表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

3/7

*残酷なシーンがあります。

 轟々と炎が燃え盛り、村を火の海に変えていく。もうすでに陽は落ちて暗いはずなのに、ボクたちの周囲は明るく照らされ、空にある星すらも確認できない。


 村から届いた熱風が、呆然と立っているボクたちの頬をチリチリと焦がしていく。


 頭が目の前のことを拒絶している。ボクが目で見て認識していることを、紛れもない現実を、ボクの頭が受け入れない。これは間違いだと。まだ夢の中にいるんだと。それならば、早くこんな趣味の悪い夢から覚めて、いつもの日常に戻りたい。


「……ねえ、何なのよこれ」


 横でアレクシアが呟いた。彼女の表情は真っ青で、瞬きをすることなく真っ直ぐに崩壊していく村を見つめている。


「ねえ、答えてよ! これは何? 夢? 夢よね? ねえ、そうって言ってよ!」


 ボクの身体がすごい勢いで揺さぶられる。だけど、ボクは一向に夢から覚める気配がない。揺さぶられたことによる痛みだけが、ボクの身体に刻まれていく。


 その時にボクの頭は理解した。理解してしまった。理解させられてしまった。ボクたちの目の前で起こっていることは夢ではなく、紛れもない現実であることを。この現実から逃れることが出来ないということを。


「……夢じゃないよ……これは現実だ」


「――ッ! そんな言葉が聞きたいんじゃない!」


 ボクの頬に強い痛みが走る。アレクシアがボクのことを殴ったのを少しして理解することが出来た。


「嘘って言ってよ! 何でそう言ってくれないの? 私の大好きな村を返してよ!」


 アレクシアが半ば発狂した状態でボクの胸ぐらをつかむ。


 ボクにも彼女の気持ちが痛いほど理解できた。ボクだってそうだ。のどかで心地よいボクの村を返して欲しい。でも、目の前にはそんな光景は広がっていない。灼熱の嵐が村中を駆け巡り、次々に建物を崩壊させていく恐ろしい光景。


「ねえ、みんなはどうしたのかな?」


 燃え盛る村の状況にばかり気を取られていたが、村の人達はいったいどうしているのだろうか。まさか、この炎に包まれた村の中にいるなんてことは無いよな? きっとみんな逃げているよな?


 そんなことを考えているボクの耳に最悪な音が届けられる。


「――ッ!? 今の聞いた?」


「ああ、聞こえた!」


 炎の音が村を支配している中、微かに人の叫び声が聞こえた。


 ――最悪だ。あの中にまだ人がいる。それもボクが大好きな人が!


 ボクは居ても立ってもいられずに、炎の中に向かって駆け出す。聞いた声がどうかボクの聞き間違いであることを願って。


 村の中は最悪な状況だった。どの家にも炎が燃え移り、次々に崩れ落ちていく。そして、至る所に黒焦げになってしまった物体が散乱していた。ボクはそれが何かを怖くて確認することが出来ない。


 でも、確認せずともなんとなく分かっていた。なぜなら、その黒焦げの物体は人の形をしていたから。否が応でも、それが少し前までは生きた人間であるということを理解させられてしまう。


 ボクはそれらの焼死体を見ないようにしながら、ボクの家に、母さんと父さんがいるかもしれない方に向かって駆け出した。


「――な、何でだよ! 嘘だろ!」


 ボクの目の前に広がるのはあとちょっとで崩れ落ちそうになっているボクの家。温かく優しい記憶の詰まった大切な場所。


 そんなボクにとっての掛け替えのない場所はもうすでにそこにはなかった。今や、屋根や壁には炎が燃え盛り、近づく者を許さずにその灼熱で焦がしていく。


 ボクは家の前で膝から崩れ落ちてしまった。


 ――もう嫌だ! 誰かあの炎を消してくれよ!


 ボクがただ神様に頼むことしかできなくなった時、ふと家の下に人影が見えた。


「――母さん! 父さん!」


 そこにはボクの大好きな人達がいた――燃えている柱に下敷きにされた状態で。


「母さん! 父さん!」


 ボクは炎なんか気にすることなく、二人の下に駆け寄る。二人は家の中で一番大きな柱に並んで下敷きにされており、上半身しか見えない状態だった。


 ボクが呼ぶと、弱々しく顔がこちらに向けられる。しかしながら、その目は焦点が合っておらず虚ろだった。


 ――まだ生きていた! 早くここから助けなきゃ!


「二人ともちょっと待っててね。今助けるから!」


 ボクは燃える柱を素手でどうにか動かそうとする。


 しかしながら、たかだか子供一人だけの力ではどうにもならず、ただ手に痛みを与えるだけ。


 どう足掻いても、どう力を振り絞っても柱は微動だにしない。でも、諦めるなんて選択肢はボクには無い。だって、このままだと大切な人が、大好きな人が死んでしまうのだから。それに比べれば、手の痛み何てなんでもなかった。


「――何してるの! 早く逃げなさい!」


 ボクがどうにかして柱をどかそうとしていると、母さんがボクの存在に気付いた。


「大丈夫、すぐに助けるから!」


「そんなことどうでも良いの! 私たちは良いからあなただけで逃げなさい!」


 ――どうしてそんな酷いことを言うの? みんなで逃げようよ! 生きてさえいればどうにかなるのだから。


「お願いよ! 言う事を聞いて!」


「――嫌だ! 嫌だ! 絶対に置いて行かないもん! みんなでまた暮らすんだもん!」


 ボクの顔から水分が柱に落ちて、すぐに蒸発する。それが汗なのか涙なのかはボクにも分からなかった。


「父さんも私も足の感覚がもうないの! もうここから動けないの! だからあなただけでも生きて欲しいの!」


「そんなの聞きたくない! 絶対にボクが助ける!」


 火の手が二人に迫っていた。もう少しすれば完全に二人を炎が飲み込んでしまうだろう。


「動いてよ! 何で動かないんだよ! 何でなんだよ!」


 手が痛い。


 顔が熱い。


 腕が痺れる。


 でも、ボクは止まれない。


「――もう良いの。あなたが生きていてくれれば」


 母さんが優しく諭すように語り掛ける。その声はいつもボクが落ち込んでいる時に聞いていたものだった。


「私たちの宝なの。だから、あなたさえ生きていてくれれば他に何もいらないの」


「なんで、なんでそんなこと言うんだよ! 母さんたちがいない世界なんて生きたくない。嫌だよそんなの!」


 ボクは泣きじゃくりながら必死に柱を動かそうとする。


「お願い、お母さんのいう事を聞いて」


 母さんが泣きながらこちらを見つめる。ボクはその目を見ることが出来なかった。見てしまったらきっと説得されてしまうから。ここから逃げてしまうから。


「あなたが生まれてきてくれて本当に嬉しかった。三人で一緒に生活できて本当に幸せだった。あなたからは沢山の温かみを貰ったの。今思えば、あなたからは貰ってばかり。だから、ね? 今度は私があなたに与える番よ」


「うるさい! もう喋らないでよ!」


「――何してるの! 早く逃げるわよ!」


 突然、後ろから大声が聞こえる。そちらを振り返るとそこにはアレクシアがいた。その姿は少し前までに面影はなく、服はところどころ焼け焦げ、手は真っ赤になっている。さらに、炎に照らされた彼女の顔には泣いた跡が出来ていた。


「アレクシア、手伝ってくれ! 母さんたちが大変なんだ!」


 アレクシアは一瞬だけ母さんの方へと視線を落として状況を理解したのか、急いでこちらに駆け寄り、ボクと一緒に柱を動かそうとしてくれる。


「――ダメ、全然動かない!」


 アレクシアと二人で協力してもどうにもならなかった。


 この時、完全に運命は決まってしまった。そのことを理解することは出来たが、認めることは出来なかった。


「アレクシアちゃん、もう私たちのことは良いから二人で逃げて」


 母さんがアレクシアに語り掛ける。アレクシアはその言葉を聞いて決心したのか、柱っから手を離す。


「――何してるんだ! どうして止めるんだよ!」


 ボクはそんなアレクシアに怒鳴りかける。でも、彼女はそんなボクの言葉に怯むことなく、まっすぐボクの目を見つめていた。


「もう手遅れなの! 逃げるわよ!」


「――ッ!? 何でそんなこと言うんだ! このまま母さんたちを見殺しにしろって言うのか!」


「――そうよ!」


「――ッな?」


 予想外の返答に頭が回らなくなった。まさか、アレクシアがそんなことを言うなんて思ってもいなかった。


 黙り込んだボクにアレクシアが続けて言葉をぶつける。


「もう無理なの! もう助けられないの! だから、私たちだけで逃げないといけないの!」


 そんなことは分かっていた。誰がどう考えても、もはや母さんたちは助からない。


「アレクシアちゃん、この子をお願いね」


「分かっています、お母さま」


「ふふ、あなたにお母さまって言われると嬉しくなっちゃうわね」


 母さんの視線がアレクシアへと真っ直ぐに向けられる。


「少しだけ甘えたがりな所があるけど、嫌わないであげてね?」


「もちろんです」


 アレクシアがボクの腕を引っ張る。ボクはその手を振り払い、母さんの顔のすぐそばに跪いた。


 母さんがその柔らかい手をボクの頬に添える。そして、母さんの目がボクの目をしっかりと捕らえた。その綺麗な目にボクの意識は吸い込まれる。


「アレクシアちゃんと仲良くするのよ? そして二人で幸せな家庭をつくるの」


「……うん」


「わがまま言っちゃダメよ?」


「……うん」


「いつも二人のことを見守っているからね? 寂しくないわ」


「……うん」


「さあ、もう行きなさい」


「……」


「行きなさい!」


「……うん」


 ボクはアレクシアに支えられながら、その場に立ち上がる。母さんの手がボクの頬から離され、そのまま力なく地面に落ちた。


 ボクたちはゆっくりと家から離れる。でも、視界は母さんたちから離すことは出来なかった。


 どんなに離れようと、ボクは母さんの目を見つめ続ける。母さんもいつまでもボクのことを見ていてくれた。


「……さようなら、私の愛しい宝物」


 それが母さんの最後の言葉だった。その言葉が聞こえたかと思うと、母さんたちの上に燃えた瓦礫がなだれ込んだ。


「――母さん!」





 ボクは泣きながらアレクシアに連れられて、命からがら村の外の安全な場所に辿り着いた。周囲にはボクとアレクシアだけ。村の外にも誰もいなかった。


 草むらに跪きながら村へと視線を送るボクたち。二人とも何一つ喋らずに、村が燃え尽きるのを見つめていた。


 あの中で母さんたちが死んでしまった。


 朝にはあんなに元気だった二人が。


 こんなにも簡単に死んでしまった。


 ――誰が?


 ボクの心の中に一つの感情が生まれようとしていた。


 ――誰がこんなことをしたんだ?


 ――許せない。


 ――絶対に。


 ――見つけ出してころ


「――ねえ、聞いてるの?」


 ボクの思考が中断させられる。


「……何?」


 ボクはぶっきら棒にアレクシアに応える。


「私たちは生き残った。でも、このままここにいてもすぐに死んでしまうわ」


「……そうだね」


 ボクたちの村はかなり田舎だ。周囲は森ばかりで近くに町もない。そんな状況で子供二人が生きていくのは絶望的状況だった。


「村はもうダメだから、すぐに移動した方が良いと思うのだけど」


 ボクはアレクシアのその言葉を聞いて、頭に血が上ってしまった。


「――何でそんなこと言うんだよ!」


 ボクの中にある全ての鬱憤を吐き出すように彼女にぶつけていく。


「母さんたちがここで死んだんだぞ! 何でここから離れることが出来るんだよ!」


 ただの八つ当たりなのは分かっているけど、もう止められない。感情のダムが決壊して次々に感情が流れ出し、言葉となって飛び出してくる。


「アレクシアも最初は戸惑っていたじゃないか! 『私の大好きな村が』って」


 次の言葉は彼女に向けるべきではなかった。それは彼女のことを考える余裕さえあればすぐに分かったのに。でも、ボクには止めることが出来なかった。彼女を傷つける最低な言葉を。


「アレクシアは失っていないから分からないんだ! ボクは大切な家族を失ったんだぞ! アレクシアなんかにボクの気持ちが分かるはずがないんだ!」


「……分かるわよ」


 小さな震えた声が聞こえた。


 視線を向けると、そこには身体を微かに震わせながら俯くアレクシアが。


「……私もダメだった。お母さんもお父さんも死んじゃってた」


「……」


「だから、私も分かるわよ。大切な人が奪われる悲しみを」


「……」


「でも、私たちは生き残ったの! 大切な人のおかげでね!」


「……」


「だったら、全力で生きなきゃダメでしょ! どんなことがあっても生きなきゃ!」


 アレクシアの言葉がボクの心に突き刺さる。


 アレクシアはボクと違って前を見ている。両親が死んでしまったのに、そのことに囚われることなくどうにか生きようとしている。悲しみを背負いながら。アレクシアだってこのままここで立ち止まっていたいだろうに、その弱さを振り払い必死に生きようとしている。


 しばらくの間、ボクたちの間には沈黙が流れた。


「……アレクシアは強いんだね」


 それはボクの心の中から吐き出された最後の言葉。素直な彼女に対する称賛だった。


 ボクが差し出されたアレクシアの手を取って立ち上がろうとした時、不意に暗闇から声が聞こえた。


「――声が聞こえると思って来てみれば、こんな所にまだ生き残りがいたみたいだね」


 それはおよそ人ではない。真っ黒な翼と大きくて真っ白な牙を携えた化け物。


「……魔族」


 そこには人間の敵である、凶暴で凶悪な人ならざるもの――魔族がたたずんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ