新たなる双翼
「これがガジェットぉ? パッと見はただのCDだが……」
「今は待機状態だからね。残りの設定がまだ完了してないの」
『どことなく見覚えのある……というか、この材質はもしや……』
「リクちゃんには分かっちゃうかもね、見慣れてるだろうし。弟君、マギアブルとシフトバングルを出して?」
「マギアブルも? わかった」
マシロさんに言われた通りポケットからマギアブル。左腕に装着しているシフトバングルを差し出した。
彼女は自身専用のデバイスを少し触ったかと思えば、ガジェットに視覚化されたデータリンクのガイドが出現。
それは波紋を広げるようにマギアブル、シフトバングルに触れて共鳴。
同時に幾何学な羅列が刻まれたホログラムが表示され、そして最後に“インストール完了”の文字が現れる。
「はい、これでオッケー! マギアブルとシフトバングルにアプリを突っ込んだから、こっちでも操作できる。あとはほんのちょっと調節して……と」
消えていくホログラムを眺めれば、同期を終えたマギアブルを渡されて。
そのまま自身のデバイスを弄った後──マシロさんは高らかに叫んだ。
「システム、オールグリーン! “ヤタガラス・ユニット”起動確認! “フギン・ムニン”目を覚まして!」
疑問を抱くよりも先に、眼下に置かれた円盤型の金属塊が蠢く。
表面に走る紋様を変化させ、金属音を鳴らし、形作られていくのは鳥の姿。
全長は十五センチ程度。細かい羽根に流線型の体を持つそれは照明に照らされ、金属光沢の輝きを放つ。
ぱちり、ぱちり、と何度か瞬きをしてから。
同じ大きさの二羽──フギン・ムニンは、自分の存在を知らしめるように大きく翼を広げた。
「ふおおおおおお!? なんっじゃこりゃあ!?」
「ふふんっ。こないだアストライアへ出向したのは無駄じゃなかったわ。おかげで、こんなに愛くるしい子が作れたんだもの!」
『こいつは、すごいのぅ。周囲の魔素を吸引して動力源にしとるわ。生体組織でもないのに、よくこんな芸当が……ちょい待て?』
まるで生きているかのように、細かい動作を繰り返しながら。
互いを見つめ合う二羽を観察し、リクは目を見開いた。
『おまっ、お主これ、アダムス使っとるじゃろ!?』
「そうだよ」
『なにしとる? マジでなにしとる!?』
「アダムスってヤシャリクの素体に使われてる特殊金属だっけ。信号通信とか電子回路とか、ナノマシンなんかも含有してるとか……?」
「確か全部がそれで出来てる、フルアダムスフレームとかじゃなかったか」
リフェンスと又聞き程度に記憶の隅に残っていた情報を掻きだす。
そういえばレネゲイドもアダムスを使ってるとか? アスクレピアでの騒動をまとめた報告書──当然のようにマシロさんがアストライアからくすねた──に書いてあった気がするな。
「安心して、リクちゃん。フギン・ムニンは小型のガジェットドローンだから、魔素の吸引力は殺生石よりも断然低い。制限も掛けてるし、命の危険を脅かすような事にはならないよ」
「ん? それだと、アダムスが危ないように聞こえるけど」
『当たり前じゃろ! 殺生石ほど強烈でないにしろ、アダムスにも吸収能力が備わっておる。補給・修復・成長……その全てを単体で確立する存在であるがゆえに、ヤシャリクとフレスベルグの装甲にも使われとるくらいじゃ!』
「そんなトンデモ金属で出来てるんなら、姐さんの心配も分かるな……」
リフェンスからの視線を受けて、フギン・ムニンは首をこてんと傾げる。
可愛らしい仕草の奥で、マシロさんは指を立て、左右に振り始めた。
「夜叉の名誉エンジニアとして、アタシを舐めないでよね。ヤシャリクの装甲をちょこっと拝借し、ナノマシンで増幅を促進させ、ちょっと体積を増やして作った偵察機なんだから」
『前にヤシャリクの装甲板をくれと言ったのはその為かい!』
「ちゃんとアストライアで周知されてるアダムスの仕様を理解し、技術を満遍なく使った上で、さっきも言ったけどリミッターをバッチリ掛けてる。こちらから指示しない限り、間違いは起きないわ」
「アストライアも思わないだろうな。まさか外部協力者が率先して内部情報を抜き取って、自分の為に活用してるなんて」
「やあねぇ。そんなに褒めないでよ」
「たぶん、皮肉込みじゃないかな」
頬に手を添え、にこやかに笑うマシロさんにツッコむ。
『……はあ。まあお主の事じゃ、安全基準は確実に守っとるだろうし、儂の目でも二羽に妙な点は見受けられん。これ以上は何も言うまいよ』
「ありがとね、リクちゃん」
「それじゃあ、早速どういうガジェットか聞きてぇが……さっき偵察機とかドローンとか言ってなかったか?」
「上空から哨戒が出来るってこと? ゲート、インベーダーの感知はリクが出来るし、支障は無いけど……」
「一応、簡易的だけど同じシステムは組み込んでるよ。でも、この子達はもっと限定的な部分に働く性能をしてるの」
限定的? と眉根を寄せたリクにマシロさんは頷く。
「以前に弟君が入手して、リクちゃんが解析した怪人化薬の成分表。それを元にした広域レーダー探知が可能なのよ。つまりは……」
『っ、そうか! 怪人化した者、もしくは怪人化薬を所持した者を察知できるのか!?』
「なるほどな。それが分かれば、先んじて特定した場所に急行できる。余計な被害が出たり、アストライアが出動するよりも早く鎮圧可能な訳だ」
「それにレーダーの精度が上がれば、ネビュラスの構成員が出入りしてる地下──ジオフロントの入り口を見つけられるかも」
「いずれはそのくらいまで高めていきたいね。その情報をアストライアに流せば、さしものネビュラスと言えど一巻の終わりでしょ」
「うーん、こいつぁひでぇ……可哀想なネビュラス」
『ひとえに連中がクズの集まりでしかないせいだが』
対ネビュラス、対怪人用の偵察機。それがヤタガラス・ユニット。
フギン・ムニンと呼ばれる、二対の鳥なのだと。把握したリフェンス、リクは容赦のない発言を漏らす。
「でもまあ、そう簡単に事が進むとは思えないけどね。ネビュラスもアストライアのロゴスやリクちゃんみたいな、技術的特異点を越えた人工知能を保有してるみたいだし」
「そうでなければ情報戦であっという間に負けてるだろうしな、アイツら」
『ともかく、儂やアストライアよりも早く怪人化薬関連の情報を入手できるのは僥倖というもの。頼りにさせてもらおうかの』
そういって、リクはフギン・ムニンへ手を伸ばす。
途端に二羽はピクリと反応し、顔色を変え、避けるように身をひるがえして──オレの方に寄ってきた。
『ああん? なんじゃこいつら』
「言い忘れてたけど、この子達のアルゴリズムにリクちゃんの思考回路と演算能力をマネた知能を搭載してるの。さすがに会話は出来ないけど、ある程度は自己判断が可能なんだ」
「だからってリクを嫌う理由になるの?」
「実はフギン・ムニンって名前を神話から取って名付けたんだけど……その影響で自尊心が高まったのかな。なんかね、リクちゃんより自分達の方がすごいと思ってるらしいの」
「あー、これか。……ヤタガラスは日本神話なのにフギン・ムニンは北欧神話とかよくわかんねぇなコレ……」
リフェンスは図書室で借りてきた神話大全の本をカバンから取り出して、目次から目的の単語を探し当ててぼやいた。
「主神オーディンに付き従う一対のワタリガラス。思考と記憶を意味する単語で、様々な情報を伝える為に飛び回ってる、か。ヤタガラスも導きの神……とか言われてんだな」
『わかりやすいのはいいが、オリジナリティがないのぅ』
「別にいいじゃない。アストライアの武装だって似たようなゴチャ混ぜネーミングセンスよ?」
「そんなこと言ったらどうしようもな……ん?」
ネーミングの元ネタを語り合う中、フギン・ムニンが近寄ってきた。
そのままカウンターに置いた手へ冷たい体を擦り寄せ、表情を柔らかくする。
「それとリクちゃんのデータを元にしてるせいか、妙に人間臭くてね。加えてヤシャリクの装甲を流用してる事もあってか、どうにも弟君に懐いてるみたい」
『あんじゃそりゃ……ってオイ! 鳥畜生どもめ、アキトに擦り寄り過ぎじゃろっ! ええい、離れよ!』
フギン・ムニンの様子に気づいたリクが、わざわざ実体化してまで二羽を捕まえて引き離した。突然の行動に驚いてはいるようで、激しい抵抗を見せる。
しかも、小柄ながらに飛行能力は確かなようで。
一度、二度と羽ばたいてみれば、掴んだリクを強引に浮かすほどの力強さを発揮してみせた。
『ひえええええっ!? こやつらすげぇ!?』
「理論上は上空三〇〇〇メートルを時速約五〇キロの速度で飛行しても大丈夫だよ。ちなみにステルス機能もあるから、アストライアとかネビュラスにバレる事も無し! 代わりに戦闘能力は皆無だけどね」
「いや、十分過ぎるでしょ」
「偵察型のドローンに何を載せる気でいるんだよ……」
頼れるエンジニア、マシロさんの手によって生み出されたフギン・ムニン。
これからの夜叉としての活動に、多大な貢献をしてくれるであろう新しい仲間の登場に、どこかワクワクした気持ちを感じながら。
オレは飲みかけのコーヒーを飲み干した。




