何気ない日常に
『……速報です。今朝六時四〇分ごろ、出現した三体の怪人がアストライアによって無力化されたとの事です。現場周辺の被害は局所的であり、人的被害も軽微。アストライアと警察の現場検証が行われ、調べによりますと事態の発生には学園島内で徴収されている“エクセラ”という麻薬が関与されていると──』
テレビから流れてくるニュースキャスターの声。
身に覚えがあり過ぎる情報の羅列に、どこか居心地の悪さを感じながら。オレはリビングで新聞を読んでいたヴィニア姉さんに声を掛ける。
「おはよう、姉さん」
『良い朝じゃのう、ヴィニア』
「おはよう、アキ君、リクちゃん」
応えてくれた姉さんの前には、出来立てほやほやの朝食が並んでいた。
「ごめん、朝ご飯の用意、手伝えなくて。少し寝すぎた……」
「いいんだよ 折角の休みなんだし。もうちょっと寝ててもよかったのに」
「そういうわけにもいかないでしょ。朝ご飯抜いたらキツいし、姉さんのご飯なんだからあったかいの食べたいよ」
『そうでなくとも、自主トレのせいで体は疲れとるだろうしな』
日課のトレーニングによる影響で寝起きが良くない、と。
早朝に発生した怪人案件へ夜叉として出張っていた事実をリクは隠し、オレもその言葉に同意して頷く。
「マメだねぇ、アキ君は。私も少しは体力付けた方がいいかな」
『お主は営業回りで運動しとるようなもんじゃろ。あいや、最近はデスクワークやリモートワークで座りっぱなしか?』
「ありがたい事に、アリシュタの事務所へいっぱい仕事が舞い込んでくるからね。基本は作業部屋か事務室、もしくは自宅かって感じかな」
「今日も休日出勤するくらいだもんね」
独特な味覚障害を持つオレでも美味しく感じられる料理を頬張り、対面の姉さんを見つめる。
牛族のネイバーとしての特徴、角や尻尾が出たスーツ姿。
見慣れてはいるものの、服飾デザインを主とする会社“アリシュタ”は確か服装自由だったはず、と。
以前に私服のまま出勤していた記憶があり、首を傾げていたら姉さんは勘づいたのか。にこっと微笑んでから口を開く。
「今日は大事なお客さんが来るの。ほら、最近アキ君や私、リフェンス君の間で流行し始めた大物歌手──プリシラの衣装案! それを決める為にマネージャーさんが訪ねてくれるの」
「へぇ、そりゃすごいや。アリシュタのデザインを気に入ってるんだね」
『前にイリーナから押し付けられたDVD、世界ツアーライブの衣装もアリシュタが依頼され、製作したんじゃろ? マジですごいのぅ』
「その影響もあって、嬉しい悲鳴が続いてるんだ。張り切らなくちゃ!」
「無理して倒れないように気をつけてよ、マシロさんみたいに」
脳裏に思い浮かべるのは、夜叉の活動を支援してくれているエンジニア。姉さんとの交友関係から知り合った、逆波マシロの姿だ。
彼女は活動拠点兼純喫茶である“ポラリス”を運営している傍ら、自身の本業にも注力している。
いつ寝ているのか、休んでいるのか。いや、そもそも休息を取っていない。
傍目から見ても激務に追われているマシロさんは、自身の限界が近づくと倒れ伏し、気絶するように眠る事があった。
ポラリスへ移動するたび真っ先に目にする機会があるリクによれば、荒れ果てた作業部屋も相まって“殺人現場”と。そう称されてしまうほど酷い状態だという。
オレは、姉さんがそんな風になってほしくない。
「分かってるって。さすがにあそこまで自分を酷使はしないよ」
「ならいいんだけど……ってか、もうそろそろ出勤する時間じゃない? 事務所付近に行く魔導トラムって、今くらいじゃなかった?」
「え?」
味噌汁を啜りながら時計に目を向けて、姉さんもつられて目線を上げる。
時刻は八時二〇分を過ぎた頃。オレと姉さんの出る時間は別々で、平日に比べれな遥かに遅いくらいだ。
だが、休日という事もあって魔導トラムは混雑するだろう。時間通りの車両に乗れるかは定かじゃない。
「やっば……おしゃべりに夢中になっちゃった! 急がないと……!」
姉さんは目の色を変えて新聞を畳み、傍に置いていたバッグと上着を持つ。
そのまま立ち上がり、玄関へパタパタと駆けていく。
「慌ただしくなってごめんっ! シンクの洗い物、お願いしていい?」
「大丈夫。洗濯もしておくよ」
「ありがとっ! それじゃ行ってきます!」
「『言ってらっしゃーい』」
急いで出ていった背中に声を掛け、テレビから流れてくるコマーシャルの音だけが、静まった室内に響く。
呑み終わった味噌汁椀を置き、食べ残しが無いことを再確認。両手を合わせ、ごちそうさまでした、と独り言ちる。
「さて、今日はどうしよっかな……宿題は昨日の内に終わらせたし」
『パフアの図書室で借りてきた本も読み終えてしまったしのぅ。ポラリスへ遊びに行こうにも、マシロは本業で出張る必要があって臨時休業じゃ』
「リフェンスも魔法研究で忙しいって言ってたから、遊びには誘えない。……うーん、これは困った」
重ねた食器をシンクまで持っていき、踏み台に乗って洗い物を開始。
ぶくぶく、とスポンジに付けた洗剤から大量の泡が噴き出した。
「一人でゲーム、漫画を読むのも味気ない……いっそのこと、料理の練習でも」
『儂が許可しない。食材が哀れじゃし、死人が出る』
「そんなに酷いか? オレの料理は」
忖度が一切見られないリクの冷たい発言に背中を刺される。
実際、心当たりが多いのでロクに言い返せず。洗い終えた食器を水切りに立て掛けて、その足で脱衣場に向かう。
洗濯カゴに押し込まれた衣類を洗濯機に投入。バスタオル、適量の洗剤を入れ、起動。重低音の振動が緩やかに始まり、乾燥までしてくれる洗濯機を横目にリビングへ戻る。
『そうじゃ! アスクレピアに行ってシャリアと面会するのはどうじゃ? 以前アストライアからマークされておったんじゃし、エクセラの情報を誰かが漏らしたやもしれんぞ』
「……確かに。それにしばらくは電話でしかやり取りしてないし、何か見舞いの品を持って会いに行くか」
『ひゃっほい! そんじゃアクトチェイサーで向かおうぞ! 今日は天気も良いし、風を切るには最高の日じゃ!』
「本音はそっちじゃないだろうな」
嬉々とした声を上げてリビングを飛び回るリクにため息を吐きながら、出かける前にテーブルでも拭くか、と。
再びキッチンの方へ台拭きを取り来たところで、ふと気づいた。
調理器具や炊飯器が並ぶ空きスペースに置かれた、可愛らしい弁当箱に。
「オレの、じゃない。もしかして姉さん、弁当忘れていった?」
『んぇ? マジか?』
呟きを聞いていたリクもやってきて、お互いに顔を見合わせる。
今から走っても魔導トラムには間に合わない。電話を掛けて戻ってきてもらったら遅刻は確定する。
ならば、取るべき手段は一つしかない、と。
五月も下旬に入った今日この頃、早速やるべき事が確定した瞬間だった。




