天宮司アキトの過去
「三人とも、今日はご苦労だったな。実習初日に加えゲート発生の迅速な対処……見事だ」
「お疲れさまです、イリーナ先生」
「お疲れでーす」
「うむ……しかし、信じられんな。教員名簿を確認した時に思わず二度見してしまったのだが、貴殿が地球で教鞭を執っているとは思わなんだ」
「それを言うならこちらも同じだ。自身の誇りでもある森からダークエルフが身を引き、アライアンスに籍を置くとはな」
「あっ、そか。二人は知り合いなんだっけ?」
リンは睨み合うように見つめ合うイリーナとエイシャを見比べて、ポンっと手を叩く。
「私はネイバー側の治安維持組織に所属していた頃、ゲートと魔物……インベーダーの駆除でトップを張っていただけに過ぎん。だが、その縁で交流があったのだ」
「ネイバー側もゲート被害が深刻であり、種族間の生存領域拡大を目的とした共同作戦を実施していてな。その組織とダークエルフの代表として、肩を並べて三日三晩寝ずに戦い続けたのだ」
「聞いてるだけで壮絶なんだけど?」
「実際、魔物の死骸でいくつもの山が出来上がっていたからな。その後も地球側の国防組織と連携して、似たような作戦を長期的に繰り返している内に、私の体にガタが来てな」
「前線を退いたという噂を耳にして、張り合いが無くなり残念だと考えていた。かくいう我もダークエルフの後釜が育ち、後進に任せても構わないと思っていた所に、アライアンスの要請を受けてアストライアに来た訳だ」
「そこでかつての戦友が教師の道を選んだことを知った、と」
「うむ。息災で仕事をしていて何よりだ」
「いらん心配をするな。が、連絡も出さずに地球へ来たのも事実だ。謝意がなくも無い……互いに落ち着いた頃合いで酒でも飲みに行くか」
「生大がいい。つまみにギョウザがあればもっと良い」
「さっき盗み聞きしてしまったんだが、コイツのメシや酒の選択が土方で働く人間のそれなのはなんなんだ?」
「「ちょっとわからないです……」」
至極当然と言わんばかりのエイシャにイリーナはため息を吐いた。
「はあ……まあ、それでも構わん。あと、マヨイ先生には天宮司が世話になったな」
「あっ、いえ……私たちがちょうど帰還した時に彼と出会ったので、タイミングが良かっただけですよ」
「そうだとしても、だ。アイツは少々、複雑な事情を抱えているからな」
「複雑って?」
リンの問い返しにイリーナは一瞬、口を滑らせたかと顔をしかめた後、頭を掻いた。
「遅かれ早かれ、知らなくてはならないか。……ゲート、インベーダーによる被害というものは存在が確認されて以降、枚挙に暇が無いほど見受けられる。パフアに在籍する生徒にも巻き込まれた者は多いが──」
両腕を組み、苦虫を嚙み潰したような表情で。
「天宮司は物心がついた頃に多発的に発生したゲート被害で実の家族、親戚を失った。その後、パフアへの入学まで身元を置いていた孤児院もインベーダーの強襲によって壊滅。唯一の生き残りだったが本人も重傷を負い、心神喪失状態であった」
「想像よりも痛ましいんだけどぉ!? あの子、そんな境遇だったの!?」
「幸運だったのは施設を出て自立している者が後見人として彼を引き取り、リハビリに付き添ってくれたことだろう。一年生の時から感情を表に出さない物静かなヤツだったが、パフアに復帰してからはそれがより顕著に表れ始めた。まるで生死に興味が無い、子どもとは思えん達観した視座を持つようになったんだ」
「……凄まじいな。ゲートとインベーダーへの対策法が確立されてきた現在の情勢でも、そのような事態がありえるか」
リンとエイシャの二人は、アライアンスやアストライアでも守り切れなかった人物が身近にいた事実を知り、拳を握り締めた。
「ゲート被害が絶えないパフアより本土の学校に転校させた方が良いとも考えたが……当の本人が否定してな。その時、言われたんだ──どこに居たって人が死ぬのなら、少しでも足掻いていたい、とな」
「普通の子どもが、そこまでの覚悟を……」
「生き残ってしまったが故の思考とも取れるが、後見人も天宮司の意思を尊重したいと言ってな。以来、教師の立場から何かと目に掛けていたところに今回の失踪騒ぎだ。初犯でないというのがいやらしい点だがな」
「ん? どういうこと?」
「授業中に発生したゲートに対して避難指示が出されても、いつの間にかアイツだけ姿が確認できないといった事例が、特に直近三ヶ月ほど多くてな」
「なんと。障壁でパフアが守られているといっても限度はある……シェルターでの人数確認中に姿が見えないともなれば肝が冷えただろう」
「まったくだ。一応、変態エル……リフェンスには腹が痛くなってトイレに行く、と言伝を残しているようだが、せめて私に言えと思わなくもない」
「そりゃあ大変だねぇ……」
アキトを話題に花を咲かせる三人にマヨイは考える。
まさか自身が声を掛けた生徒が、例を見ないほどの不幸に見舞われていたなんて思いもしなかった。帰還後に出会った彼は一体、どれだけの痛みと悲しみを背に負いながら独りでいたのだろう。
その重苦しい感情を抱えて震えていたのではないか、その様子を誰にも見せたくないが故に集団から外れていたのではないか。
自分の覚悟の弱さが周りに見られ、第三者にも自分自身にも失望しない為に。
あの時、あの場所で、もっと不安を拭える気の利いた言葉を掛けられたなら……と。たらればを考えずにいられなかった。
「とにかく天宮司ほどとはいかんが、そういう生徒もいると頭の隅にでも置いといてくれ。無理にアイツの事情を考慮して言葉を選ぶ必要も無い。一部の問題行動以外は優等生だからな」
「わかりました」
「はーい」
「努力しよう」
アキトの思わぬ事情を知り得た三人は、口に出さずともゲート収束後の出会いを想起する。
マヨイに詰め寄られたアキトの表情、わずかに震えていた体、動揺していた視線の動き。どれもがイリーナから語られた残酷な境遇を思えば、無理もない。
憐憫か同情か、どう感じるかは聞き手次第といえど。
少なくとも天宮司アキトの名は、三人の記憶に強く焼き付いた。




