第一話 プロローグ
この物語は、主人公がさまざまな事件に巻き込まれながら、女の子を救う話が主ですが、たまに鬱展開を用意する予定です。世界観が次々と移り変わるストーリーやジャイアントキリングが好きな方にオススメです。それでは奇術師のクズ男が征く破滅道改め、クズはめをぜひお楽しみください
「アレス・バーミュルソー、本日をもって宮廷魔導師の解任を命ずる」
最悪だ。
俺、アレス・バーミュルソーは、たった今、国王直々にクビを言い渡された。
あまりにも予想していない自体にすぐには理解が追いつかなかった。
「何故だ!いや、何故です!?」
発言を許されていないのにも関わらず、俺が発した抗議に周りの貴族たちは「慎め!」や「御前であるぞ!」など声を荒らげる。
貴族の間ではもともと俺の評判はよくない
クビになったのはおれの政治力が足りなかったからか!?おれは嵌められたのか!?
「そなたの研究費で国家が傾きそうだからだ。」
金。
確かに俺は研究費と称して、「龍の瞳」なる宝石をオークションで競り落としたり、伝説の金属オリハルコンを大商会から買い取ったり、それはそれはやりたい放題をした。
ただでさえ俺の研究は、研究室の稼働のため大量の魔石を消費するし、あらゆるマジックアイテムの試験運用にもお金がかかるのだ。
それでも…………、
「それでも!俺の開発したものは大量の利益を生んできたはずだ!」
「そうだとも、その点は我々も感謝している。」
「ならっ!」
「しかし、そなたが生んだ利益を、いよいよ研究費が超えた」
な、なんだってー……………。
ま、まさか、そんなに使い込んでいたとは。
だらだらと鬱陶しい冷や汗が止まらなくなる。
いよいよ、解任が現実味を帯びてきた。
「故に、そなたに解任を命ずる。いわゆるクビだ。」
そ、そんな改めて言わなくてもぉ、アハハ。
まっずい、本格的にまずいことになってきたぞぉ
もう俺が何を言ったところで、この決定は覆らないことは明白だ。
「これは、王命である。
これにて、本日の御前会議を終える」
こうして俺、アレス・バーミュルソーのクビになり、御前会議は幕を閉じた。
同時にそれは、俺にとっての地獄の幕開けだった。
***
「まずいまずいまずいまずい、まっずい!」
職を失った。
事態は、文面で得られる事実よりはるかに悪い。
「買ったばかりの屋敷のローンはまだ溜まってるし、個人的に買ったマジックアイテムも宝石も借金が残ってる。同僚といったバーだってツケが溜まってるし、あぁ、裏で借りた闇金も返し終わってない…………」
いわゆる借金まみれ、というやつだ。
俺の特性として、基本的に返せる見込みのある時だけ金を借りて、その借金がある程度溜まってきたら一気に返すのだ。
宮廷魔導師というのは、かなり高月給。
そういう無茶な生活をしても何とかなるものなのだ。
そう、時期が悪い。
そろそろ溜まってきたし、返そうかなぁって思った時にこれだ。
今現在、城から出た大通りでうんうんとうろついているのだが、さぞかし通行人にとっては、今の俺の姿が奇怪なものに映っているだろう。
しかし、そんなことを気にしている場合では無い。
幸い、宛がないこともない。
「よし、あいつに頼もう。」
行き先が決まった男の足取りは軽い。
これから、とんでもない事態が起こるとは知らずに。
***
「ということで、お金を貸してください!」
額と両手は地面にピッタリとつけ、背筋は地面と平行に。
ザ・DOGEZAというやつだ。
少なくとも、二九年生きてきて、人生でいちばん綺麗な土下座をしているという自負がある。
目の前の人物はあらあらまあまあと、頬に手を当て困ったように俺を見ている。
彼女の名前は、ヘレナ・ティラレート。
彼女は俺の恋人だ。
同時にSS級冒険者というとんでもない称号をもつ実力者でもある。
「研究にかまけて久しぶりに自分の恋人に逢いに来たと思ったら、一言目がそれぇ?」
「うっ」
「どうやら宮廷魔導師をクビになったようね」
「おま、それ、どこからそんなに早くその情報を!?」
「あらあら、あなたのことに関して、私に知らないことはないわよ?」
ヘレナが俺のそばで屈み、耳元にぞくぞくするような彼女の甘い声が脳に響く━━━━━━
「と、兎にも角にも、そうなんだ。借金がめっちゃ溜まってて、まさかクビになるとは思わず、返済できそうにないんだよ」
「あれほど、お金は貯めときなさいって言ったのに。
ほんとにしょうがない人ねぇ」
ヘレナが夜空と見間違うほど綺麗な黒髪を耳にかけて、慈愛の表情で俺の顔を覗き込む。
「いいわ、お金を貸してあげる、」
「ほ、本当か!?」
「ええ、本当よ。お金も返してもらわなくていいわ」
「マジかよ!?ヘレナお前、ほんっとにいい女だなぁ!」
おれはあまりにも嬉しすぎて、思わず土下座をして頼み込んでいたことも忘れて、その場で立ち上がってしまった。
そして、それを追うようにヘレナも屈むのをやめて、ほんの少し身長の高いおれを見上げて、密着してくる。
「ただし」
まただ。
この股間から首筋までゾクゾクと言い表せないものが駆け抜けていく感覚。
「これからは、私の恋人だけではなく、ペットになりなさい?」
「ペ、ペット?」
「そう。
私にこれからは飼われるのよ。場所はどこにしましょうか?貴方がこの間買った御屋敷もいいけれど、結局一室しか使わないから勿体ないわぁ」
「い、一室?」
「そうよ?だって、あなたは放し飼いが出来ないもの。すぐどこか行ってしまいそうだわ。大丈夫、ちゃんと三食忘れずに上げるし、夜は恋人としてベットで楽しみましょう?」
「えっと、そういうプレイ、とかではなくて?」
「私がそんな一時のプレイで満足できると思って?」
どうやら、俺は恋人を放置しすぎたらしい。
まさか根っからこんな性格だとは思いたくない。
……………いや、前からその片鱗はあったか。
「ね?悪くない提案でしょう?」
何故か、悪くない提案だと思ってしまう。
今まで億劫だと思っていた借金が、俺がペットになるだけで解決してしまう。
ただでさえ、職を失った直後だ。
あまりにも魅力的だ。
それにヘレナと一日中一緒にいられるというのもいい。
やがて、俺の視線は、彼女の蒼い瞳の奥に沈んでいき━━━
バチン、と何かが弾けた音がした。
状態異常の魔術を弾いた時の音だ。
そもそも、本来ヘレナの瞳は蒼ではない。
紅だ。
途端に思考が晴れる。
待てよ、おれはそんなに性欲にまみれた思考をもつやつだっただろうか。
職を失ったショックで頭がおかしくなっただけか?
いや……………、
「【魅了】か」
「正解♡
やっぱりあなたには効かなかったか。」
ここまで精神に侵入されるまで気づかなかったのか、おれは。
こわい。
自分の恋人に魅了の魔術を使って、飼おうとしていた彼女が。
「ち、ちょっと、お金を借りるのは考え直してみるよ
もっとほかにも手があるかもしれない。
最初から恋人を頼るのは違うよな。」
「いーえ?そんなことないわ?今夜は私の宿屋に泊まっ」
「じゃ、そゆことで」
「待ちなさい。『キャタンドラ』」
どこからともなく体長が人の三倍はあるムカデが突如現れ、俺を縛りあげた。
彼女が『キャタンドラ』と呼ぶムカデは魔物だった。
魔に侵され、人に害をなす人ならざる者。
だが、そんな魔物でも彼女の言葉には従う。
それは、彼女が『魔物使い』だからだ。
さらに彼女の能力は、魔物を使役するだけでは無い。
「いつあんな魔術を手に入れたんだ?」
「あなたが研究に没頭しすぎて、私が放置されてた期間よ?」
彼女は魔物が使う魔法を魔術として昇華して模倣することが出来るのだ。
つまり彼女は冒険者として魔物と戦えば戦うほど、使役する魔物は増え、使える魔術が増えるということだ。
「それは申し訳ないというか、なんというか
でも、俺らは適切な距離感を保って上手くいってたじゃないか。」
「残念ながら、それは私にとって適切な距離感ではないわ。
だから私、あなたを飼うことにしたの♡」
俺のせいでヤンデレ怪物爆誕である。
普通に今俺を縛りあげているムカデより全然怖い。
「だーかーら」
突然首元に大鎌が突きつけられる。
「ひっ」
彼女のあの細い腕に、どこにそんな力があるのかと不思議に思うが、身体能力も半端でない。
「逃げちゃだーめ♡」
「ごめん、バイバイ」
おれの体は黒い塵になって、その場から消えた。
***
よし、トぼう
借金なんて、この国から出れば実質ゼロ円だ。
そう決心した時の俺の行動は早い。
自分の屋敷に着くやいなや、魔術師らしく懐から杖を取りだし、屋敷内の家具やマジックアイテムが、予め用意した銀色のキューブに、掃除機でホコリを吸い取るように吸い込まれていく。
瞬く間に屋敷にものがなくなり、一息つく。
すぐにまた懐から、今度は小瓶を取り出した
「シルキー、出ておいで」
そう俺が呼び出すと、どこからともなくメイド服を着た女性が目の前に現れた。
「すまない、銀色の君よ。この屋敷を出ることになってしまった。……あぁ、そう残念そうな顔をしないでくれ。君がいなきゃ僕は生きていけないんだ。着いてきてくれるね?」
屋敷の精、銀色の君、シルキー。
呼び方は様々だが、彼らは、時には鬱陶しい害霊になれば、時には掃除、料理、洗濯あらゆる家事をこなしてくれる良き同居人になる、屋敷に取り憑く妖精の一種だ。
その屋敷に暮らす人間を屋敷の主と認めてくれた時に良き同居人になってくれるのだが、おれは特殊のマジックアイテムでシルキーを持ち歩くことが出来る。
そうして住居が変わる度、シルキーとは長い間一緒に暮らしてきた。
ちなみに呼び方に関しては、愛称がシルキー、敬称が銀色の君、異名が屋敷の精と区別している。
渋々、マジックアイテムに入ってくれたシルキーを最後に、出立の準備は完了だ。
準備が終わる頃にはすっかり日が暮れて、辺りが薄暗い中俺は機械仕掛けの鹿が引くソリに乗り込む。
この乗り物の名前は、サンタクロース号。
名前の由来は聞かないでくれ。
そのソリが走り出すとその名を冠するに相応しく、車体が浮いていく。
改めて、これから、国を出ることになるのだ。
思えば、この国で過ごしてきた大半の時間を研究に没頭してきたが、行きつけのバーや人との繋がりは一定数あった。
それを全部一掃して、国外に行くのだが、不思議と後悔はない。
確かに研究は好きだが、本来ひとつの場所に留まり続ける性分ではないのだ。
借金から逃れられる解放感とこれからどこに行こうかというワクワク感を胸に抱えながら俺は飛び立つ。
屋敷の屋根から紅い瞳を持つ怪しげな蜘蛛が、その姿を眺めているとは知らずに。
***
「そろそろだとは思ってたけど、行ってしまったわね」
私のフィアンセ、アレスが部屋を去ってしまってから、彼の様子をしばらく眺めていたけど、この国を去ってしまった。
ここ最近の彼は、この国にしがらみが多くて辟易していた節があった。
はっきり言って、アレスの一番の理解者は私だ。
彼自身、しがらみだとか、束縛だとか、そういうのが嫌いなのは知っている。
だから、ずっと同じ場所に居座り続けたりはしない。
そう、宮廷魔導師がクビになったのは、あくまで彼にとってこの国を去るきっかけに過ぎない。
ああいう風に焦っているふりはしていたけど、内心喜んでいるのがみえみえだ。
彼のそんなところがかわいい。
「そういうのが嫌いなのは、知ってた、はずなんだけどなあ」
彼が私の手の届かないところに行くのが怖かった。
だから、彼に【魅了】の魔術が効くか試してみたくなった。
一瞬自己嫌悪。
だが、確かな事実がある。
しがらみを嫌い、密着した関係を嫌う彼が、なぜ私という恋人を作ったのか。
それは、私が彼に愛されていたからだ。
それに、彼は「バイバイ」とは言ったが、別れよう、とは一言も言わなかった。
恋人関係を持ったこともなければ、友人関係もほとんどない彼にとって、さぞかし、心の距離が近い私という存在は扱いずらいだろう。
だから定期的に彼は私を放置する。
「そんなところも可愛いんだけどね。」
傍から見れば、自分の都合のいい時に私を利用するクズ男にしか見えない。
それでも彼の真意を私は知っている。
なぜなら、私は彼の一番の理解者だから。
惚れた弱みと言うやつだろうか。
どうしても彼のことが嫌いになれない。
「ほんっと、ズルい男」
しばらく沈黙が私の部屋を支配した。
「おいで、『ワームパック』」
口の部分が異様に開いている芋虫が私の足元から這いでてくる。
「この部屋にある私の荷物を全部詰めておいて。」
知性のある私の魔物たちはどうして?と問いかけてくる。
「出かけるわよ。」