ep3.閑古鳥にキレる末裔
■後神暦 2649年 / 春の月 / 黄昏の日 am 10:00
――『ワスレナグサ』 門前
無実の罪で国から逃げ、ワスレナグサに辿り着いて数日。
今日も今日とて閑古鳥の鳴く宿を掃除する。
「まぁ、分かってたけどな……」
虚しい気持ちで門前を掃きながらつぶやく。
ホウキの掃く音、木々の葉のざわめき、鳥の声、たくさんの自然の音。
それしかない、つまり人がこない、当たり前だよな。
オレだってティスタニアの道標がなければ、ここまで来れなかった。
「何が分かってたんじゃ? ほれ、手が止まっとるぞ」
わざわざオレの近くでしゃがみ、頬に手を当てながらレンが言う。
この虚しさをぶつけるしかない、そう思った。
「なぁレン! ここって宿だよな!?」
「何を今更……初めからそうじゃと言ったろう?」
「だったらもっと人を呼び込む努力をするべきじゃないか!?」
山の実りに頼った自給自足の生活、それはまだ良しとしよう。
しかし、古都リム=パステルの大店と言われたブラン商会で働いていたオレとしては、客のこない客商売などあり得ない。こんな立地でどう商売をすると言うのだ。
「まぁそういきり立つな。今でも食うに困ることはないじゃろ?
それにワエは陶芸家、あまりに客が来ると器と向き合う時間が減ってしまうわ」
「いや、あまりにって……それ以前に一人も客が着てないだろ」
「『行雲流水の如く』、まぁなる様になるじゃろ。
大切なのは、何時如何なる客が着ても良いように備えること、違うか?」
そんな年寄りみたいなこと……あ、100歳超えてたわ……
違う違う! レンの物差しに合わせるな、変化を求めるなら能動的に動け!!
「なぁ、森を切り開いて宿までの道を作らないか?」
「必要ないな」
バッサリかよ……いやいや、負けるな、もっと押すんだ。
「オレもここに辿り着くのも苦労したんだ。
普通の客は絶対に迷って宿まで来れないって」
「それならそれで良い」
「……なぁ、どうしてそんなに頑ななんだ?」
「言う必要はない」
取り付く島もないか……でもおかしいだろ。
レンはワスレナグサを宿と呼んだ、だったらその役目を果たさせてやるべきだ。
それに客がこなくても良いなんて考え、商売をしていた身としては認めたくない。
なによりレンの素っ気ない言い草はオレを否定されているようで腹が立つ。
「あのな! 宿ってお客さんが来て初めて成立するの!! ここは宿であって宿じゃない!!」
「なんじゃと!? 此処は姐様に頂いた大切な宿!!
今の言葉は聞き捨てならんぞ、取り消せ!」
『宿ではない』との言葉にレンは反応した。
ティスタニアが託した場所だったのは初耳だけど、レンが彼女を慕っているのはよく知っている。
……でも、オレだって引き下がるワケにはいかない。
「いーや、取り消さない! 客の来ない商売なんて成り立たない!
経営者がそれを考えないとは片腹痛いね、激痛だね!!」
「知る者のみ訪れる宿なんじゃ!!」
「そんなのサボってるだけだろ!
あーあ、レンの大好きな『姐様』もきっと悲しんでるだろうな!!」
「な……ッ!! お前さん……言った、言ったな……? もう勘弁ならん……!!」
あ……ヤバい……思った以上にキレた……
レンに腕力じゃ絶対に勝てないぞ……どうする……?
今更撤回なんてできないし、そもそもする気もない。
まず経営を見直さないといけないのは本当だ。
えーっと……うーん……あ、これだ!!
「そこまで言うなら勝負しよう。宿と言えば料理だろ? 料理で勝負しよう」
「はんっ!! 望むところじゃ!! 吠え面かくなよ、わっぱ!」
負けられない戦いが今、始まる……!!
レンを見据えたオレに「仲良くしなよ……」と、誰かがそう言った気がした。