正義の天秤の休息
「なるほど。凄まじい圧を掛けてくる女性から、いきなり連絡が来たかと思えばそんな事情が……把握しきれずにいてすまなかった」
アストライアの本部。
ニューエイジ、及び武装開発・研究班専用の作業部屋兼執務室の一つにて。
マヨイ達に負けず劣らず憔悴し、酷い隈を目の下に彫らせた本郷博士は、フラフラな体を揺らして頭を下げた。
「いえ、こちらこそ不甲斐ない姿を晒してパフア校、アストライアに多大なるご迷惑をお掛けして……」
「でも、正直なところ助かったよ。夜叉が活躍しまくったせいで、上層部の嫌がらせがこれでもかってくらい増えてたし」
「八つ当たりの矛先を我らに向けても事態が改善する訳ではないのにな」
任務作戦【ヴィンテージヒーロー】における進捗の停滞。付随して高まる夜叉への関心や名声はアストライアにとって喜ばしいものではない。
極端な声を挙げれば“アストライアなんかより夜叉の方が優秀”“ニューエイジとかの戦闘部隊は足手纏い”。
他には“市民を守るより夜叉を捕まえる方が大事らしい”“本来の目的と優先順位が変わっていて、アストライアとしての役目を果たせてない”など。
加えて、アストライア上層部は事の全責任がニューエイジにある、と仕立てている節があった。率先して任務作戦を実行している上、耳が痛い話だが心当たりもある。
その為、ニューエイジは甘んじて低迷傾向にある評価を受けざるを得ない。それこそが夜叉への敵愾心を煽り、捕縛に繋がると信じて。
……という甘い見積もりと思索が、上層部の考えであった。
「現場部隊と情報で知ってるだけのお上じゃ、認識に差は生まれるよねぇ」
「実際のところ、実働部隊の内外から批判や反感は生まれていません。夜叉との協力体制を快く受け取っていて、市民の防衛にも結果を出せているので」
「一部のアンチどもが妙に騒ぎ立てるせいで、そのシワ寄せが上層部どもに向けられているのだろうな。……少しは自分達の行動で、正しい在り方を世間に示してほしいのだが」
「こう言ってはなんだが協力企業や傘下組織、市民へ良い顔を見せたいという顕示欲が勝っている。自ら頭を下げるようなマネは期待するだけ無駄だ」
アストライアの現体制を組む者達への怨嗟。
普段から感じている不満と怒り、溝のように深い諦観。
聞く者が聞けば処罰は免れないが、疲労がピークに達している影響で四人の発言に遠慮は無かった。
「……とにかく今は落ち着いているが、ゲートはもちろん、いつ怪人関連が再燃するか分からんからな。休める時に休み、体調は万全に整えておこう。……私も医療班からドクターストップが掛かったからな」
「ですねぇ……そういや、レミ教頭って何者なんです? アストライアの頑固どもを黙らせて、アタシらの時間を都合できるなんて」
かねてからの疑問であった人物を話題に挙げながら、リンは自身のデスクに腰を下ろし、脇に下げたカバンからお菓子を取り出す。
他三人も各々の席に着き、仮眠用の毛布に身を包んだり、大幅に削減された書類の片付けに当たるなど。
思い思いの行動を取る中、本郷博士はああ……と鈍い反応の後に口を開く。
「疑問を返すようで悪いがフルネームは佐々目レミで合ってるか? 苗字しか聞かなかったのだが」
「そですよ~。パフア校の教頭でお局みたいな感じの年齢不詳美魔女」
「言い方はアレですが間違ってはいませんね……」
「となると佐々目家の直系は確定か。ならば、無理を通せるのも道理だな」
「佐々目家? その口振りから察するに、何やらやんごとない家系の人間のように思えるが……?」
アイマスクを掛けた本後博士の確信した声音。
その理由を知らないエイシャは、片付けた書類を束ねながら首を傾げる。
「エイシャ君は仕方ないとはいえ、他の二人もあまり関心は無いだろうが……佐々目家は日本政界の中枢に座すご意見番であり、護国の守護者たる血族だ。正当かつ公正、合理性をとことんまで突き詰めて押し通す……その在り方は“破城槌”と揶揄されるほどにな」
「えっ、じゃあ元政治家って事です?」
「まあ、その認識で構わん。異例の若さで防衛庁……今の防衛省に籍を置き、自他共に厳しくも佐々目家の役目を果たさんとしていた。だが、ある日を境に政界から撤退し、後任の育成に転じた……はずだ」
「聞く限り相当な立場の人物に思えますが、どうして政界から……」
毛布にくるまり、浮ついた意識のままにマヨイは問いかける。
「当時、同じようなインタビューを辞職の際に向けられた時、こう語ったそうだ。“頭の凝り固まった老害の自己保身、腐敗と日和見をこの目で見てきた。そんな連中の政争を根絶するには人心の革新が必要だ”とな」
「つまり佐々目レミとして直接政治をコントロールするのではなく、未来を担う者達に変革の種子を与えようと?」
「恐らくは、そうする為に教職へ就いたのだろう。当時から苛烈ながらも先進的、国民にも受け入れられる政策を打ち出してきた裏で、凄まじい苦労を重ねていた女傑。……その影響度は、政界を退いた今でも残存している」
かつてから築き上げた錆び付かない栄光。
レミの歩んできた道のりによって救われた事実を思い返し、ニューエイジは納得の吐息を漏らす。
「佐々目家を敵に回せば新興組織たるアストライア、ひいてはアライアンスの立場は悪化する、かぁ……」
「アライアンスは異世界を含む複数の国家から成り立つ国防組織。片方の統制がグダグダになれば、衰退するだろうな」
「国民からの信頼が失墜すれば、傘下企業も撤退……後ろ盾が無くなる。そもそも実働部隊に負担を掛けて、行動を抑制しては本末転倒ですもんね」
覇道を歩む者の全てを蹴散らしたであろうレミからの唐突なコール。
そんな女傑の言葉を拒絶する根性など、上層部の人間にはいなかった。提案を呑む他に選択肢など初めから無かったのだ。
「……じゃあ、今のレミ教頭ってめちゃくちゃ丸くなったんだね……」
「昔のままであれば、我らは言い返す余地なくズタボロに貶されていたかもしれないな……恐ろしい」
「メンタルが弱ってる時にそんな事されたら号泣します……」
「今はただ、休もう……ゆっくりと、英気を養うんだ……」
ぞっとする、ありえた可能性から目を逸らして。
肉体の限界を迎えた四人は糸が切れたかのように意識を落とすのだった。




