擦り込みの悪意
特位インベーダー、スティングレイ。
彼の命は、余す事なく怪人化薬へと精製されて失われたはずだった。
しかし何たる因果か。人類という仮初の肉体を経て怪人化の解除、および分離という、スティングレイにとっても未知の体験を得た。
喪失したはずの肉の器は人類の細胞を元として再構成され、本来の姿を取り戻してしまったのだ。
欠損や不足した力などありはしない。万全で最高のコンディションのままに。
加えて、一度は人類との融合を果たした故か。
人としての理性を保った生前に強く焼き付いた感情、記憶の残滓がスティングレイの本能を刺激する。
それは迫り来る雷撃の恐怖。
その直前に立っていた黒き武者。
そして抹殺対象としていたシャリア。
だが、何よりも──自身を撃ち落とした、夜叉へと変身したアキトへの強烈な憎悪、執着が理性を埋め尽くす。
スティングレイが天空に座す暗殺者として選定された理由。
生命体の特別な波長を感じ取る優れた能力は、寸分違う事なく、近辺に存在するアキトを補足。
強力な武器である、半透明な風の刃で実験室を即座に破壊。
施設の直上に飛び立ち、インベーダーとして愚直なまでに。
一切の迷いや逡巡も無く──【アスクレピア第一病棟】のエントランスホールへと降り立ったのだ。
◆◇◆◇◆
舞い落ちるガラス片と悲鳴の嵐から退いて。
オレとリフェンスがマギアブルや魔法のシールドで防ぐ、その只中にインベーダーは着地。エントランスホールの床を砕き、破砕の埃を巻き上げた。
イリーナ先生と分断され、インベーダー越しに焦りの表情を向けてくる。
「天宮司、リフェンス! 平気か!?」
「俺達は無事っす! けど、入り口からは逃げれそうにねぇな!」
突発的な状況に対応するリフェンスの言う通り、位置関係がよくない。
先頭を歩いていたイリーナ先生やアスクレピアの患者、一部の職員は出入り口に近く、すぐにでも脱出できる。
しかしオレやリフェンスは受付側に近い。この場から逃げるなら、施設内へ向かうしかない。
「つーかコイツどっから来たんだ!? 警報が鳴らなかったぞ!」
「さあな。でも、どこかで見た記憶があるよ」
虫のような翅を持ち、胴体や腕と足には爬虫類じみた鱗や皮膚が見える、歪で異質な不気味の存在。それでいて人体に近い体躯。
インベーダーの中でも特位と称される、怪人──いつか遠目に見た覚えのある姿は“スティングレイ”と呼ばれるモノだった。
「前に撃ち落とした奴だ。リクはコイツが接近してる事に気づいたのか」
『……』
問い掛けに対し、リクは無言のままにレイゲンドライバーを振動させる。ありがたい話だ……とはいえ、どうするべきか。
この場で夜叉に変身は出来ない。人の目があれば監視カメラもある。
かといって迂闊に行動したら、何を仕出かすか分からない。
アスクレピア内は大勢の人がいる。本能のままに惨殺する可能性があった。
そもそも、アストライアの施設には常駐した戦闘部隊がいる。
このまま見合っていれば、部隊がやってきて対応に当たってくれるだろう。その前に、何人の犠牲者が出るか分からないが。
「でも見た感じ、怪人化してない本物のインベーダーだ……同じ個体? いったいどうして……」
「詳細は分かんねぇが、とりあえずやべー状況だぜ。どうするよ?」
「犠牲者が出る前に仕留めたい。施設内に戻って、人気も人目も無い所で変身するか……ん?」
そうして考えている内に、動ける人達がそれぞれ避難していく中。
アストライアの警報も無しに姿を現したスティングレイは、何かを探すような仕草で首を辺りに振り始めた。
なんだ? と疑問を抱くよりも早く、スティングレイの視線が──オレに固定された。じっと見つめられ、背筋が泡立つ。
『グルアアアアアァ!!』
無防備な患者や職員など他の誰でもない。
正確にオレだけを睨みつけたスティングレイは、咆哮と共に周囲へ半透明な弧を描く刃を生成。
その鋭い切っ先を、全てこちらに向けてきた。
「なんだ、コイツ。まさかオレを狙ってるのか?」
「は? マジかよ」
思い上がり、見当違いとも言いがたい殺意の矛先。
立ち込める埃を裂いて、纏いながら、スティングレイは歩いてくる。しかしピンチでもあり、チャンスでもあると判断。
リフェンスの背中を叩き、道中で確認したアスクレピアの特定階層──厳重な警備システムが敷かれている場所の名を告げた。
リクがいれば辺りの電子機器をハッキングして有利に動ける。
それに屋内ならスティングレイの行動を制限できるはずだ、と。
意図を把握したリフェンスはわずかに視線をオレに向けて、頷いてから改めてスティングレイを見据えた。
「理由は分からんがやべぇな。イリーナ先生、他の人を連れて避難してくれ!」
「リフェンスと一緒に撒いてから合流します。気を付けて!」
「おい待てっ、二人とも!」
有無を言わさず、制止に耳を貸さず。
リフェンスは返答代わりに火球を生成してスティングレイに放ち、背を向けて二人で走り出す。
火球は衝突したものの、大したダメージにはならず。けれどその衝撃は気を引くに十分だ。奴は視認の難しい刃で、進行の障害を切り裂きながら追ってきた。
「人に被害が出なければいいけど……」
「心配すんな、生命探知魔法に異常はねぇ。それよか援護してやっから、早くリクの姐さんを呼べ!」
「ああ」
後方で繰り広げられる、魔法と刃が撃ち合う激戦の中。
走りながらマギアブルのコードを入力。バッグからレイゲンドライバーを取り出し、スロット機構に装填。
『Get ready?』
「ダメです。ちょっと待って」
変身前の認証を終えて、装着者の承認を求める機械音声に応えると、殺生石が仄かに明滅し出した。
『儂、参上!』
「説明は後で。やるべき事は分かるな?」
『事の次第は委細全て聞いておったぞ! 仕事開始じゃい!』
レイゲンドライバーから鳴り響いた声は、すぐさま周辺機器の主導権を奪取。
監視カメラは首をもたげ、照明が薄まり、患者を守る為の各種防護シャッターが下ろされる。
今や限定されたこの階層にはオレとリフェンス、スティングレイ、そして戦場の支配者たるリクしかいない。
「リフェンス、患者達を怖がらせないように遮音魔法と追加で結界を張ってくれ。オレは被害が広まらない内に速攻でアイツを倒す」
「任されたぜ。サクッとやっちまいな!」
振り返り、前面で魔法の防護壁を展開するリフェンスの後ろで。
徐々に迫り来るスティングレイから目を逸らさず、レイゲンドライバーをへその下辺りにセット。
ベルトが巻き付き、法螺貝の待機音楽が生じる。右側面にメタモルシードを入れたケースが出現した。
「それじゃあ早速」
『待て、アキト。マシロから貰ったデータで新しいメタモルシードの設定が完了した。お主の気質に合っておるし、何より現状に適したスタイルのはずじゃ』
「適した……? 分かった」
リクの進言通りに、ケースから真新しいメタモルシードを引き抜く。
どこか夜空を思わせる紫の煌めきが特徴の色味。それで象られた、マスクを付ける覆面の男が描かれていた。
“ナイト”や“メイジ”とは違う、静かで掴みどころのない印象を受ける。
『静謐な動作と正確性、何より夜叉以上に高速戦闘へ重きを置いたスタイル。その名も──』
『メタモルシード“シノビ”、Active!』
メタモルシードを殺生石にかざせば、聞き慣れたリクの声で起動される。
もはや反応するまでもないと、和風な笛の音が反響するメタモルシードをシフトバングルに接続。
『Advent! ヴァリアブルモデル、Ready!』
「変身!」
点滅するシフトバングルを胸の前に置き、マギアブルを強く押し込んだ。




