同窓の目に映る者
ぺらり、ぺらり、と。
空調の音に混じった生活音が耳朶を薙ぎ、心が平常を保っていく。鼻先に感じる温度は一定で、深く吸い込めば紙の匂いがする。
最新鋭なパフア校には珍しい、古ぼけた雰囲気の空間。
昇降口にほど近い位置にある図書館の空気を、メリッサは気に入っていた。
「……」
生徒はパフア校独自のネットワークで、デジタル化されたデータでしか調べ物をしない。
それはなんとも、寂しいものだ、と。図書委員の仕事に就いて早数年、利用客の少ない図書館の受付で、メリッサは読書にふけっていた。
「黎明に影を差す、特種異類人……」
ぽつりと呟いたのは、眼下にある本の一文だ。
地球と異世界が繋がったのが三〇年前。
別々の価値観に倫理を持った者達が対立し、諍いを起こして一〇年。
その間にもゲート被害による双方の人口流出問題などが発生して、刃を納め、本格的な法改正が執り行われた。
その結果として学園島の存在が成立し、パフア校が世間に許されている。
しかし、最近では再び地球人とネイバーの関係性を疑問視されていた。
とりわけ話題に上がるのは、ネイバーでありながらインベーダーと同等の扱いをされる者達──特種異類人。
地球の知識に準えるなら吸血鬼、吸血族が筆頭だろう。あるいは龍人族、仙族といった古より残存する長寿族。
その思想や思惑は短命族にとって冗長過ぎる傾向があった。故に、核心し続ける現代においては理解を得られにくい。
しかし後者はネイバーに寄り添う姿勢を見せるなど、温和な性格をしている者が多く、融通が利いた。
されど、前者はその限りでない。
二つの世界が混じり合った事で、長い年月の間で燻っていた幼子の如き楽の感情を再度刺激されたのだ。もしくは、支配欲と言っても過言ではない。
刹那的な消費が可能な、使い勝手の良い玩具の出現。
手籠めとし、手駒とし、従属させれば欲を満たせる。
もはや第二のインベーダーと称される者達は我欲に忠実に、自身の興味が赴くままに、自らが持つ爪牙を振るわんとした。
「だけど、叶わなかった」
メリッサは自身が読んでいる著書のページをめくる。
「地球人とネイバーが混在するアストライア。各種の特種異類人で構成された者達による全面戦争──それが地球と異世界、お互いを結ぶ境界線で起きた時」
メリッサの指先が、当時撮影された写真の挿絵で止まる。
それは勇壮な後ろ姿に刀を持つ、黒鉄の鎧に身を包んだ存在。
かつてそこにいたとされる無双の英雄。黎明期からインベーダーを狩り続け、大勢の命を救った者の、公的記録に残された最後の写し絵。
「“夜叉”が姿を現し、二つの勢力を鎮めたとされている、か」
「……悪い、取り込み中だったか?」
興奮気味な独り言への返答に、メリッサは体を硬直させる。
聞くはずのない、聞こえるはずのない来客の声。しかもそれが、クラスメイトである天宮司アキトのモノである、と。
顔を上げながら、遅まきながらに理解していくにつれて、頬が赤らむ。
「…………きゃああああっ!?」
そうして、恥も外聞もない悲鳴を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
「オレが言うのもなんだけど、ここ図書室だから」
「……っ……ッ!?」
アキトは己の唇に指を宛がい、メリッサへ静かにするよう促す。
特徴的な捻じれた角と山羊のような耳を丸め、咄嗟に口元を抑えながらも、メリッサは高鳴る心臓の鼓動を抑えながら口を開く。
「あ、ああ、アキト君? な、何をしに来たの?」
同級生でありながら、大人顔負けの胆力にミステリアスさ。
どこか陰のある整った顔立ちでありながら、子どもながらの陽気さもある。
同年代のみならず、年の違うネイバーも含め、大勢の関心を惹いて止まない──密かにファンクラブすら作られているアキトを前にして、メリッサは問いかける。
「この書類をイリーナ先生から届けてほしいって頼まれたんだ」
「あっ、これって……今季に収容したい本のまとめ? そういえば、提出が遅れてる学年がいくつかあるって顧問の先生が」
「オレ達のクラスが、正にそれだったみたいだ。渡してもらえるか?」
「う、うん! わたしから先生にやっとくよ」
「ありがとう。それと、いくつか借りたい本があるんだ。友達と一緒に探してくるから、少し騒がしくなるかもしれない」
「大丈夫。他に利用してる人はいないし」
メリッサは少し寂しげに、先程まで読んでいた著書“黎明の終わり”を胸に抱えて、図書室内に目を向ける。
天井に届くほどの書架が並び、いくつか置かれた読書スペースに人の影はない。遠くから響く部活動の喧騒が、どこか虚しく響く空間。
自身の存在価値すら揺らいでしまいそうな光景に、メリッサは目を伏せた。
「もったいないよね。こんなにも沢山、読み切れない程の本があるのに」
「……そうだな。でも、オレにとって図書室の存在はありがたいよ。勉強に使う参考書とか資料ってネットで調べるには限度があるし、実際の文献でしか分からない事も多い」
それに、と。
アキトは書架に書かれた蔵書の分類に目を付け、棚へ足を進めながら。
「読書は自分と本、相互に作用する対話だと思ってる。決して捨てていいものではないし、侮っていい事じゃない。気づきと学びは、いつだってそういうところから得られるし」
「っ……そんな風に考えてるの、同級生の中でも君ぐらいじゃないかな」
「それ、リフェンスからも言われたな……」
そんな珍しい事かぁ? と、ため息混じりのぼやきは遠くなる。
メリッサが気づかぬ内に、先んじて目的の本を探していたであろうリフェンスと合流し、そのままアキトは背表紙を眺め始めた。
どこか絵になる光景を、読書するフリをしながら、彼女は見つめる。
多種多様なネイバーに偏見を持たない視座。
人種・年齢に左右されず対応する精神性。
教育実習生のマヨイ、リン、エイシャと新参である者とも仲が良く、パフア校に馴染ませようと関わっている、など。
ファンクラブ内で共有された魅力や活動を思い出し、メリッサは頷く。
「すごいなぁ……」
受容的でありながら確固たる芯を持つ人だと思った。
事実、眼前のアキトは朗らかな笑みを浮かべ、リフェンスと会話している。大抵のエルフ族は排他的で、他者を見下す傾向にあるというのに。
実際にリフェンスは転校して当初、周囲を見下していた。
生徒のみならず、先生までも。態度に出さなくとも言葉は鋭く、どこまでも深く刺さるような、容赦のない発言が目立っていた。
しかし、今はどうだ?
アキトと話す彼は悪戯っぽくも心の底から嬉しそうに笑っている。そこに第三者への嘲りや蔑視の意味は無かった。
最高の友と過ごす時間が至上のものであると、理解していての態度。そこまでの関係性を築けるなんて、自身にはマネできない。
「……そりゃ、ファンは多いよね」
メリッサのように、淡い恋心を抱く者は少なからずいる。
初等部、中等部、高等部までも。自分に必要とあれば学年が違っても足を運ぶ事がある為に、アキトの動向を気に掛ける者は多い。
故にこそ、誰よりも。
近くで見て、感じられる図書室での出会いは役得であった。願わくば、もう少しだけ……彼を目に焼き付けたい。
口には出さない、わずかながらの願望を胸に。
にわかに沸き立つ図書室の空気に微笑みながら、放課後の時間は過ぎていく。




