教導者として
「んもーっ、なんなの!? 自分の都合と文句ばっかり押し付けて子どもの事なんてそっちのけ! モンペってかアホしかいないのパフア生徒の親って!?」
「気持ちは分かるが落ち着け。さすがにそういったヤバ……ふざけ……ロクでもない連中の相手は、イリーナに回せばやってくれる」
「ああ。特に今日はイカれ……馬鹿……とんでもないのが多いからな。さすがに監督者として見過ごせん、私が打って出る」
「私達は必須提出物の遅れが生じている親御さんへの連絡に回りましょう。さすがにそれくらいなら、電話口でヒステリーを起こされる事は無いでしょう。……無い、と思いたいですね」
「ひぃん……きついよぉ……」
阿鼻叫喚の嵐が響き渡る職員室にて。
教育実習生マヨイ、リン、エイシャは隠しきれない憤怒や疲労困憊の色を表に出しながら、業務に対応していた。
人の悪意そのものとも言える感情をぶつけられ、本音を隠した建前を考え、並べていくのは酷と言えよう。若輩ながらも、生徒の相手をしている方が楽とすら感じていた。
そもそも平時であれば、容易に受け流せたかもしれない。それだけの地力と寛容的な精神を保持しているからだ。
しかし、そうならない理由が彼女達にはあった。
裏の顔として共通するアストライアの戦闘部隊“ニューエイジ”として、同組織が誇る医療施設“アスクレピア”での研究に参加。
それはインベーダー構成要素吸収装置“レネゲイド”の試行実験だった。
万事順調に進んでいたかと思われたが、被検体である怪人からインベーダー“スティングレイ”が出現。
施設を破壊して逃亡を図り、市民や患者を惨殺しかねない事態となった。されど最悪の事態はアスクレピアへ急行した夜叉の手によって阻止。
人的被害はゼロに近く、建造物の破損程度で済んだ。だが、本来捕らえるべき相手に助けられたという事実は変わらない。
ニューエイジの他、多くの戦闘部隊が常駐していたにもかかわらずの体たらくを晒した、とアストライアの上層部は大層おかんむり。
加えて、天宮司アキトの関係者たる緑川ヤナセ関連の情報。ニューエイジの総指揮官でもある本郷博士の身内であり、既に故人であった、など。
気が重くなる話が多く続き、精神を大きく削る環境に身を置いていた。その負債や重荷が日常生活にも支障を及ぼしていたのだ。
「しかもこの後アストライアに出勤? 何徹目だと思ってんの? 大人しく寝かせてよマジで」
「山のような反省文や報告書やらで満足に食事が取れてません」
「眠りたいな。泥に浸かるように、ただゆっくりと……」
今や彼女達の精神状態は砂上の楼閣。
これ以上負担を掛ければ、寝込むか暴食か逆切れ間近といった状況だった。
「これは、重傷だな。本当に」
「まったく情けない……と言いたいところですが、貴女達の置かれている環境は過酷そのもの。激務は必須ですからね」
なんとか補填してやらねばならない。そんな考えがイリーナの脳裏をよぎる中、ニューエイジ専用の作業室に第三者の声が湧く。
全員が思わず手を止め、声のする方へ顔を向ければ、きっちりとしたスーツ姿の妙齢な女性が出入口に立っていた。
「佐々目教頭」
「かしこまって苗字呼びなどよしてください、イリーナ教諭」
「……はあ。レミ教頭、いかなる用件で声掛けを?」
イリーナは以前から親交があるものの、自らが苦手とする相手とあってか。他人行儀な冷たい口調で問いを返す。
既に幾度か繰り返されたやり取りであるが故か。レミはため息をこぼし、次いで取り繕うように首を傾げた。
「貴女達はよくやってくれている。実習生としてのみならず、ニューエイジとしても。その実態をパフア側が認めた以上、わたしも同じ所属の身として誠意を見せるべき……そう判断したまでです」
「迂遠だな。何が言いたい?」
「マヨイ、リン、エイシャ。三名の業務をイリーナ教諭と並んでわたしも引き継ぎます。その空いた時間に貴女達はアストライアへ赴き、熟すべき業務を終え……今日くらいは速やかに休息を取ってください」
「でも……」
急な申し出にマヨイは困惑と安堵の含んだ声を漏らす。
与えられた仕事を放棄してよいものか、安易に解放されてよいものか。二極化した葛藤に苛まれた様子を見て、レミは追撃を口にする。
「既に連絡は取りつけてあります。直属の上司たる本郷タカシ博士を経由して、アストライアの上層部へ。預かった連絡先から告げておきました」
「お前、いつの間に……」
「正直、パフアに配属されて以降、目に余るのですよ。部下に責任の是非を押し付け続ける、アストライアの判断には」
心底、呆れと怒気を滲ませた声音で語りながら。
執務用テーブルに並んだ、保護者名簿を取り上げて言葉を紡ぐ。
「そちらの問題はそちらで解決すべき。ですが彼女達がパフアの一員である以上、害ある行為が散見されるのであれば、取るべき手は取らせてもらう。それだけです」
「そんな事で、本当に了承を得られたのか? アストライアの連中から。私も進言した記憶はあるが、返答は芳しくなかったぞ」
「無駄に年を取っている訳ではないのです。たかが二〇数年ばかりの歴史しかない新興組織が、権謀術数でわたしを上回る? 思い上がりも甚だしいですね」
「えっ。レミ教頭って年いくつ……?」
「見た目はとても若々しいが……」
表情は変わらずとも自信たっぷりな言動に、ストレス最高値であったリン、エイシャも戸惑いを隠せなかった。
頭を悩ませる面々に対し、レミは手を叩いて注目を集める。
「時間は限られています。行動を起こし、安寧を得る為に努めてください」
「……折角の厚意だ。素直に受け取って、アストライアへ出向け」
「は、はい、わかりました……」
各々思うところはあれど、限界を迎えていたのは事実。
ニューエイジは手早く荷物をまとめ、近場の魔導トラム駅へ赴くべく職員室を出ていった。
「世話の焼ける方々ですね」
「しかし意外だな。お前がアイツらに対して行動を起こすとは」
「先も理由は述べたはずですよ。蒸し返すつもりはありません。ですが……」
レミは一室の窓から外を眺める。
そこに居たのは、図書室で目当ての本を借りてポラリスへ向かおうとするアキト、リフェンス。その二人を見かけ、接触したニューエイジの三人がいた。
最初こそ、単純に挨拶を返しただけ。しかしレミに苦言を呈されるほどの様相を目の当たりにした事で、アキト達が心配を前面に出して問い掛けているようだ。
「生徒にいらぬ心配をかける教師であっては困ります。彼らは良識ある生徒ですが、そうでない生徒にとっては格好の的となりましょう」
「ふん、そうか」
「それに──過ぎた事をして、咎められた経験がある身ですので」
「あ……?」
組織と個人の自衛を含み、そして小さくも自罰的な物言い。
かすかとはいえ鼓膜を叩いたそれにイリーナは反応するも、レミは意にも介する様子も見せず席についた。




