不穏の足音
学園島の地下に広がるジオフロント。
点検用の仄かな照明が作り出す暗がりに、二つの影が差す。
「驚いたなァ。まさか世を騒がすネビュラス様が、こんな日陰者のウチらに接触してくるなんて。しかもこんな所でとは……」
「お互い表立って動けない立場の人間。出会う場所も精査しなくては、余計な輩に目を付けられてしまいますからね」
「ちげぇねぇ。んで、金は持ってきたが──目的のブツは?」
豪快に笑う男はアタッシュケースを掲げ、本題に入った。
対するもう一人……志島カリヤも同様に、厳重な封が施されたケースを男の方へ差し出す。
「どうぞ。こちらがネビュラスの誇る怪人化薬、ああいえ……アナタ方に言い換えれば、麻薬になります」
「ハッハッハァ! そうだそうだ、間違えてもらっちゃ困るぜ」
男は志島カリヤのケースと自身のアタッシュケースを交換。
そのままお互いに、流れるように封を開き、中身を確認し合った。
「ふむ……現金にして三〇〇〇万、確かに頂きました」
「こっちもだ。麻薬一〇キロに加えて注射器、専用アンプル……ふっ、良い商談が交わせたな」
「ええ。このような業界に身を置く者として、好ましい関係性を築いていきたいものです。ああ、そちらのケースに用法用量の注意書きを記した書類を添付しておきましたので、きちんと守ってくださいね」
「分かってらぁ。んじゃ、また機会があれば頼んだぜ」
目的を達した男は踵を返し、ジオフロントの奥に消えていく。
その背を見送り、カリヤは小さくため息を吐いた。
「ネビュラスの目的へ到達する為とはいえ、反社組織へ渡りを付けねばならないとは。嘆かわしいものです」
『疑問。何故彼らに怪人化薬を譲渡したのですか。我らの崇高へ辿り着くには、不穏分子を取り除き、証拠は隠滅すべきだと判断します』
独り言への返答に、ネビュラスの人工知能ミュトスが電子音を鳴らす。
端末越しの問い掛けにカリヤは考えるふりをして、応える。
「構わないさ。彼らがネビュラスに接触する事は二度となく、辿り着くことは決してない。体の良い金ヅルとして機能してもらった上で、アストライアを混乱させるには十分すぎる」
『肯定。ネビュラスは慢性的な資金不足であり、資材も不足しております。資金源の確保は急務と言えましょう。同時に、アストライアへ足跡を残さない選択……慧眼だと考えます』
「ふふっ……私達がぬくぬくと研究に勤しむ間、彼らが麻薬を売り渡し、学園島に浸透。その影響と脅威は日増しになっていくだろう……正義を掲げる者達がどう動くか見物だな」
今後の展望と野望を口にして、カリヤは別の道へ姿をくらました。
「さて、ネビュラスの最高傑作──天宮司アキトの捕縛。怪人化薬の完成度を遥かに高める存在として、彼の確保手段も考えなくてはな」
◆◇◆◇◆
「さてさて、荒稼ぎさせてもらいますかねェ」
ジオフロントを出て、ビル街に出た豪快な男。
彼はアタッシュケースを日差しに掲げ、卑しい笑みを浮かべる。
「異世界と繋がって以降、自身の能力に苦しむ新世代の連中」
念じるだけで魔法に等しい現象を引き起こす超能力に目覚めた者。
ネイバーのように迫害の経験に遭ったことのある、肩身が狭い者。
「世の中を倦厭してる芸能界」
多種多様なネイバーの出現でお株を奪われた、芸能に生きる者。
鮮やかな光の裏でひしめく羨望と憎悪の闇をひた隠しにする者。
「ああ、同業の奴らに渡すってのもアリだなァ。もしくは……異世界側の、ってのもイイかもな」
豪快な男と同じくして、社会の闇に潜む暴力的な背景を持つ者。
異世界のセオリーや価値観のままに、盗賊紛いの動きをする者。
「ハハッ、楽しくなってきやがった……!」
脳内に張り巡らせた流通ルート、売買の方法、利潤の確保。
悪から悪へ。学園島に蔓延る害意の連鎖が、密かに始まろうとしていた。




