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痛みを知る者

 レミの脳裏によぎるのは数か月前、自身の身に起きた不幸。

 学園島にいくつか点在する、大型ショッピングモールへ買い物に出かけていた彼女はゲート被害に見舞われた。夜叉の存在が世間に認知される前の出来事だ。

 休日な事も関係して子供連れの家族や友人同士。

 大勢で賑わう和気藹々(わきあいあい)とした空気は一変し、悲鳴と怒声の飛び交う地獄が誕生した。


 シェルターへの避難者が将棋倒しになり、負傷する者達。

 自身の力を見誤りインベーダーへ攻撃を仕掛け、即座に食まれたネイバー。

 マギアブルがあれば自分も、と思い上がった地球人の上下半身が泣き別れた。


 吐き気を催す屍山血河(しざんけつが)の只中に遭遇したレミ。彼女もまた、他の避難者と同じくシェルターを目指していた。

 しかし道中にて逃げ遅れた少女を保護し、必死に奔走(ほんそう)。教師という立場は当然として大人の責任を果たす為に、見逃すなどという人道を外れた行為は決して出来なかった。


 たとえ自身の体が擦り剝け、左腕が折れていようとも。

 せめてアストライアの戦闘部隊が来るまでは、と。

 奮闘していたが、肉体の限界はとうに迎えており、インベーダーの毒牙がその背に振りかかろうとする。

 今や少女もろとも、と走馬灯が巡るその時──夜叉が現れた。


 当時は消極的な活動が多く、夜叉は実在が噂されていた程度の認識。

 アストライアの公表も無く、レミもまやかしだと思い込んでいた。しかし、目前に佇む赤いマフラーをなびかせる武士は、幻などではない。

 インベーダーを切り払い、舞い降りた彼はへたり込むレミを一瞥し、肩を震わせた彼女へ声を掛けた。


『随分と無理をしたな。いや、そんな事を言う権利、オレには無いか』


 どこか申し訳なさそうな、後悔に自虐を含んだ声を最後に。夜叉はフツノミタマを一閃し、その場のインベーダーを殲滅。

 目にも止まらない、映らない速度で振るわれた救済の一撃。見る者の心に焼き付いた光景に、レミは呆けた声を漏らす。


『あ、貴方は、なんなの……?』

『……すぐに終わらせる』


 問いには答えず。

 夜叉は辺りに転がる惨殺死体を見て、苦しげに口を開いた。

 そのまま圧倒的な武力でモール内に残存するインベーダーを駆逐し、ゲートを破壊。戦闘部隊が到着する五分前には、事の全てを終わらせていた。

 地獄を終わらせた、まさしく救世主とも言える夜叉。

 だが、彼に投げかけられたのは称賛や感謝でなく血に濡れた瓦礫の破片。


『なんでっ、アイツを見殺しにしやがったッ! なんで、今さら助けになんか来たんだよ、このクソ野郎!』


 次いで、そう言ったのは非常時にもかかわらず事態を軽率に捉え、インベーダーに向かい、殺された者の友人であった。

 やるせなく、涙ながらに叫び散らしたとて、あまりにも身勝手。あまりにも自業自得としか言いようがない。

 しかし、被害を受けた側として癇癪をぶつけずにはいられなかった。


『てめぇがもっと早く来てれば、死ななくて済んだ! てめぇがさっさと駆けつけて来れば、傷つかなくて済んだっ! お前なんなんだ、なんなんだよぉ!!』

『…………オレは』


 夜叉に責務は無い。報酬も無い。

 ヒーローとしての気概はなく、ただリクの為にと動いていた時だ。

 されど救えと(のたま)う者がいる。本来その役目を担うべきである組織が、アストライアであるというのに。


『──わかった』


 それでも聞くに堪えない罵詈を、夜叉は重く受け止めた。

 彼にとっても、後悔の念を抱かずにはいられない状況であったが故に。血の惨劇を、二度と招いてはならないと自身の根幹へ位置するように。

 そして宣誓するように、その場で告げたのだ。


『オレが姿を見せる時は、人死には出さない。必ず、成し遂げよう』


 短くも、雑言を撒き散らす数人を黙らせた言葉を最後に、夜叉は去った。

 後に一つの事変として扱われた時既に、宣誓の言葉を真とするように。夜叉は被害を限りなくゼロとするように尽力。

 逃げ遅れた避難者を率先して救助し、手隙になればインベーダーを討伐し、忽然と姿を消す。場合によってはアストライアと協力する姿勢すら見せ、次第に夜叉は世間に受け入れられていった。


 その姿に、立ち位置に、心構えに、レミは魅せられた。

 鮮烈なまでに苛烈で、衝撃的。向けられる悲哀も、向き合った苦痛も呑み込み、決して弱音を吐かず人類を守護する者。

 孤独の道を行く夜叉の信念を尊重し、敬愛するようになったのだ。


「……彼がそうであるように、私も一教職の身として努めましょう」


 レミは夜叉になれない。けれど、夜叉が守った物を守れるはずだ。

 そうある事が人類として、夜叉に報いる方法の一つだと信じて。

 彼女はニューエイジから引き継いだ業務に専念するのだった。

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