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正義の天秤が定める時

 ……じりりりりりんッ! じりりりりりんッ!


「──ヨイ。マヨイ、起きろ!」

「はえぁ」


 呼び掛けられた声と、けたたましいアラームの音に揺さぶられて。

 気の抜けた寝起きの反応を見せながら、マヨイは目を覚ました。

 腰に手を当ててため息を吐くエイシャと真っ先に目が合って、次いで寝ぼけ(まなこ)で辺りを見渡す。マヨイと同様にアラームで起き始めたリン、本郷博士が視界に入る。

 薄暗い部屋に差し込む、ブラインドカーテンから漏れている光はオレンジ色で、時間帯が夕方である事を示唆していた。


「仮眠終了の時間だ。起きてさっさと業務を終わらせよう」

「えぇ……もう一時間経ったんですか……?」


 深刻な激務によって限界を迎えていたニューエイジ、本郷博士が仕事の能率を考えて定めた休憩時間。

 全員が水底に沈むように眠っていた事で、タイムリミットをとうに過ぎてしまったようだ。

 元々、異世界側でインベーダーとの闘争に身を置いていた、ダークエルフの戦士たるエイシャ。彼女は短時間での睡眠に慣れた様子で目覚めたらしく、既に作業へ手をつけていた。


「もう、起きなきゃダメなん……?」

「佐々目氏のおかげで大幅に業務が削減されたとはいえ、今日中に終わらせるべき仕事がある。仕方あるまいよ……」


 不服そうに、自分へ言い聞かせるように。

 毛布から抜け出したリン、本郷博士は自身のデスクに並ぶ書類を眺め、本当に減ってるか? と首を傾げた。


「武装開発案にレネゲイドの承認申請書、アスクレピアの防衛設備など……草案は出来ているから、まあ……十八時過ぎには帰れるだろう」

「おお、いつもより早く帰れるんだ。やる気が出てきた」

「本当にそう思ってますか? 恐ろしいほどに棒読みでしたけど」

「楽なのは間違いない。手早く済ませるぞ」


 瞼を擦りながらもデスクと向き合った四人は、各々に与えられた仕事を順調に(こな)していく。

 中にはアスクレピアでの騒動時、また新しいスタイルに変化した夜叉について言及された物もあった。


 騎士、魔法師と来て今度は忍者? 傾向が全く読めない、と。

 口に出さずとも、環境と敵に適応していくヤシャリクの脅威度を、四人は再確認して長く息を吐いた。

 次いで、何かを思い出したのか。本郷博士はああ、と呟いた。


「そうだ、手を止めないで聞いてほしい事がある。天宮司アキトと緑川ヤナセ、及び緑川孤児院に関する話だ」

「そんな悩みもありましたね……何か進展が?」


 未だニューエイジ内でのみ周知されている、ネビュラスの関係者である志島カリヤが残した手がかり。

 天宮司アキトとの繋がり、緑川ヤナセへの嫌疑。

 アストライアの統括人工知能ロゴスの手を借りて、再び精査した情報を本郷博士は口にしていく。


「件の彼には悪いが以前に君達が語った保護者名簿、名義変更の線から再度調査した。元は緑川ヤナセ名義で未成年後見人として登録されていたが、年月をかけて名義変更が成されたようだな」

「地球人からネイバーへの移行は前例が少なく難航する為、時間が掛かったのだとイリーナ先生に聞きました」

「特殊事例だからな、仕方ないと言えよう」

「今は同じ施設を出た人が後見人になってるんだっけ? 確か、ヴィニアさんだったかな。牛族の」


 パフア校経由で入手した情報も合わせ、ペンの音に並んで会議は進む。


「そこから緑川孤児院を退所した人物が他にいないか探してみた。その伝手から、何か情報が掴めないかと思ってな。だが当時の記事や広報を見るに……どうもインベーダーの強襲時、祝い事をする為に関係者を招集していたようでな」

「え? じゃあヴィニアさんもその場に?」

「いや。ただ一人だけ、出張によって学園島を離れていたそうだ。遠方にて、孤児院壊滅の報せを受けて学園島に戻り、そこからはリモートワーク中心の業務が増えたとか」

「うーん、プライバシーのへったくれも無い身辺調査だな~」


 申し訳なさそうにリンは呟くが、事件や事態の調査・捜査に関して、時に警察よりも上の公権力として機能するアストライアの特権がある。

 詰められても弁解の仕様などいくらでもある故、事はネビュラスの撲滅に繋がる可能性があると本郷博士は予見していた。


 例え繋がりが無くとも、天宮司アキトがテロ組織に目を付けられている。

 その一点だけで彼を守護するべく、状況を進めていく必要があった。

 もし仮にネビュラスとの関係性をアストライア上層部に暴露すれば、監視は必須となり秘密裏にとはいえ生活を制限される。

 過激派によっては証拠の有無も言わさず身柄を確保。アスクレピアにおいて研究・解剖……と、行く所まで行く懸念があった。


 故にこそ“天宮司アキト案件”は、ひとまずニューエイジ内で慎重に取り扱わなくてはならない、と。

 協力しているロゴスを含めての極秘事項(トップシークレット)となっているのだ。


「だが、おかげで知れた事もある」


 エイシャはそう言い切って、頭に残る眠気へトドメを刺すべく。

 コーヒーメーカーに自身のマグカップを入れて操作し、淹れたエスプレッソを呷ってから、苦々しい表情を浮かべて言葉を紡ぐ。


「もはや緑川孤児院とネビュラスの繋がりを探るには、天宮司と後見人であるヴィニアの元を直接訪ねるしかない。そも、たかが籍を置いていた一個人が、知り得ているかは分からんが」

「だが、手段は残されていない。前は突発的な事であり、兄の訃報も知らされて挙動不審になってしまったが……もう一度、警戒される事なく彼に接触したいな」

「身内の訃報を遅れて知ったとかで、改めてお宅訪問して詳細を聞く感じで行きます? いやでも、なんで今さら来たんですかみたいな反感をくらうかも……」

「一応、面通しは済んでますから、多少なり強引にでも。それこそ私達と本郷博士の関係性は知られているので、その線から距離を詰めていくのもアリかもしれません」

「いっそのこと、志島カリヤ本人に問いただせれば楽なのだが」

「さすがに夢物語が過ぎるだろう……」


 遅々として進まない案件に考えを巡らせながら、四人は何度目かも分からない、深いため息をこぼす。

 ニューエイジとして、実習生として。

 表裏の間で揺れ動く一個人を想起しながら、黙々と業務を進めていった。

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