Recollection.暗闇の追憶
優しく照らす月のような唄声が、闇夜に溶けるように聞こえてくる。
『僕たちと、それ以外の人たちとの違いってなんだったんだろう?』
微かな蝋燭の灯りだけが照らす、薄暗い陰湿な空気に満ちた教会の地下。冷たい床の上に座り込んでいた少女は唄うのをやめ、その問いかけにゆるゆると顔を上げた。
『さあな。その答えがわかっていたなら、私も魔女にならなかったであろうな』
『それもそうだね』
『ぬしも、怪物にはならなかったであろう?』
少女の虚ろな瞳に映り込んでいるのは、黒い泥状の塊。それは霧のようなものを放ち、どぷどぷと気味悪い音を立てて動く。
今しがた自分がそう形容したように〝怪物〟以外に言い表せない姿だった。
『きみは本当に言葉を飾る、ということをしないね』
怪物は少年のような声で、笑み交じりにそう言った。
『面倒だからな。それに、私たちの間に世辞が必要か?』
『いいや、いらないね。僕は、きみのように遠慮はないけど率直で、堂々としているところが好ましいと思ってるからね』
少女は少しだけ沈黙し、それからむず痒い気持ちを隠すように言う。
『ぬしほど歪んでるやつと比較すれば、誰だってまっすぐな人間になってしまうだろうよ』
ひどいなあ、と怪物はカラカラ笑う。
『僕たちは似ているよね』
『ふたりきりだったからな』
『僕もきみも同じくらい壊れていたはずだった』
『そうだな』
『でも、怪物になったのは僕だけ』
『私も魔女になったがな』
そう答えたあと、少女は少し怒ったような、それでいて悲しむような声音で尋ねる。
『……今度は、私との違いを探しておるのか? 他の者たちならともかく、私との違いを』
沈黙は肯定と同じ。少女は落胆するような、縋るような物言いで告げる。
『私も、ぬしのように性根の曲がった怪物、意外と好きだぞ。……人間らしくてな』
『急に、なにを言い出すかと思えば……』
『ぬしは私の遠慮ないところが好きだと言ったではないか。私にも、ぬしを評価する権利はあるはずだと思うが』
『……きみは、ときどき素直じゃないよね』
怪物は呆れているが、少女は特に気にした様子もなく言い放つ。
『そういうぬしも、天邪鬼で嘘つきだ。それからな、人間の本質は怪物なのだ。ゆえに、ぬしは人の形をしているどんな生き物より、人間らしいと思うがな』
『……きみは、いつだって変わらないね』
皮肉か、それとも誉め言葉ととるべきか。少女は悩んだが、悩んでいるうちにどうでもよくなった。
この閉ざされた暗闇の中で、少女にとっての世界は目の前の怪物だけだ。怪物にとっての世界も、少女だけだった。そのはずだ。
『唄ってくれる? 僕だけの魔女さん』
少女は答える代わりに、静かに息を吸い込んで、唄う。
慰めと、憐れみと、慈愛を込めて唄う。
ふと、十字架を仰ぎ見る。神などいない教会に掲げられた十字架は、錆びて埃をかぶっていた。
神がいると信じ、あれに救いを求めたのは遠い昔のこと。
そして、この暗闇の記憶も、遠い遠い昔のこと――。