転送 その1
そこは銀色の世界だった。
壁も床も天井も、アルミホイルを貼り付けたような部屋の中央に、あたしと知世は突っ立っていた。広さは学校の教室くらいだろうか……。
「ここ、どこなの?」
知世は不安そうに周囲を見渡した。灯りはどこから来ているのかわからないが、室内は妙に明るい。銀色の壁に反射して少し眩しかった。
「佳奈と麻美は?」
あの少年の姿もない。
「麻美は途中で転んだから難を逃れたと思うけど、佳奈とあの人は……」
〝難〟と言うのは、こんなところにいること?
あたしはドアを探したが、一見したところ、壁はすべてフラットで継ぎ目はない。
壁に手を触れてみた。
「痛っ!」
感電の痛みが指先に走った。
「どうしたの!」
あたしの叫びに、知世が駆け寄った。
指を押さえながら、あたしは敵を見るように壁を睨みつけた。
「電流が流れてる、なんか、閉じ込められてるみたいだわ」
その時、壁の一面が白く変化し、大きなスクリーンが現れた。
同時に室内の明かりも少し落ちて薄暗くなった。
「なんなの?」
あたしたちが恐怖に震える身を寄せながらスクリーンに注目した時、映像が映し出された。
それは宇宙空間に浮かぶ、赤茶けた惑星だった。
『コレが我々の母星、青く美しい地球とは比べ物にならない、老いた惑星だ』
どこからか無機質なナレーションが聞こえた。
『惑星の寿命を延ばすことは、どんな科学力を持っていても不可能だ。成す術もない我々は、他の惑星への移住計画をたてた』
暗黒の宇宙空間に、SF映画に登場するような宇宙船の映像が映った。
「新作映画の試写会かな?」
知世はそう言ったが、あたしは、
「と言うより、ドッキリ番組じゃないかな、かなり手が込んでいるけど」
『君たちの地球時間に換算すると約500年前から、我々は空間を越える飛行技術を屈指して、銀河系のあらゆる惑星を探査すべく、数多くのスターシップを送り出した』
あたしたちの会話は無視してナレーションは続く。
『君たちの地球にも300年程前に調査隊が降り立った。しかし地球は、我々が生存するのに適した環境ではないことがわかり、報告を受けたプロジェクトチームは、地球を移民リストから外した。この船も他の惑星に向かうはずだった』
「ここは宇宙船の中という設定なのね」
あたしと知世は顔を見合わせた。
「あたしたち、UFOに誘拐されたってこと?」
知世の発言に素早く、
『誘拐ではない、君たちは、我々が送ったテレパシーに反応したから召喚されたのだ』
ナレーションの声が答えた。
「テレパシーって……」
知世はうんざりしたように吐息を漏らしたが、あたしには背筋に冷たいものが走った。心当たりがあったからだ。
あの助けを求める声、あれはココから送られてきたテレパシーだったの? そんな……これってドッキリじゃないの?
『信じられないのも無理はない、地球人は異星人の存在など知らないのだからな』
あたしたちの心を見透かしたようにナレーションは言った。
『だが、今、君たちが体験していることは現実だ。ここは宇宙空間に浮かぶスターシップの中で、君たちは転送されてきたのだ。三本脚の鳥居、あれは300年前に上陸した調査隊が残した、転送装置なのだ』
「そうなん~、でも、なんであたしたちをこんなところへ?」
知世が冷ややかに言った。きっとドッキリ番組だと思って、話を合わせようとしているのだろう。
『答えよう、この船のクルーは、今、存亡の危機に直面している。メインコンピューターの誤作動により、航行不能に陥っているのだ。このままコンピューターの暴走を止められなければ、我々は遭難者として宇宙を彷徨い、目的地に到着出来ないばかりか、生存に必要な環境も損なわれる可能性が大きい』
『回避する為には、メインコンピューターをシャットダウンし、手動に切り替える必要がある。しかし我々の力では、それが出来ないのだ』
「なんで? 自分たちが造った船なんでしょ」
『精巧すぎたのだ。非常事態に対応する防御システムが働き、メインコンピュータールームが閉鎖されて近付けないのだ。閉じられたドアを突破できる可能性があるのは超能力者だけだ。何人もの超能力者が侵入を試みたが、誰も帰らなかった』
『この船にはもう、超能力者は1人しか残っていない。だから地球から協力者を呼び寄せることにしたのだ』
「じゃあ、あたしたちは超能力者って設定なのね、で、どうすればいいの?」
『どうやら、まだ信じていないようだな』
まだ番組の収録だと思っている理世は長い説明に苛立ちはじめていた。
「マネージャーも酷いわよね、明日もコンサートだっていうのに、こんな深夜までスケジュール入れるなんて、あたしたちをなんだと思っているのかしら、もういいから、種明かししてくれない? 早く〝騙された!〟ってプレート出してよ、じゅうぶん驚いたし」
知世は唇を尖らせた。
『なにを言っているのだ? これは現実だと言っているだろ』
「もういいって、いい加減にしないと怒るわよ!」
知世は語気を強めたが、
『君にはわかっているんじゃないのか?』
〝君〟とは、あたしを指しているのだろう。あたしは確かにテレパシーを受け取った自覚があるから。
「あたしは……」
でも、すんなり信じろと言うほうが無理だ。
「まさか望結、信じてるんじゃないでしょうね」
戸惑うあたしの顔を知世は訝し気に覗き込んだ。
「……聞いたのよ、助けを求める声を」
「なんですって! 冗談はやめてよ、あなたもグルなの? そうか、それであたしたちが後をつけるとわかってて、あんなところに誘きだしたのね」
「違うわよ!」
『君だけだったのか? SOSを受け取ったのは』
「あたしのせいで、知世まで連れてこられたの?」
きっと血の気が引いていただろうあたしの顔を見て、
「まさか……これが現実だって言うんじゃないでしょうね」
知世は愕然とした。
あたしだってそうだ、こんな現実離れした出来事……。
『ようやく信じる気になったか?』
「えー-っ! あたまが変になりそうなんだけど」
知世は頭を抱えた。
「じゃあ、あたしたちが超能力者だと思ってるの?」
『超能力者だから、ここへ来られたのだ』
「冗談じゃないわ、あたしたちにはそんなもんないわよ、ただの人間よ」
知世はスクリーンを睨みつけた。声の主がどこにいるかはわからないが、あたしたちを見ているだろう。
抑揚のないナレーションの声は続けた。
『ただの人間ではない、君たちの中には、我々と同じ血が流れているはずだ、300年前、地球に上陸した調査隊の、生き残りの』
突拍子もない話に、あたしは知世の顔を見た。
「あたしたちって、どう見ても人間よね、それもベタベタの日本人」
性格は変わったとこあっても、見た目は普通だし……。
その時、スクリーンに映っていた宇宙空間が消え、透明なガラスに変わった。
その向こうに部屋が見え、白衣姿の男女数人が立っていた。
あたしたちと変わらぬ姿で……。
「君たちは異星人にどんな容貌を期待していたのかな?」
ガラスの向こうにいる男が言った。
医者か研究者って雰囲気で、部屋に閉じ込められて見下ろされているあたしたちは、実験用のサルって感じ。
「不快に感じでいるなら許してほしい、我々は君たちと接触することが出来ないんだ」
「なんで?」
知世がムッとしながら尋ねた。
「地球上には様々なウィルスが存在する、我々はそれに対する免疫を持たないからだ」
それで隔離されてるって訳か。
「300年前、地球に降り立った調査隊のほとんどが、風邪のウィルスに感染して死亡した。生き残った10人足らずは、強い超能力を持つ者たちでウィルスを克服できたのだ」
「しかし、彼らは母船に戻ることを許されなかった。ウィルスを持ち帰る可能性が高かったからだ。君たちも知っての通り、風邪のウィルスは様々に変化し、ワクチンを作ることは我々の科学力を屈指しても不可能だった。帰還できなくなった隊員たちは、地球の環境に体質を変化させながら、地球人として生活を続け、生涯を終えた」
「あたしたちはその子孫だって言うの?」
「そうだ」
「2人とも?」
あたしたちはオーディションで集まった縁も所縁もない赤の他人よ。偶然、異星人の子孫が選ばれたってことなの?
「偶然ではないかも知れないな、君たちが集められたのは」
「集められた?」
あたしと知世はまた顔を見合わせた。
そして、知世が思い出したように、
「佳奈は? 佳奈は違ったの? だからここにいないの?」
「彼女も君たちと同じだ、我々と同じ遺伝子を持つものでなければ、転送装置は作動しない」
「じゃあ、なぜ、ここにいないの?」
「別の場所に転送されてしまったようで、今、困難に直面している」
「困難って、どこにいるのよ!」
あたしは思わずガラスを叩いた。
わかっていたはずだが、電流に弾き飛ばされた。
「大丈夫?」
また知世が駆け寄った。
あたしは思い切り背中を打って、一瞬、息ができなかった。
そんなあたしを見て、ガラスの向こうでは白衣の奴らが眉をひそめていた。
「本当に彼女らで大丈夫なのか?」
「こんな弱い電流に弾かれるなんて」
「テレパシーもロクに使えない上、学習能力もないようだ」
勝手なことを言っている。
「ジューレが呼んだのだ、間違いはないはず」
白衣の1人、1番年長らしき人物が言った。
「ジューレって?」
声が出るようになったあたしが尋ねた。
「君たちにテレパシーを送った、この船で唯一残った超能力者だ。今、君たちの仲間を迎えに行っている、命を賭けて」
「どういう意味?」
追求しようとした時、
ゴオオオーッ!
地鳴りのような音が響いたかと思うと、室内が大きく揺れた。
震度6の地震に襲われたような揺れに、あたしと知世は揃って尻餅をついたが、揺れたのはあたしたちがいる部屋だけではなかったようだ。
一瞬、ガラスの向こうの人影もなくなった。あたしたち同様、倒れたんだろう。
揺れはすぐに収まり、ガラスの向こうの奴らは、何事もなかったような涼しい顔をして立ち上がっていた。
「Fブロックのクリーニングが始まったか」
「間に合っていればいいが」
あたしは腰が抜けたように立ち上がれないでいた。
「なにが起きたの?」
知世には聞こえないの?
何十人、いいや何百人? の人々の叫びが……。
驚愕と恐怖、そして消えて逝く命……。
耐え難い苦痛があたしの心臓を鷲摑みにする。
「どうしたの?」
うずくまるあたしを見下ろして、知世が心配そうに肩を抱いた。
「吐きそう……」
胃がムカムカしてきて、マジでヤバかったけど、突然、目の前に現れた光景に驚き、吐き気も引っ込んだ。
普通、人が部屋に入ってくる時はドアからでしょ、と、言っても、この部屋にはドアなんか見当たらないけど……。なにも無いとこに突然、人の姿が現れるなんて、特撮じゃあるまいし。
現れたのは佳奈だった。
少年と抱き合った姿で……。