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マーサの店  作者: 林森
1/1

第1話 ジョクとヒトクイ

 1


 一人の少女が、その年季の入ったドアを開いた。

「いらっしゃいませ」

 来客を告げるベルと共に、女性が少女を招き入れた。

 彼女はこの宿屋兼食堂『マーサの店』の女主人マーサ・ナガンだ。

 ブラウンの優しい瞳。茶色の長い髪を、後ろで簡単に束ねたキレイな女性(ひと)

派手では無く、野原に咲く花のような素朴な美しさをもつ、そんな女性だった。

 少女はマーサに見惚れていた。美人だから、という理由だけではなく、そこにある母性に惹かれたからだ。

 それは遠い昔に、彼女が喪ったモノ――――

「お食事ですか? それとも、お泊まりですか?」

 マーサの声に、少女はハッと我にかえった。

「い、いえ、私は人探しを……」

 しどろもどろになりながらも、少女は用件を伝える。

「ここにジョク・ライマンという人がいると、聞いたのですが…」

 マーサはああ、と得心する。客商売をしているだけあって、相手の要望に対しての理解は早い。

 マーサは少女を一つの席に案内した。

「ジョクさん、お客さんですよ」

「はい?」

 マヌケな返事と共に、男がふり向く。

 彼の名は、ジョク・ライマン。

 金髪碧眼のなかなかの美青年だ。

 職種(ジョブ)は剣士であり、冒険者としてのクラスは『銅』。

 クラスは十種の色に分類されており、『銅』は上から数えて四番目となる。ジョクはまだ若いといわれる年齢でありながら、上位に存在していた。

「どちら様?」

 のんびりとした口調で、ジョクに問いかけたのは一人の少女。

青い金髪(ブルーブロンド)のロングヘアーに、青い瞳は大粒のサファイアを思わせる美少女だった。

 彼女の名はパナン・ハナ。職種(ジョブ)は魔道士であり、ジョクの相棒を務めている。クラスは中位の『赤』だ。

 二人は同郷出身の幼なじみで、ジョクは人助けと修行を兼ねて、パナンはそんな彼をサポートするため、冒険者をやっている。

(この人が…)

 少女はジョクを眺めながら、その傍らに一振りの剣があることを認めた。かなり年季の入ったモノだった。

「えーと、キミは誰だい?」

 この時、少女は自己紹介を忘れていたことに気付く。

「わ、私、ミサノっていいます」

 黒い短髪に黒い瞳。真新しい皮鎧と短剣を身につけた小柄な少女は、ミサノと名乗った。どうやら新人冒険者のようだ。

「それで、用件はなにかな?」

 ジョクが訊ねると、ミサノは突然、土下座をする。

「お願いです。私を弟子にしてください!」

「ああ、いいよ」

 即答にミサノの頭の中は、え? となった。

「い、いいんですか?」

「うん、後輩の指導も先輩の勤めだよ」

 最速で弟子入りOKをもらったミサノは、胸を撫で下ろした。

「じゃあ、詳しい話をしようか」

 そう言ってジョクはミサノを席に促す。ミサノは恐縮しながら座った。

「しかし、何だってキミみたいな女の子が冒険者に?」

 ジョクは至極当然な質問をした。

「ゆ、夢があるからです。例えば魔物を退治して感謝されたり。ダンジョンを探索して宝を見つけたり。街を救って名声を得たり。やり甲斐があるじゃないですか」

「なるほどなるほど。でも冒険者はいいことばかりじゃないよ。例えば魔物退治に失敗して食べられちゃたり」

「はあ…」

「ダンジョンのトラップに掛かって終わっちゃたり」

「え…」

「守ろうとした街に裏切られてリンチにあったり」

「……」

「ゴブリンに襲われて、口ではとても言えないことをされちゃったり。色々大変だよ」

「~~~~!」

 ジョクのこれは先輩からの忠告だった。そこに悪意はない。だが、しかし――――

 ミサノは顔面蒼白になっていた。

「あれ、どうしたんだい?」

「多分、ジョクのせいだよ…」

「?」

 ジョクがことを理解するのは、しばらく後のことだった。

「じゃあ、さっそく出かけようか」

「ええ! いきなりですか!?」

 ミサノは強引に外へと連れ出された。

「いってらしゃい」

 マーサはそんな三人を見送る。


 街の外、平原。

 ジョクがミサノをここに連れて来たのは、冒険者にとってポピュラーな仕事、魔物退治を体験させるためだ。

 平原ならそれほど強い魔物とは遭遇しない。それにいざとなったら、逃げるのも容易い。だが――――

「きゃあ、きゃあ、きゃあ!」

 角の生えたウサギ三匹に追い回されるミサノ。

 戦闘のレベルを観ようとしたのだが、これは戦いにもなっていない。

 相手はツノウサギ。鋭い角と牙を生やし、主に草原や森に生息する、低レベルの魔物である。初心者には適当なヤツだった。

 しかしミサノはそいつらに一方的やられ、逃げ回っていた。

「ねえ、ジョク…」

「うん」

 二人は静観していたが、さすがにヤバイと思ったパナンがジョクを促す。

 一方、ジョクは無茶無理無謀を反省しつつ、ミサノと魔物の間に割って入る。

「ジョクさん!」

 返答はない。その代わりに投げたナイフが一匹を仕留める。

 その行動でツノウサギはジョクを敵と認識した。新たに一匹が襲い掛かる。

「!」

 ジョクはすかさず、もう一本のナイフでツノウサギにカウンターを決める。貫かれた魔物はピクリとも動かなくなった。

 死体をナイフから振り落とすと、ジョクは最後の一匹の襲撃に備える。

 ツノウサギは確かに低レベルの魔物だ。だが、その体の小ささと素早さが厄介だった。だから、戦うならば無闇に動かず、

「そこだ!」

 襲ってくるタイミングに合わせて、攻撃すればいい。

 ジョクはツノウサギが飛び掛かる寸前にナイフを放ち、倒した。

 魔物たちはまだいたが、敵わないとわかると逃げ出した。一方ジョクは、これはあくまでミサノの力量をみるための訓練だったので、深追いはしなかった。

「だいじょぶかい?」

「は、はい!」

 ミサノはパナンの治癒魔法で、傷の手当てを受けていた。

 そんな彼女は一つの疑念を抱く。

(なぜ、一度も『剣』を抜かなかったの?)

 確かにジョクは今の戦闘をナイフでこなし、剣は鞘に収まったままだ。

 しかし、ミサノの疑問は解答なく中断される。

「よう、甘ちゃん」

 振り返ると二人の男がいた。鎧や剣を装備していることから、彼らも冒険者だとわかる。

「おうおう、甘ちゃんは女の子とウサギ狩りかい?」

「いいねー甘ちゃんは」

 好き勝手に言ってくる。だがジョクはいつもの態度で、

「ああ、彼女は新人なんだ」

 と、返す。

「そーか、新人教育ご苦労!」

「ご苦労、甘ちゃん」

 二人はニヤニヤしながら去って行った。

「何なんです、甘ちゃんて」

「ああ、おれの愛称だよ」

「愛称って…」

 あれは愛称なんかじゃなく、蔑称だとミサノは気付いていた。あの二人は終始こちらを卑下した目で見ていたからだ。

 悔しさで拳を握るミサノ。すると不意にジョクが、

「あ、ごめん! 新人には重い話だったね」

「?! 今さらですか!!」

 先程、ミサノが黙り込んでしまった理由にようやく気付いた。

 

 その後三人は、街の冒険者ギルドに向かった。

 ツノウサギを解体して手に入れた角、毛皮、肉を買い取ってもらうためだ。

 こういった素材の収集は依頼と並んで、冒険者の収入源となっている。

 金を受け取ると、一行は帰路についた。

「お疲れさん」

 テーブルに着く三人。ジョクは労いの言葉をかける。

「そうだ、これ」

 そう言ってジョクはミサノに小袋を渡した。

「これは…」

 その中身は金だった。

「あの、これ…」

 突然渡されたソレに、頭の理解が追いつかない。

「でも、私、その…」

「ああ、戦闘には参加したんだから、それは正当な取り分だよ」

すると、ミサノは涙をこぼした。

「あ…」

 一粒、また一粒と止まらない。

 それを見て、慌てるジョク。

「ど、どうしたんだい? 腹痛が痛いのかい?」

「ジョク、言い方間違ってるよ…」

「じゃ、じゃあ、頭痛が痛いのかい?」

「だから…」

 ミサノは嬉しかったのだ。人として認められたから。

 何年ぶりだろう、人として扱われたのは。

 ミサノは感慨深く、小袋を抱きしめる。

 しかし、二人はそんな事知る由もなく、相変わらず漫才を続けていた。


 時間は昼を過ぎている。ジョクたちは昼食をとることにした。    

 注文を終え、食事を待つ三人。だが、トラブルは突然降りかかる。

「ほう、お前がジョク・ライマンか」

 ふり向くと一人の男が、こちらに近づいて来る。

 金色の長髪。剣を背負い、ジャケットの下には胸甲を装着していた。格好から冒険者とおもわれる。

「俺はセイジ。まあ、冒険者だ。単刀直入に言おう、お前俺と勝負しろ」

「勝負して、おれになんの得がある?」

「さあな? だが、こっちにはある。俺が勝ったらその剣(・・・)をいただくぜ!」

 勝負の言葉に、ジョクは顔を険しくする。冒険者同士の私闘はギルドによって禁じられているからだ。場合によっては、冒険者資格を剥奪されてしまう。それほどの事なのだ。

「断る」

 即答。

「ほう、ならこれでどうだ?」

 セイジは風のごとく剣を抜くと、ソレをミサノの顔前に閃かせる。

「!!」

 放たれた得物は細身の片手剣。柄には護拳がつけられている。

 突きつけられた凶器に、ミサノは息をのむ。

 返答しだいでは、凶器は凶刃変わるだろう。

「…わかった。だが外に出よう。他のお客の迷惑だ」  

 不本意ながら応じるジョク。

「おお、話がわかる」

 二人は店の外――――広くはない通りにでた。その間にもミサノには、剣が向けられたままだった。

「もういいだろう。その娘を離してくれ」

「あ? ああ、いいだろう」

 セイジはミサノを解放した。かなり荒っぽく。

 パナンはそんな彼女を介抱した。

「また言うけど、こんなことやめないか?」

「イヤだね」


 セイジという男も、元は普通の冒険者だった。

 だがある時魔剣を手に入れ、その力に魅了された。

 魔物を殺すことに悦びをおぼえ、その標的がヒトに変わるのに、そう時間は掛からなかった。

 セイジは墜ちた(・・・)人間だった。


「さあ、始めようか!」

 ジョクは柄に手をかけるが、まだ抜かない。

 一方、セイジは既に抜き身の剣の切っ先を地につけていた。それを地面を削るように、下から上へと振り上げる。

 すると、散った火花が収束して炎となり、炎は巨大な火柱に変貌した。

 それは火を操る魔剣。

「行け。炎の魔剣『ハドラ』の力で消し炭になれ!」

 セイジの指示に、火柱は蛇行しながらジョクに向かってきた。

 だが、ジョクはその紅蓮を前にして、逃げない。

 構え、剣を抜き放つ。


 何? あれは?――――――――


 それがソレを見た、ミサノの素直すぎる感想――――


 その剣は、光を放っていた。

 否、その剣は光でできていた。

 眩い刀身をもつ剣。

 これがジョクの魔剣『ヒトクイ』の姿。


 その幻想的な光景に、ミサノはただ驚愕していた。

(あれが『ヒトクイ』?)

 呼び名からもっと禍々しいカタチを想像していたが、違った。

 逆にその剣は、美しくさえ感じた。

 

 『ヒトクイ』を手に、ジョクが向かうは赤い殺意。

 「はっ!」

 跳躍。

 火柱の上部に、横一文字の斬撃を放つ。

 降下。

 中部を左斜めから斬る。

 着地。

 下部を横に斬った。

 三つの動作中に、放たれたのは三閃。

 四つに分断された火柱は、霧散、消滅した。

「バカな! あれだけの魔力量の炎を消し去るなんて!!」

 剣で魔法に接触することは可能。だがそれは低レベルの魔法を弾く、その程度だ。

 もし魔法を『斬る』のなら、それなりの力を備えた魔剣が必要である。

 ましてや、魔力でできた炎を無効化するなど、もってのほかだ。

 だが、それをジョクはやってのけた。


 ああ、やはり――――――――

 ミサノは確信を得た。


 セイジは驚愕し、それは隙を生み、ジョクの接近を許した。

そこから始まる、ジョクの怒濤の打ち込み。

 セイジは防戦一方だ。いままで魔剣に頼りきりの戦いをしてきたことが、うかがえる。

 そして――――

「くっ!」

 弾かれた一本の剣が弧を描き、落ちた。

 それは、『ハドラ』――――

 ジョクはセイジに、青い切っ先を向ける。

「消えろ」

 今までのジョクとは違う、低い声、冷徹な目。

「ちっ!」

 セイジは、剣を拾い、野次馬をかき分け、捨て台詞もなく走り去っていった。

 その姿を見届け、ジョクはようやく剣を納めた。


 これこそジョク・ライマンの剣士としての顔――――

 ミサノは一人、恐怖を感じていた。


「あの、どうして男をギルドに突き出さなかったんですか?」

 確かにセイジは、ギルドで捕縛の令がでているだろう。連れて行けば報酬が支払われていたハズだ。

「あ」

 のんきというかマヌケというか。

 目の前ジョクの有り様に、ミサノは少しホッとした。

「さて、一仕事終わったし、ゴハンにするか」

 ジョクはそう言って、ミサノを促す。

 店に入ると、テーブルは注文した料理でいっぱいだった。


 テーブルの中央に鎮座するのは、たっぷりの生クリームとイチゴをあしらったケーキだ。切り分けていない丸々ワンホール。

 その隣には厚く焼いた三段重ねのホットケーキ。

 さらにその隣には焼きたてのアップルパイ。

 エッグタルト、マロンタルト、チーズタルトがテーブルの一画を陣取っている。

 隣はパウンドケーキだ。やはり切り分けていない。

 そして大皿には、ブラウニー、マドレーヌ、ガレットが盛られていた。

 そして今、クリームソーダが運ばれてきた。


 これが、ジョクの『食事』――――

 血糖値ガン無視のメニュー。ジョク・ライマンという男は、『超』を超える甘党だった。

「さすが女将さん、おいしそうだね、ジョク」

 席には、パスタセットを前にパナンがいつの間にか座っていた。

 さすがは幼なじみ。ジョクの食に対して理解がある。

「さあ食べよう」

 ジョクはそう、ミサノに促す。

 だが、肝心のミサノは――――――――

「は、ははは」


 ミサノはジョク・ライマンの本当の恐ろしさ知ったのだった。


「す、すいません、こ、この水ください」

 近くにあった、コップを手にとる。

「あ、それはジョクのガムシロップ…」

「ブーーー!!」


 人気のない街の一画。

 所々焼かれたその場所に、上半身のない死体が転がっていた。

 それは切り離されたというよりも、粉砕されており周囲を赤と黒の悍ましい色彩に染めあげていた。

「これほどの『匂い』を感じたのは初めてだ」

 闇色のコートを羽織った男は一人呟くと、持っていた剣をへし折った。

「とうとう俺も本懐を遂げられそうだ」

 男はそう言って、牙の生えた口をニヤリと歪めた。


 2


 千載一遇という言葉がある。

 おもいもよらないチャンスが巡ってくるという意味だ。

「じゃあ、おれはひと風呂浴びてくるよ」

「じゃあ、わたしはギルドに用事をすませてくるね」

 ジョクとパナン、二人とも部屋を出て行ってしまった。

 残されたのは、ミサノと『ヒトクイ』の一人と一振り。

 なぜこの状況が千載一遇なのか?

 それはミサノの真の目的は、『ヒトクイ』を盗み出すことだったからだ。

 だから、ジョクに近づいた。

 そして、冒険者という仮面も被った。

 二人がいない今が、絶好のチャンス。

 ミサノの行動は早かった。

 シーツで『ヒトクイ』を包むとドアへ直行。しかし安全を期して廊下の前後確認は怠らない。

 誰もいないことを確認すると、飛び出し階段へ向かう。

 ここからが一番の難所だった。食堂だ。誰かに声をかけられたら、どう対処すればよいか。答えのでないまま、ミサノは食堂に足を踏み入れた。

 が――――。

 杞憂。

 ミサノは何事もなく、出入り口に到達すると外に出た。客の出入りを告げるベルがカラン、と鳴る。

 外に出ると、ミサノは夜も近い街の雑踏の中に消えていった。


 ああ、あの子は行ってしまった。

 あとは彼に任せるしかない。

 私ができることは、帰ってきた彼らを暖かく向かい入れる事だけのようだ。


 女は自分のすべきことを確認すると、厨房に戻った。


 走る、走る、走る。

 速く、速く、速く。

 遠く、遠く、遠く。

 一刻も早く『マーサの店』から離れるため。

 人の間を縫うように、ミサノは走った。


「ハア、ハア」

 息があがってきた。この辺でいいだろう、とミサノは走るのをやめた。

 ポケットを探り、取り出したものは手のひらサイズの小箱のようなモノ――――空間魔法を応用した通信用の魔道具だった。

「ハイ、私です。ハイ、例のモノはハイ。ではあの場所で…」

 相手が通話を切ろうとしたとき、ミサノはあの(・・)ことを問う。

「約束…お忘れではないですよね?」

 『もちろんだ』という返答後に、通話は切れた。

 ミサノは魔道具をしまうと、速度を上げた。


 3


「つ、着いた…」

 ミサノは乱れた呼吸を整えるため、肩で息をしている。

 たどり着いた場所は、街の最西に位置する港湾地区。 

 港と言っても、その先に広がるのは果てない大海原ではなく、広大な砂漠である。

 ここは砂漠間の交通の要である砂上航行船、通称『砂船』の停泊する港であった。

 日中は人で賑わうが、日が暮れた今、その姿はない。

「よう、ご苦労さん」

 不意にそんな声がかけられる。

 すると、男たちが闇の中から姿を現した。

「ダズマル様…」

 ミサノはその中で、一番若い男をそう呼び、顔色を変えた。

 ダズマルというこの男は、ある商会の一人息子であり、ミサノの主人だ。

 趣味は武器の収集。だがその手段はケガ人、あるいは死人が出る強引なものだった。

 ミサノはそんな『遊び』に無理矢理付き合わされていた。    

「よくやった。さあ、それをよこせ」

 ダズマルは『ヒトクイ』を差し出せ、と言ってきたがミサノは応じない。

「待ってください。その前に約束を…」

「やくそく~? フン!」

 ダズマルは右手の指輪をかざした。するとミサノの体に、堪え難い痛みが駆けめぐる。

「イヤァァァァーー!!」

 指輪は奴隷紋を起動するための魔道具だった。魔力を持たない者でも、意思で動かすことができる。

 ミサノはダズマルの奴隷だった。

 約束とは、今回を最後に解放すること。

 だが、それは簡単に破られた。

「奴隷との約束を守るバカがどこにいる。オマエはこれからもずっと、ボクの道具だ!」

 ダズマルは唾を吐き捨てる。後ろの男たちはゲラゲラと下品に笑った。

 人を騙し、傷つけ、あるいは殺す。そんなことの片棒を担ぐのは、もうイヤだった。だから『これで最後』という言葉に縋った。だが、それも全てウソ。

 結局、ダズマルの陰湿な()()に利用されただけだった。

 悲しくて、辛くて、悔しくて、ミサノは涙を流す。

 ミサノのすすり泣く声が、闇夜に溶ける。

 ダズマルたちの嘲笑が、闇夜に響く。


「なるほど。やっぱりこういうことか」


「わーーーー!!」

「きゃーーーー!!」

 双方、びっくりして悲鳴をあげる。

 ミサノとダズマルの間に、当たり前のようにジョクが()た。

「キサマ、いつから!」

「やり取りが始まる前から。後をつけてきたからね」

 ジョクはさらりと答える。

「いつ、気づいた」

「弟子入りをお願いされた時から。おれに習いたいなんて、おかしな話だからね」

 ジョクは謙虚なヤツだった。

「それにギルドから、魔剣強奪に関する注意勧告がでていた。そこで――」

 一芝居打った、というわけだ。

(ああ、そうか…)

 ミサノは自身が泳がされていたことを知る。

「チッ」

「キャ!」

 ダズマルはミサノを、強引に引き寄せる。

「動くな! これを見ろ」

 その手には、奴隷紋を起動させる指輪が、

 ない。

「これのことか?」

 指輪はジョクの手に、握られていた。

「テメエ、いつの間に!」

 盗賊顔負けの手さばき。ジョクはそのまま指輪を砂漠に投げた。

「ああーーーーッ」

 ダズマルは口をあんぐり開けながら、彼方に消える指輪を見ているしかなかった。

 これでミサノを人質に使えなくなり、そして一時的だが、奴隷紋からも解放できた。

「くっそ!」

 ダズマルは『ヒトクイ』を取り上げると、利用価値のなくなったミサノを突き飛ばした。

「いった~~」  

「こっち!」

 すると、パナンが飛び出しミサノを連れて逃げた。近くに潜んで、機会を窺っていたのだ。

「どうだ、ご自慢の『ヒトクイ』はボクの手にある。どうするつもりだ!?」

「それを使うまでもないよ」

 ジョクはゆっくりと、前に進む。 

「さてと、あんたら大人しくギルドに出頭ならよし。抵抗するなら、痛い目にあってもらうぞ」

 そう言ってジョクは、抜く。

 木剣を。

 ダズマルたち、一瞬フリーズ。

 そして、大爆笑。

 夜の港に笑い声がこだまする。

「ハッ、そんなモノでボクのコレクションとやり合うつもりか!?」

 四人の男たちが前に出る。それぞれが違う得物を装備していた。


 逃げる途中、ジョクたちのやり取りがミサノにもわかった。助けてもらっておいて言うのもなんだが、不安だ。

 昼間の一件があったが、それでもジョクに対する不信は拭えない。

「あの~大丈夫なんでしょうか?」

 その問いに、パナンは曇りのない顔で答える。

「あんなヤツらに、ジョクは負けない!」


 4


「よし、お前が行け!」

「へい!」

 一番手は剣を携えた禿頭の男。こんなことをしているとは、食い詰め傭兵か不良冒険者といった輩だろう。

「オイ、オレらの分も残しとけよ」

「ああ、バカをいたぶるのは、久しぶりだぜ」

 残りのヤツらは野次を飛ばして、ゲラゲラ笑っていた。

「ちょっと待って」

 ジョクは突然、禿頭男を制した。

 そしてポケットから、何かを取り出す。

 それは街の高級菓子店『スウィートスター』の一口チョコレート。

 一個口に放り込むと、噛みしめる。ジョクは仕事前の景気付けに、よく甘い物を食べるのだ。

「よしっ、いくぞ!!」

 俄然やる気のジョク。

 その様子を見ていたミサノの胸に、一抹の不安がよぎる。

(ほんとに大丈夫かな…)


 禿頭男は上段に剣を構えた。だが、ジョクとの距離は開きすぎている。

 何かあるな、と判断したジョクは木剣を中段に構え、対峙した。

 すると――――

 禿頭男の剣の周囲が、白く歪みはじめた。

 あれは魔剣。何らかの力場が発生しているのだろう。しかし、その正体まではわからない。

「ッ!」

 禿頭男は剣を振り下ろす。魔剣はその力を発揮した。

(あれは――――)

 歪みから現れたのは、無数の氷つぶて。

 白い凶器がジョクを襲う。


「氷の魔剣『フロワン』だ! 裂かれてボロボロになっちまえ!」

 ダズマルが声高に叫ぶ。


 だが――――

 ジョクはそれを全て、()()()()()()

 降り注ぐ凶器の雨を、全て木剣で捌いたのだ。

「なっ!?」

 いつもならこれで終わりのハズだった。

 氷つぶてで相手をズタズタにし、生きているなら剣で止めを刺す。そんな簡単な戦いのハズだったのに。

 だから、氷つぶてを防いだ相手の対処なんて、禿頭男は考えてもいなかった。

 ジョクは駆ける。

 一気に間合いを詰め、そのハゲに木剣を振り下ろす。

「がっ!」

 一撃を食らった禿頭男は、白目を剥いて倒れた。

「なっ…」

 勝者は、ジョク。

「にぃぃぃぃぃぃ!?」

 目の前の結果に、ダズマルは今度は声高に絶叫した。


「あれって……」

 少し離れた場所から見守っていたミサノは、あることに気づく。

「もしかして、昼間のアレって…」

「んー、昼の戦いの時は魔剣の力がほとんどだったよ。でもジョクならアレぐらいの火柱、普通の剣で切断できるよ」

 パナンは平然と答えた。

「そ、そんな…」

 それが真実なら、ジョクという人間は魔力の流れを見切り、それを断ち、解体することができる、ということだ。

「勝てる、のかな…?」

 ミサノの胸の中で、淡い期待が少しずつ大きくなっていく。


「くっそ~~」

 ダズマルは動揺を隠せない。

「坊ちゃん落ち着いて。あいつは油断しただけのこと」

 そう言って、次に出て来たのはヒゲを生やした男。槍を携えている。

「そ、そうだな。よし、頼むぞ」

「おお!」

 ジョクは次に、ヒゲ男と対峙する。

 得物は槍。円錐形の穂先をした、飾りの無いモノだった。

 だが見た目に騙されてはいけない。これも『コレクション』の一つなのだから。

 ヒゲ男は槍を構えると、微動だにしない。

 対してジョクも動かない。得物の『魔槍』としての力が不明である以上、迂闊な行動は出来ないからだ。

 風が流れる。

 四方八方から。

 風は槍の穂先に集うと、先端を覆い、小さな竜巻となった。

「ハッ!」

 初撃がジョクの頭を狙う。

 ジョクはそれを避ける。

 敢えて剣で防がなかったのは、竜巻の威力が不明だからだ。ヘタをすれば、木剣が折れる。得物を失うことは避けたかった。

 続いて二撃目は体を、三撃目は足下を突いてきた。

 ジョクは後に跳ぶ。

 直前までいた場所は、大きく抉られる。やはり木剣で受けずに正解だった。そしてあの竜巻は断ち切ることは無理、と悟る。

「俺の魔槍『ブフェン』の力、見たか!」

 ヒゲ男は得意げに『ブフェン』を振り回す。

 対するジョクは考えている。

 槍先はかすっただけでも肉を削り取られるだろう。

 こちらの木剣で受けられるのは、運が良くて一回。

 槍を避け続けるにも限界がある。

 ならば――――

 ジョクは、あることを思いつく。そしてそれに賭けることにした。

「どうした、命乞いの方法でも思いついたか?」

「いや、どうやら勝てそうだよ」

「ほう? なら、勝ってみろ!!」

 ヒゲ男は、躊躇いも遠慮も無く攻撃を繰り出す。

 ジョクはその一つ一つを見定め、避ける。

 頭、体、そして足下にきた。

 チャンスは今だ。

「!?」

 フワリ、と跳んだジョクは槍の柄に着地(・・)した。

「え? あ…」

 ヒゲ男は状況の理解が出来なかった。ダズマルたちも同じく、目を丸くしていた。

 槍に乗ったカタチのジョクは、冷静に冷酷に、ヒゲ男の顔面を薙いだ。

「がっ!?」

 ヒゲ男は横に吹っ飛び、動かなくなった。

 手から落ちた『ブフェン』がその力を失う。ジョクはヒラリと地面に降り立った。

 二人目も倒したジョクは、薄らとかいた額の汗を拭う。

「ハッ!!」

 ダズマルはここで、ようやく正気に戻った。だが、完全に狼狽している。

「な、何や、ってる! そそそそれで、ははやく、アイツを、ヤれ!」

「へ、へい!」

 四人の中で一番背の低い男は、ダズマルに怒鳴られながらクロスボウを構え、射った。

 だが、動揺していたのだろう。矢はジョクを外れて後方に飛んでいった。

 しかし――――

「!」

 背後からの突然の爆発が、ジョクを襲う。

「くっ!」

 不意をつかれた熱と衝撃で、ジョクは少なからずダメージを受ける。

 放った矢に爆発の力を付与する。それがこの魔弓、『ジオーネ』の力だった。

 小男は小心者であった。故に相手から離れて攻撃できるクロスボウは性にあっていた。

「バカヤロウ! なに外してんだ!」

「だ、大丈夫です…」

 どやされながら矢をつがえる小男。その言葉にはそれなりの確証があった。

 ジョクは不利な場所にいた。小男とは距離があり過ぎるのだ。二歩、三歩で間合いを詰めることはできない。

 その前に近づこうものなら『ジオーネ』で狙い撃ちだ。

 これが、小男の確証だった。

 そしてジョクも同じことを考えていた。

 距離は、あり過ぎる――――

 当然木剣の間合いじゃない――――

 相手はクロスボウ――――

 圧倒的に不利――――

 ……なら――――

 ジョクは木剣を、

 投げた。

「!?」

 ジョクから投擲された木剣が、小男の眉間に炸裂する。

 小男は泡を吹きながら、昏倒した。

 ジョクが得た答えは実にシンプル。相手が飛び道具なら、こちらも得物を飛び道具にしてしまえばいいのだ。

 だが、この攻撃にはリスクがある。素手になってしまうことだ。

 そう、敵はまだ一人いる。

「!」

 ジョクは背後に殺気を感じとった。

 振り向くと、地面を突き破りながら何本もの石柱が築かれ、迫ってくる。

 ジョクは横に避けて一安心、とはならなかった。

 突如砕かれる石柱の群れ。

 戦槌を振り回して、巨漢が姿を現す。

 ダズマルの配下、最後の一人。

「オマエ、絶対にヤツを殺せ!!」

 ダズマルが吠える。

「おう、俺の魔槌『エアデル』で潰す!」

 叩いた地面に、自在に石柱を発生させる魔の鉄槌だった。

「おーりゃー!!」

 再び振り下ろされる『エアデル』。

 築かれる石柱。

 それから逃れるため、奔走するジョク。

 石柱の大きさ、重さ、スピード、どれもが食らえば必死を現していた。

 なんとか逃げ切るジョク。

 だが、巨漢は次の攻撃を繰り出した。

「うわっ!」


「くっそ~~、ちょこまかと!!」

 なかなか捕まらないジョクに、ギリギリと歯噛みするダズマル。

 ジョクは素早い身のこなしで、この猛攻を掻い潜ってる。

「今度はそっちかっ!?」

 『エアデル』を振り下ろす巨漢。周囲は石柱によって、いくつもの壁が形成されていた。

 徐々に、追い込まれてる。


(もういいかな?)

 ジョクはひょっこりと姿を現す。

 それに反応する巨漢。

 しかし、攻撃しようにも石柱が邪魔で出来ない。乱立する石の群れは、いつの間にか障害物と化していた。

 身動きのとれない巨漢。一方ジョクは石のオブジェを隠れ蓑に、巨漢を翻弄している。

「くそ、くそ! くそ!!」

 ジョクの行動によって疲労が蓄積し、動きは鈍り、注意力は散漫になっていた。

 そう――――追い込まれていたのだ、巨漢は。

 ジョクが姿を現す。

 そこは石たちの間にできた隙間――――敵に一直線に通じる『道』だった。

 駆け出すジョク。弾丸ごとき疾駆は、あっという間に距離を詰める。

「オ、オイ! ヤツがくるどーー!!」

「!!」

 とっさに迎撃態勢をとるが、疲弊した体は思うように動かない。やっと『エアデル』を振り上げた時、懐にジョクが飛び込んだ。

 これを狙っていた――――

 ガラあきになった脇の下に、ジョクは肘を叩き込む。

「がっ!?」

 打撃が肺に伝わり、巨漢の呼吸を一時的に止めた。

「が、あ…」

 巨躯が、大地に伏せる。


「バ、バカな…」

 ダズマルは顔面蒼白で、そう呟いた。

「うそ…」

 ミサノは目を見開いて、そう呟いた。

 当然だろう。ダズマルご自慢の『コレクション』で武装した手下が、木剣相手に完敗したのだから。

 『銅』クラスの冒険者ジョク、面目躍如と言ったところだろう。

 ――――あんなヤツらに、ジョクは負けない――――

 その言葉を、彼は体現した。


「さあ、それを返してもらおう」

 ダズマルに迫る、ジョク。

 だが、往生際の悪いダズマルは、『ヒトクイ』に手をかける。

「やめろ! そいつを抜くな!」

「るせーーーーっ!!」

 抜き放った。

 眩い、『ヒトクイ』の光の刀身が顕わになる。

「おお…」

 その美しさに、感嘆するダズマル。反対にジョクは、残念そうな、哀れそうな顔をしていた。

「どうだ、これから自分の剣で殺される気分は? 最悪か? 最悪だろ!」

「悪いことは言わない。すぐにそれを納めろ」

 なぜかまだダズマルを気遣うジョク。

「ハン! 負け惜しみか? ダセェな!!」

「いや、そうじゃなくて…」


「ほう、匂いを辿ってきてみれば、面白いことをやっているじゃねえか」


「――!」

「!!」

 声に振り返るジョクとダズマル。

 二人の間に立つように、男がいた。いつの間に近づいたのか、ジョクも気配を感じることが出来なかった。


 5


「なんだ! テメェは!?」

 突然の闖入者を威嚇するダズマル。一方ジョクは男を注意深く観察する。

 闇色のコート。爛々と輝く目。口からのぞく牙。異質な臭い。そして放たれる禍々しい雰囲気。  

 男は人間では無い。

 魔物、それもかなり危険な部類だ。

「…あんた、魔獣か?」

 ジョクの問いに、男は一瞬ニヤリと笑った。

「ほう、いい勘してるじゃないか、オマエ」

 冒険者としての経験と知識が、ジョクをこの答えに導いた。

 魔獣とは高い知能と魔法力を持つ獣。並の冒険者では太刀打ちできない、強力な魔物だった。

「は…?」

 ダズマルは二人の会話を理解できていない。所詮は一般市民といったところか。だからこんな行動に出る。

「ええいっ! どいつもこいつもボクの邪魔をしやがって!!」

 激昂したダズマルは、『ヒトクイ』を振り上げ、コートの男に斬り掛かった。

 太刀筋、踏み込み、どれも悪くない。見事なくらいだ。だが、コートの男はその上をいく。

「く、そ…」

 魔獣の力といったところか。すばやい動きで、ダズマルを翻弄している。

 やがて――――

 異変が現れる。

「か、っは…!」

 ダズマルが、膝をついた。

(なん、だ!?)

 突如、ダズマルを激しい疲労と脱力感が襲う。

「テメェ、なんてツラしてやがる」

「う、う…」

 目は飛びださんばかりにギョロリとし、頬はこけている。その体は長い飢餓状態にさらされたように酷くやつれていた。

「た、助け…」

 手からこぼれ落ちた『ヒトクイ』は、その光の刀身を失う。

 コートの男は無慈悲に、腕を振り上げた。

 刹那。

「!」

 コートの男に投げられたのは、一本のナイフ。

 それは到底魔獣を傷つけられるものではなかった。が、一瞬の虚をつくるのには十分だった。

 ナイフに気を取られている間、ジョクは『ヒトクイ』とダズマルを回収した。

 その姿を見て、男は満足げに笑う。

「ほう、剣が本来の持ち主に戻ったか」

 ジョクが柄を握ると、剣に光の刃が灯る。

「…なかなかに業の深い剣だな」

 男はその剣の正体に気づき始めていた。

「持ち主の命を喰って刃を作るのか? それは」

 使用者の精気を吸収して光の刀身を形成する。それがこの魔剣の本性。この異質な力が人々の間で歪んで伝わり、『精気を吸う』が『人を喰う』に変化した結果『ヒトクイ』という仇名が出来てしまった。

「『ヒトクイ』というのは噂が一人歩きしてついた名でね。これの本当の銘は、――――『エナジス』!」

 コートの男を見据え、ジョクはそう告げた。

「解せないな。なら何故お前は無事でいる?」

 人間なら『エナジス』を抜けば、そこに転がるダズマルと同じ状態になるはずだ。

「ああ、それは訓練した」

 あっさりと答える。

「何!?」

 ジョクの言っていることは本当だった。訓練、鍛練、修行。人の持つ『努力』という概念で魔剣の力を克服したのだ。

 その結果、自ら精気を吸収される量を調整できるようになった。

 故に無事でいられる。

「はっ! 己を鍛えて魔剣に抗う力を得ただと? 人間とはおもしろいな!!」

 男は呵々大笑。

 もちろん皮肉をこめて、だ。

 魔獣にとって人間の評価は脆弱で矮小。それがここまでやるとは。その必死さが笑えたのだ。

「次はこっちの質問に答えてくれないか? なぜ『エナジス』を狙う?」

 ひとしきり笑うと、男は真顔に戻った。

「我が王の命令だ。ソレを破壊、もしくは奪取しろとな」

 その『王』と『エナジス』には浅からぬ因縁があった。しかしそれが何なのか、男は知らない、知る処でもない。

獣の魔王(ダークビースト)…)

 ジョクは男の背後にいる『王』の存在に戦慄する。

「さて、お喋りは終わりだ。やるとするか」

 不敵な笑みを浮かべる、コートの男。

 覚悟を決める、ジョク。

 今宵、最後の戦いが始まる。


 コートの男は右手親指を額に突き刺すと、一気に下に引いた。

 引き裂かれた体の中から、黒い『何か』が這い出てくる。

 それを危機と好機と捉えたジョクは、男に斬り掛かった。

 先手必勝。ジョクの脚力は間合いを瞬時に詰める。だが、『何か』から伸びた黒い脚がその接近を阻む。

「くっ!」

 辛うじて回避するジョク。

 その間に変化する男。

 そして――――

 それは、姿を現す。

(あれは…)

 現れたのは、一匹の巨大な獣。

 黒い表皮。長い四肢を使った四足歩行。目は爛々と輝き、頭部には一本角が歪んで生えている。

 その姿は地上のどの生物にも比喩することができない、異形だった。

「正体をさらしたのだから、名乗らせてもらうぞ。我が名は魔獣マーゴス!」

 コートの男――――いや、魔獣はそう名乗った。

 マーゴスがその巨体でジョクに迫る。

 迎え撃つジョクはその長く、そして細い脚を狙う。

 だが、その思惑は外れる。

「なっ!?」

 脚は光刃の斬撃を弾いた。

 窮地に陥るジョク。そこに駆け付ける人影が一つ。

風破圧(ソニックブレス)!!」

 パナンだ。風を圧縮した魔法を放つ。が、魔獣相手に傷はつけられない。

 だが、それでよかった。ジョクが逃げる隙を作ったのだから。

 先程までは、剣士対剣士の勝負だった。だからパナンは敢えて加勢しなかった。だが、今、目の前の争いは人間と魔物の殺し合いだ。

 冒険者として相棒として、パナンはこの戦いに身を投じる。

 パナンのおかげでジョクは、距離をとることができた。

 その場から剣を横に一閃。すると、刀身から光刃が放たれた。

 剣巧・『放』(はなち)――――ジョクの学んだ剣技の一つ。本来は離れた相手に剣圧を叩きつける技を、『エナジス』から光の刃を放つようアレンジした技だ。

 遠距離や、飛び道具を持つ敵に対して有効だが、精気を多く消費するため多用は出来ない。

 光刃がマーゴスに迫る。すると前脚を組んでガードした。

 魔獣の皮膚は思いの外、強固だった。

「くっ…」

「ジョク!」

 ジョクは駆け付けたパナンに目で合図する。パナンはその意を理解した。

 すると二人は別々の方向に走り出す。マーゴスはジョクを追った。

 埠頭から飛び出し、砂漠に降りたジョク。そのまま砂上を駆ける。

 マーゴスは背後からその長い脚で狙うが、ジョクは素早く身を躱していく。

 やがて、港から少し離れた場所にやってくると、

風破圧(ソニックブレス)!」

 埠頭からパナンが魔法を連発する。

 もうもうと砂煙があがる。もちろんマーゴスはビクともしない。だが、それでよかった。

 マーゴスはジョクを見失ったのだから。

 ――――ヤツはどこだ――――

 周囲を見回すが、影もない。

 すると――――

 マーゴスは突如、背に衝撃を受けた。

 砂上に巨体を叩きつけられる。

 剣巧・『重』(かさね)

 『放』(はなち)を同時に二撃放つ技だ。

 クロスした光刃を背中に刻む。

 もちろんこれでマーゴスを倒せるとは思っていない。ただ、足止めできればいい。

 本命は、落下しながらの頭部への突きだ。

「!」

 突如、落下が止まる。

 ジョクの体が、マーゴスの脚に捕らえられたのだ。関節を無視した動きは、さすが魔獣といったところか。

 ギリギリと、ジョクを潰さんとその指に力が入る。

「こんのっ!」

 ジョクは脚首を切り落とし、拘束を突破した。

 が、

 切り落とされた脚首と脚の傷口から触手のような肉が伸び、互いに絡みつき、脚に引き寄せ、傷を修復してしまった。

 恐るべき治癒能力。

 こちらの遠距離攻撃は、その硬い皮膚で弾かれる。

 直接剣で斬ろうにも、リーチは相手が圧倒的。

 ならば精気の量を上げて『放』(はなち)で攻撃する手も考えられる。が、ただでさえ消費が多いのに、更に量を増やせば消耗は甚大になる。下手をすれば自滅だ。

 ――――自滅……。

 その言葉から、ジョクは一つの考えに至る。そして決意にも。

「ゲゲゲゲゲ」

 嗤っている。こちらを打つ手無しと判断したマーゴスは、ジョクを嘲笑った。

 そして、絶望に絶望を重ねてくる。

「あれは…」

 マーゴスは背に隠していた翼をひろげる。

 羽毛では無く、皮膜よって形成されたソレを羽ばたかせ、夜空を舞う。

 それはただただ、悪夢の光景だった。

「ああ…」

 見守っていたミサノは、その残酷な現実に打ちのめされる。

 だが、ジョクは穏やかであった。何かを悟ったような顔をしている。

「パナン、離れて」

「ジョク、まさか!」

 パナンはその言葉の意味を理解してしまった。

「だめだよ、ジョク!」

 だが、ジョクは左手でパナンを制した後、静かに『エナジス』を構えた。


 ――――『エナジス』を強く、握る――――


「あれは…」

 ミサノは夜の砂漠に光を見つけた。

 それは最初小さかったが、徐々に強さを増し、やがて大きな光源となった。

 それは夜に現れた太陽。

 光が闇を蹴散らす。

「グ、ヴ…」

 滞空するマーゴスはその光を察知。危険と判断した。そして身を翻すと狙いをジョクに定める。

 降下を始めるマーゴス。周囲に結界を張り、その巨体と併せて突進を繰り出すつもりだ。

「ハアァァァ…」

 対してジョクは微動だにせず、その輝きに身を委ねていた。

 マーゴスがスピード上げ、急降下してくる。

 その時、ジョクは『エナジス』を大上段に構え、一気に振り下ろした。

「――――――――!!」


 閃光が奔る。

 烈光が唸る。

 解放された『エナジス』の力が、夜空に光の大断層を作り上げる。


 剣巧・(さばき)

 『エナジス』の光刃を最大出力で放つ。その威力は剣巧・(はなち)の比ではない。

 しかし、発動には大量の精気を使用する諸刃の剣――――

 ジョクの切り札であった。

「眩シイ、眩シイ、眩シイィィィィ!!」

 閃光がぶち当たる。

 烈光が身を焼く。

「ーーーーァァァァァァァァ」

 その圧倒的な光に包まれたマーゴスは、彼方へと消え去った。


 夢でも見ているのか――――

 夜空に架かる光の橋を見上げながら、ミサノはそう思った。

 そして戦いに決着がついたことを悟る。

 勝者はおそらく、いや、絶対――――ジョク。

「あ」

 ミサノは重大なことに思い至る。彼は無事なのだろうか。

「ジョク…ジョクさん、ジョクさん!」

 少女は砂漠を駆けだした。自分の救い主である冒険者の名を呼びながら。


 6


 その後は大変だった。

 騒ぎを聞きつけて、冒険者ギルドや警士団が大勢やって来たのだ。

 パナンとミサノはその対応に追われた。

 まず、ダズマル一味は気絶している間にパナンによって拘束されていて、すんなりと警士団に引き渡される。

 途中、ダズマルがミサノも仲間だと喚いたが、彼女が連行されることはなかった。奴隷紋の存在が犯罪を『強要』した、とみなされたからだ。

 だが、ミサノの疑いが晴れたわけではない。後日改めて取り調べが行われる。それまではパナンの預かり、となったのだ。

 パナンが信用ある冒険者であったが故の処遇だった。

 ミサノは胸を撫で下ろす。

 一方、魔獣と戦ったことに関しては、ギルド職員に報告をした。

 ミサノの他、港にいた数人の目撃者が証言してくれお蔭で、おそらく魔獣討伐者として認定されるだろう。

 しかし――――

 一番の功労者であるジョクは――――


 寝ていた。

 呆れたり笑ったしてはいけない。これは剣巧・(さばき)を使ったためだった。

 精気を大量消費するこの技は、使い方を間違えれば死に至る。

 故に切り札――――

 ジョクは今、休眠状態だった。

 そのため、『マーサの店』まではパナンとミサノ二人がかりで運んできた。

「ふー」

 やっとのおもいでテーブルにつく二人。ジョクはまだ寝ている。

「あら? ジョクさんはおやすみかしら?」

 マーサがやって来た。ワゴンにチョコクリームたっぷりのチョコレートケーキ…(以下、種類が多いので略)を乗せて。

「うわっ! おかみさん、どうして?」

「お二人の作戦を聞いた後、多分みなさん疲れてお帰りになると思ったので、用意させてもらいました」

(作戦…!)

 ミサノはここで、マーサもグルだと気づいた。どうりで宿からすんなりと出られたわけだ。

「さあ、召し上がれ」

「ありがとうございます!」

 瞳を輝かせる二人。

 しかし、もっと輝かせているヤツがいた。

 ジョクだ。

 いつ起きたのか。

「いただきます!!」

 開口一番にそう言うと、ジョクはチョコレートケーキに飛びついた。


「うん! うまい!!」

 ジョクは舌鼓を打ちながら、ご満悦だ。

 そんなジョクを見ながら、ミサノはつい訊いてしまう。

「あの、体は大丈夫なんですか?」

 先程までのあの状態を見ているから、心配になってしまうのは当然だった。

 しかしジョクは、

「うん、お腹いっぱい食べて、よく眠れば元通りだよ」

 チーズタルトをかじりながら、言う。

 そんな単純なことではないハズだと、ミサノにもわかる。

 だが――――

 ケーキを美味しそうに頬張る彼の顔を見ていたら、確かに大丈夫だ。と納得してしまった。

 ああ、そうか――――

 これがジョクという男の強さなのだ。

 厳しい状況でも諦めず、へこたれず、周囲を安心させ、最後には結果を出す。

 ジョク・ライマンとはそういう人間だとミサノは理解した。

「ところでミサノ。キミはこれからどうするんだ?」

 ジョクの問いにミサノは考える。

 ダズマルからは解放された。

 だけど、明日には警士団によって取り調べを受ける。おそらくは何らかの罪に問われるだろう。

 でも構わない。罪はしっかり償おう。

 そして終わったら――――

「私、冒険者になろうと思います!」

 以外な返答にジョクは目を丸くする。だが、すぐに笑顔になって。

「そっか」


 今日は明日に向かっていく。


 第1話 終

  

  

     

   


 



 

 

   

 

 

 


  


   






 


 


  






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