを見据えた。


「──わたし、退院日が決まったんです」

「ほんとに? いつ……というか、どうするの? あんまり言いたくないけど、シャリアの故郷は……」

「壊滅、しました。もう村という元型すら残っていないほどに。……ですが、その話を聞いて親身になってくれた方が、私の後見人になると言ってくれたんです」


 その人は事情を聴いて涙ぐみながら励まし“行き先が無いならウチに来ればいい”と、強く提案してくれたのだという。

 店舗兼住居住みで、定期的に手伝いに出てもらうことを条件として提示。


 シャリアはどうせ異世界に戻ってもやるせないだけ、と。せめて生き残った者として、地球を知れて、やりがいがありそうな申し出に応えた。

 決意を聞いて再び号泣した人によって諸々の手続きは済んでおり、後は退院の日を待つのみとなっているそうだ。


「そんな人がいたんだね……ウチの姉さんみたいだ」

「アキト君のお姉さんも立派なんだね。……わたしは地球に来てから病院生活で、右も左も分からない。少しでも馴染めるように頑張ります、って言ったら、また泣いちゃって」

『随分と涙もろいヤツじゃのぅ。──しかし油断は出来んぞ? 店舗兼住居と言っているが、よもや日夜としてあんなことやこんなことをやらせる店かもしれんっ。そう考えると途端に後見人とやらが気になるの……どんなヤツじゃ?』


 まるで我が子の行く末を案じる親のようなリクの問い。

 向けられたシャリアは顎に手を当て、後見人の詳細を思い出そうとしていた。


「えっと、その人は少し焼けた肌が特徴的で」

『ふむふむ』

「前にもアキト君との面会を取り付ける為に協力してくれた人で」

『ふむふ……ん?』

「アストライアへの出張? 出向? とかで来てた人で」

『…………よもや?』

「たぶん、オレと同じ人を想像してるだろ」


 オレとリクの脳裏に思い浮かべた、特徴が一致する人物。

 モヤモヤとした煙が輪郭を作っていく最中、病室の扉が叩かれる。

 誰もが反応し、同時に目線を向けた瞬間。

 部屋主であるシャリアの返答を待たずして入り込んできたのは。


「やっほー。仕事の合間に様子を見に来た悩める乙女の救世主、逆波マシロの登じょぉおあっ!? 見知った顔が二人もいる!? なんで!?」

「「『病院ではお静かに!』」」


 軽快な様子で、二転三転と変わるリアクションを見せたマシロさんだった。

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