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GW用に書いてみました。
「――ねえ、早く来なさいよ!」
青く澄み渡った空に真っ白な雲が気持ちよさそうに漂い、その下では心地よい風が草木を揺らしていく。近くの森からは可愛らしい小鳥の鳴き声が耳を楽しませてくれる。出来るならばこの気持ちの良い――
「ねえって言ってるでしょ! 私が呼んだら早く来るの! 何回言ったら分かるのよ」
……こんなに周りは心地よいのに、何でこんなことになるのかな? 少しぐらいまったりとした時間を過ごしたいのに。
「――ぐえ!?」
ボクの口からモンスターが死んだときのような声が出る。出した本人であるボクも、そのあまりの気持ちの悪さにビックリだ。
そんなボクに素敵な驚きを与えてくれた存在はボクのお腹の上に跨り、すごく怒った表情でボクを見下ろしていた。
「私、無視されるの嫌いなんだけど。それを分かっていて敢えてしたの? ねえ、そんなに殴られたいのかな? 分からされたいのかな? ねえ答えなさいよ!」
ボクの服を凄い強さでつかみ、身体を上下に揺らしてくる。揺らされる度にボクの頭が地面へと打ち付けられてもうすでに殴られているみたいだ。これ以上、ボクを痛めつけようというのかこのお嬢様は。
「少し頭を殴ったら、お利巧さんに戻るかしら。あっちに丁度良さそうな石があったわね」
早くしなければ本格的にヤバそうだ。ボクの人生をこんなに短く終わらせたくないし、それも知り合いに殺されるなんてまっぴらだ。このお嬢様は手が早くて本当に困る。
「……お呼びですか、お嬢様?」
お腹に乗られていて上手く息が吸えないのと、頭を何度も地面に打ち付けられたせいで上手く声が出せない。
「やっと返事が出来たみたいね。でも、遅すぎるわ。せっかく村長の娘である私が、村で一番かわいい私が呼んであげてるんだから、すぐに返事するのがあなたの役目でしょ!」
――どんな役目だよ! と思うけど、ここで言い返してもより機嫌を損ねてしまうだけだ。ここはいつも通りのいかにも従順な存在であるかのように振る舞い、ご機嫌を窺わないと。
「そんな光栄な役目をもらえて、シアワセダナ」
おっと、最後の方が少し棒読みになってしまったかな。でも、しょうがないだろ。ボクはまだ7歳で、思ってもないことを自然と口に出すことが出来るほど成長していない。
確かに、このお嬢様は可愛い。いや、マジで。一目見た男の子たちはみんな一瞬で好きになってしまう。大人たちも可愛い可愛いと四六時中言っており、中には父親である村長に「娘さんを下さい! 歳の差は気にしません。いや、むしろそれが良い!」って訴えた頭のいかれた奴もいたらしい。まあ、それを村長が許可する訳もなく、次の日そいつが村の入り口の柱に全裸で縛り付けられていたが。
とにかく、何が言いたいかって言うと、見た目だけは、重要なことだから繰り返すけどその見た目だけは完璧だって言う事だ。どんな者も虜にしてしまうそんな女の子。
でも、その性格は極めて凶暴だ。そのことを知っているのはボクだけ。他の人達はいつも上手に猫を被っている彼女に騙されて、見た目も性格も良いと思っているらしい。なんて嘆かわしいことだ。出来るならボクがこの凶悪な性格をみんなに知らせても良いのだけど、猫の被り方が完璧すぎて信じてもらえないだろう。むしろ、ボクの頭がおかしくなったのかと心配されそうだ。
「そうでしょ、そうでしょ!」
ボクのお腹の上で上機嫌に笑う可愛い女の子。
……相変わらず、本当にチョロいな。こういう純粋なところは本当に可愛いのに。どうして、こんなに凶暴に育っちゃったのかな? 誰の教育が悪かったのだろう。教育した奴の顔が見てみたいよ。そいつのせいで今日もこうしてボクが被害に遭っているのだから、一発殴らせてくれても良いと思うんだけど。
「早くこっちに行くわよ!」
上機嫌なお嬢様は笑顔でオレのお腹から飛び降りると、近くにあった木の枝を片手で振り回しながらボクの方を見つめる。
「ちょっと待ってくれよアクレシア」
ボクは急いで立ち上がり、我儘なお嬢様――アクレシアの下へと駆け寄った。
「今日は何をするんだ? ボクはこの心地よい風を堪能するためにその辺で寝ていたいんだけど」
何とかダメもとでボクの希望を口に出してみる。まあ、今までボクの希望が受け入れられた事なんて一度もないんだけど、「もしかしたら」があるかもしれない。
「はあ? あんたの意見何て聞いてないんだけど。何か勘違いしているの? ねえどうなの?」
「……いや、ただ言ってみただけだよ」
「そうよね! なんだ私ビックリしちゃった。てっきり頭がおかしくなったのかと思ったわ」
いつもアクレシアのせいでオレの頭は酷い目に遭っているけどね。きっとそのせいで悪影響を受けているに違いない。絶対そうだ。いつか仕返ししてやるからな。
「何か変なこと考えてない?」
「そ、そ、そんなことないよー。ボクはいつも通りだよ!」
「ふーん、まあ、良いけどね」
「そ、それよりさ、どこに行くんだ? どこでもお供しますよ」
あぶないあぶない。どうやら顔に出てしまっていたらしい。でも、しょうがないじゃないか! アクレシアを懲らしめるボクの姿を想像すると自然に笑みがこぼれてしまのだ。いつも泣かされてばかりのボクが、逆にアクレシアを怖がらせてその可愛い顔に涙を浮かべさせてあげる。そんな現実世界ではありえないことでも、ボクの頭の中だけでは自由に考えることが出来る。
「じゃあ、今日はあっちの方に行ってみましょう!」
アレクシアは村の外れにある古びた小屋を指さしながら、そちらに向かって歩いて行く。
確か、あの小屋はかなり昔に建てられて農具なんかを置いていたらしいが、今は何も置かれておらず、今にも崩れてしまいそうなくらいボロボロで不気味なので、子供たちは誰も近づかない。
「えー、あの小屋に行くのか? 行っても何もないんだけどな」
思わず、ボクの口から愚痴が零れてしまう。今のは別にアレクシアに向けて言ったのではなくて、ただの独り言のつもりだったのだけど、アレクシアの小さな耳は聞き逃さなかったらしい。オレの方へと口をとがらせながら振り返る。
「……別に何もなくても良いじゃん。それともなに? もしかして私と一緒なのが嫌なわけ?」
――っぐ、可愛いじゃねえか! そんな表情でボクを見ないでくれよ。間違って好きになっちゃいそうだ。
ボクは少し赤くなった頬を隠す様に手で搔きながら、アレクシアについて行った。
その小屋の中は案の定ボロボロで、ホコリやクモの巣がいっぱいあった。ボクはアレクシアの命令でそれらを頑張って綺麗にすると、次第に周囲は暗くなってきていた。
「今日はここまでね。明日はここに集合ね」
そう言い残すと、アレクシアは走って自分の家へと走って帰って行った。
「……はあ、オレも帰るか」
まだ7歳なのにこんなに苦労しているのは、この世界で多分オレだけじゃないのかな? 子供はもっと伸び伸びとしていると思うのだけど、どうやらボクには当てはまりそうにない。ボクは疲れた身体を労わる様にゆっくりと家路についた。
続きは修正が終わり次第、随時投稿していきます。