ep4.末裔、犬の商人と初対面
■後神暦 2649年 / 秋の月 / 天の日 pm 09:00
――貿易都市ツーク 繁華街
「結局こうなったかぁ……」
アリアが大声を上げたあの日から2日、オレたちはツークの繁華街に来ていた。
ここは『眠らない街』と国内でも有名なだけあって、夜の帳が下りた後も、まるで昼間のように明るく、賑やかだ。
「なぁレン……本当にいいのかな?」
「良いも何も、オルヴィム自身も望んだことじゃ」
「まぁ……そうだけどさ」
どうしてこんなことになったかと言うと、
オレが軽々に口にしてしまった『自分で気づく』にアリアが反応したからだ。
そうして今は、あの花屋のお姉さんをつけているのだけれど……
「アレク……大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。オルヴィムさんこそ大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう、平気だよ」
オルヴィムさん、すげぇ良い人……!
魔法で姿を消してるから視えないけど、きっと心配そうな顔してくれてるんだろうな、自分は辛いはずなのにさ。
女性陣に分かるかな? こんな良い人との初対面が『これから貴方の憧れのお姉さんの化けの皮を剥ぎにいきます』って状況の気まずさが。
思い出しては空笑いをしながら、人混みに紛れてお姉さんを追うこと数分。
待ち合わせに利用されそうな噴水の前で彼女に手を振る男が見えた。
アイツはここ数日で見たことがある。アリアが『ヤバそうな奴』と言っていたガラの悪い男だ。
「オルヴィムさん、辛かったらもうここで……――」
「何をしておる? オルヴィムならもう近くにいないぞ?」
「は? 確かに姿は視えないけど……帰ったの?
いや、見なくていいならその方が良いかもしれないけどさ」
「違う違う、恐らくあ奴を守れるところに移ったんじゃろ」
レンの言葉の意味が分からずに首を傾げたが”あ奴”についてはすぐに分った。
途中で別行動をすると言ったっきり姿が見えなかったアリアが、手を振っていた男の後ろに、とんでもなく不機嫌な顔で立っていたんだ。
嘘だろ……突撃すんの? 聞いてないけど?
アリアは男の追い抜き、近づいてくるとお姉さんの前に腕を組んで立ち塞がった。
「ちょっとアンタ! オル兄ちゃんに気のあるフリして振り回すの止めてくんない?」
「いきなり何? 失礼じゃないかしら? そもそもオル兄ちゃんってどなた?」
「……ッ!! アンタ、何回も花束貰ってるでしょうが!!」
声が大きいアリアはもちろん、お姉さんも中々に通る声で離れているこっちまで会話が聴こえてくる。
人が多い場所なだけあって彼女らの周りには野次馬が集まってきた。
「直接文句を言いに行くとは思わなかったよ……レン、知ってたの?」
「いいや。しかし、あ奴の性分だと黙ってはいないとは思っとったぞ」
「先に教えてくれよ……相手は男連れだし、助けにいこう」
「心配いらん、アリアは弱くない。それにオルヴィムが居れば万が一もあり得んよ」
レンがそこまで言うなら安全だとは思うけれど、念のために野次馬に近づく。
ヒートアップするアリアに対し、お姉さんは終始冷静、と言うよりはアリアを小馬鹿にした態度をとり、彼女の怒りを煽ってるように聞こえる。
「あの子を振るのはもったいないじゃない? だってあの子、ブラン商会のお坊ちゃんなんでしょ? なんであんなしょぼい個人店なんて開てるのかしら? 勘当されたの? だったらキープする意味ないけど……アナタ知ってる?」
「オル兄ちゃんは好きでお店開いてるんだよ! アンタみたいにお金しか見てない奴とは違うの!!」
アリアのボルテージがどんどん上がっていく。
人の壁で見えないけれど、今にも掴みかかるんじゃないかと思うほど声に怒気がある。
そんな一触即発の状況の中、待ち合わせをしていた男が割って入ったようだ。
「なぁお嬢ちゃん、そろそろ行っていいか? 俺たちもヒマじゃねェだ」
「アンタは良いの!? この女、アンタ以外にも男いっぱいいたよ!!」
そうそう、オレもそれ気になってた。
「知ってるぜ。俺らはそういう割り切った関係だから良いんだよ」
マジかぁ……爛れてんなぁ……
「ま、そう言うことだから、さようなら、お嬢ちゃん。
ブランくんに言っても構わないわよ? 今の感じだとアナタのこと信じなさそうだし」
「ちょっと……!!」
花屋のお姉さん、改め、爛れた女を引き留めようと伸ばすアリアの手を、割り切り男が掴んで止めたみたいだ。
「チッ……お前、さすがにウゼェわ。女だからって手出されねェとでも思ったか?」
ヤバい。そう思ってアリアへ駆け寄ろう野次馬の中へ飛び込む。
しかし、意外なことに次に聞こえてきたのは、アリアの手を掴んだ男の苦悶の声だった。
「あがっ……おい……何しやがった?」
野次馬を抜けてオレが見たのは肩に小さな矢が刺さった男の姿。
何が起こったんだ……?
唖然として男を見るオレに「さすが魔弾の双子!」と、誰かが喜々として言った気がした。