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モンスター。
世界各地に生息している人間ならざる存在。基本的には人間のような知能を持つことなく、どちらかと言えば獣に近い。しかしながら、高ランクのモンスターになるにつれてその知能は高くなり、集団で連携したり罠を用いたりして人間を襲う個体もいる。中には人間の言葉も理解することが出来るモンスターもいるという。
モンスターの有名どころではゴブリンやオークなどがあげられ、個体数としても圧倒的に多いと思われる。そのため、ゴブリンやオークに人間が襲われてしまうという被害が多発しており、人間の悩みの種の一つとなっている。
そのような人間に少なくない被害を与えるモンスターは『魔族が生み出した』とか『魔族の手先だ』とか言われるが、真相は誰にも分からない。魔族が生み出している瞬間を見た人間は誰もいないし、魔族がモンスターを率いて人間を襲ったという記録もない。まあ、両方とも人間にとっては迷惑な存在であることには違いないので、どうでも良い事なんだけど。
とにかく、人間に被害を与えるモンスターを減らすことが求められており、その役割を担うのがオレたち冒険者と言う訳だ。まあ、別にモンスター討伐だけをしている訳ではなく、貴族や商人の護衛任務や今日みたいに野盗を殲滅するなど、依頼される様々なことをこなしている。
「だから私は聖剣なのよ! 勇者と一緒に魔族をいっぱい討伐したんだから。私が本気を出せば簡単に大地を割くことも出来るんだからね!」
……
「あなたはそんな圧倒的な力を手に入れることが出来たの! どう、嬉しい? 嬉しいわよね?」
野盗どものアジトからギルドへ戻る道中、剣から美女へと変身した彼女――カテナはオレの後をついてきながら、今みたいなことをずっと喋りかけてくる。自分が勇者と共に魔族を討伐していた聖剣であること、勇者と別れて寝ていたらいつの間にか鎖が巻かれて人間の姿になることが出来なくなったこと、オレを所有者として認めたこと等、オレが聞いてもいないことを独りで喋り続けてくる。
最初の時のように、オレの頭の中に直接語り掛けられるよりかはましだが、それでも煩わしい事には変わりない。できればもっと離れて小さな声で呟いていてくれれば良いのだが。
それに街の外でならまだしも、今オレたちが歩いているのは街の中であり人通りが多い大通りだ。周囲の人々からは明らかにヤバい奴らに対する視線を向けられている。今までこんな視線を向けられたことのないオレにとってこの視線はかなり居心地が悪く、かなりの精神的ダメージが与えられていた。
因みに、彼女の独り言の内容については否定する気はない。そうなんだろうなと言う思いで聞き流している。なぜなら、目の前で剣が人間に変身したり、頭に直接語り掛けてきたりと非常識なことが起きているので、今更『私聖剣だから』と言われた所で驚きはしない。
それに、彼女の勇者にまつわる昔話はかなり詳細に言及されており、今まで聞いた物語の中で最も真実味がある。これでその話が全て嘘だというなら、彼女はかなり著名な劇作家か超一流の詐欺師になれると思う。
とにかく、彼女は物語に登場する、かの有名な聖剣で間違いないだろう。まあ、だからと言ってオレの態度が改まることは無い。
なぜなら、彼女が圧倒的に、超絶的に、卓抜的に、傑出的に――
「はあ、煩いな」
――からである。
野盗のアジトからの帰路において、オレは彼女の言葉を完全に無視しており、何一つ反応を示していない。それにも関わらず、彼女はオレに話しかけることを止めないのだ。何という鋼の精神な事か。面の皮が分厚いにも程がある。少しくらいしょげても良いと思うのだが、一向にそんな気配はない。もしかしたら何百年と剣の姿のままだったせいで、久しぶりに人間と話すのが嬉しいのかもしれない。
「――ねえ、聞いてるの?」
……
「ちょっと! せっかく私が話してあげてるのに聞きなさいよ!」
――いつか、いつかきっと諦めるだろう。止まない雨がない様に、いつかはきっとオレの前から過ぎ去ってくれるだろう。それまでは我慢だ。ここで変に構うと、絶対にもっと面倒なことになる。それだけは回避しなければならない。
「ねえ! 何でよ? 何で答えてくれないの? 私のどこに不満があるの? 言ってみなさいよ! 少しくらい変えてあげても良いから。だから言ってみなさいよ!」
……
オレはなるべく関係者でないことをアピールするために、足早に進む。そのおかげで、すぐにギルドに戻ってくることが出来た。
オレは勢いよくギルドに入ると、わき目も降らずに受付へと向かう。そして、受付嬢に今回の依頼が無事に終了したことを告げる。
「今手続きをしますので、少々お待ちください」
報酬を取りに奥へと向かう受付嬢。オレはそんな彼女の背中を真っ直ぐに見つめていた。
「へー、ギルド何てものが出来たのね。私の時代にはなかったわよ」
さも当然であるかのように、オレの横に並び立つ彼女。マジで傍迷惑なのだが。これだと、確実にオレの仲間だと思われてしまうだろうが!
ここまで粘着されるとさすがに恐怖を感じてしまう。それがどれほど美女だとしてもだ。
「おい! おまえ女なんか連れて調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
突然、オレの背後から声をかけられる。その声は明らかに不機嫌な男の声であり、知っている声だった。
「……別に調子に乗ってはいないですよ」
オレは新たな悩みの種が現れたことに自分の不幸さ加減を恨みながら、ゆっくりと声がした方へと振り返る。
そこにはいかにも小悪党そうで馬鹿そうな男が立っていた。
「うるせえな! このウィギル様が調子に乗ってると思えば調子に乗ってるんだよ!」
馬鹿は死んでも治らないらしいが、この男は目を抉ったとしても自分の都合の良い世界が見えるのだろう。
この男――ウィギルはこのギルドでは問題児扱いされており、すぐに他の冒険者にいちゃもんをつけては騒動を起こしている。なまじ力があるので並大抵の冒険者では歯が立たず、その結果ウィギルのやりたい放題になってしまっている。
「お前ごときが女を侍らす資格なんてねえんだよ! だからこいつはオレによこせ!」
そう言ってウィギルは彼女の肩に手をやった。
「へへ、このオレ様がお前に女としての喜びを教えてやるよ」
あまりの気持ち悪い発言と欲望に満ちた顔に、同じ男であるオレでさえも強い嫌悪感を抱いてしまう。
しかしながら、オレにとってはありがたい申し出だった。
「どうぞどうぞ、別にオレの仲間じゃないので。後は当人同士で話し合ってください」
オレたちのことを周囲で見ていた冒険者たちの顔に衝撃が走った。みんなが「えっ? そこは助けるところだろ!」と思っているのが見て取れる。でも、オレの身にもなって欲しい。そうすれば絶対にオレと同じ反応をしただろう。
オレの反応に驚いたのは周囲の冒険者だけではなかった。
「えっ? 何で助けてくれないの?」
彼女も口を大きく開けてこちらを見つめていた。
「……オレが言うのもなんだけど、もっと抵抗されると思ったぞ」
ウィギルさえもオレの反応に驚いている。
――いや、お前は驚くなよ! 良かったじゃん手間が省けて。
「何でよ! 何で助けてくれないのよ! 私はあなたの聖剣でしょ? 一緒に冒険する仲間でしょ?」
……誰が仲間だ。オレはそんなこと一度も了承した覚えはない。
「はっ! まさかこれがうわさに聞く放置プレイなの? そうなのね! まさしく今私は弄ばれているのね! いいわ、そのプレイに乗ってあげる。あなたがどんなに特殊性癖を持っていたとしても私が全て受け止めてあげる!」
その言葉を聞いて、周囲の冒険者たちがオレから少しずつ距離を取っていく。ウィギルも伸ばした手を引っ込めて、少しずつ後退していった。
……完全に誤解だ。オレにそんな性癖は無い。断じて無い! 全てはこいつの妄想であり誤解だ。
「さあ、何時でも良いわよ!」
鼻息荒く期待した目でオレを見つめる彼女。その目は少し潤んでおり、子犬が何かおねだりしているのと同じように見えた。
……気持ち悪い。さっきのウィギルよりも圧倒的に不快感を抱いてしまう。
「ラースさん、報酬をお持ちしました」
オレが彼女の姿に鳥肌を立たせていると、受付嬢が報酬を持って戻ってきた。
「ラース、あなたはラースっていうのね! じゃあこれからはラースって呼ぶから!」
タイミングの悪いことに、彼女にオレの名前を聞かれてしまった。オレの名前をニヤニヤしながら一人で口ずさむ彼女。
……本当にやめて欲しい。名前を呼ばれる度に身の毛がよだつ。
オレは報酬を受け取ると、彼女から離れるために走ってギルドを出た。
「ちょっと、ラース待ちなさいよ!」
オレは今回のことで学んだことがある。それは無視をし続ければ、相手が好き勝手に解釈をして厄介なストーカーになってしまうということ。
オレは心の中で今回のことを深く反省しながら、ストーカーを振り切るために全速力で走る。
オレは今、聖剣であり厄介なストーカーでもある彼女に追われている。