殺戮 その2
「キャァァァ!」
悲鳴は言語の違いを問わずに万国共通だった。
銀色の兵士は当たりかまわず発砲しはじめた。
弾丸ではなく真っ赤なレーザー光線が銃口から発射され、女性、子供の体を貫いていく。人々は悲鳴をあげながら次々と倒れていった。
まるでSF映画のワンシーンを見ているようで現実味が沸いてこなかったが、助けを求めるように俺たちのほうへ駆け寄った1人の子供が、3メートル手前で打ち抜かれて倒れたのを目の当たりにした瞬間、
「キャァァ!」
佳奈が悲鳴をあげた。
鮮血が緑の芝生を赤く染めた。
うつ伏せに倒れたその子の顔は見えなかったが、体が痙攣して瀕死状態なのはわかった。
俺の体はフリーズして動けない。
そんな俺たちにも、銀色の兵士は銃口を向けた。
撃たれる!
それは死の予感、俺はただ堅く目を閉じた。
隠れる場所などないし、いまさら逃げてもこの至近距離じゃ絶対に当たる!
佳奈ちゃんを護らなければならないのに、それもできそうにない。
こんな、どこだかわからない場所で、撃たれる理由もわからずに殺されるなんて、絶対イヤだ!
死にたくない!
死の恐怖に全身が硬直した。
銀色の兵士が放つレーザーが、俺の体を貫くシーンが、固く閉じた瞼の裏に過ぎった。でも、痛みは襲って来なかった。
一瞬すぎて、なにも感じず成仏できたんだろうか? それにしては意識がハッキリしている。
俺は恐る恐る目を開けた。
状況に変化はなかった。
やはり銃口を向けた銀色の兵士が……さっきより大勢の兵士が、俺たちの目の前にいる。そして、発砲し続けていた。
しかし、赤いレーザーは俺たちに到達していなかった。
「えっ?」
レーザーは俺たちの目の前で跳ね返って、兵士に逆襲しているではないか!
「なに?」
見えないなにかが俺と佳奈を包んで、護ってくれていた。
数人の兵士が自ら放ったレーザーに貫かれて倒れた。
「どうなってるの?」
佳奈もこの状況が理解できずに困惑している様子だった。
「XXXX!」
誰かの叫びで射撃が中断した。
やはりコレはすべて夢なのか?
だって夢の中って、不思議とピンチになっても死なないだろ、そう思った俺は、佳奈の腕をちょっとつねってみた。大胆だけど夢なら許されるだろ。
「痛っ!」
佳奈は驚いて俺を見上げた。
「なにすんのよ、こんな時に」
ムッとした表情もまた可愛い!
俺は状況を忘れて顔をほころばせた。
が、夢じゃない?
「危機的状況はまだ終わってないと思うけど」
彼女の言うとおりだった。
見えないバリアみたいなモノに護られているといっても、安心してはいられない。
ここから抜け出す術がないのだから……。
俺たちは逃げることも出来ずに、バリアの中で成り行きを窺っていた。
一方、銀色の兵士たちは、どこから持ってきたのか、大砲のような大掛かりな武器をセットしはじめた。ボーリングの球でも出てきそうな大きな砲口から、なにが飛び出すのやら……。
「XXXXX!」
リーダーらしき兵士の合図で、大砲から発射されたのは、漁業に使われる投げ網のようなものだった。
それが俺たちの頭上から降ってきた。だが、見えないバリアに引っ掛かり、直撃はしない。じゃあ、バリアごと俺たちを捕獲して、どこかへ連行しようとしているのだろうか?
しかし、そうじゃなかった。
バリバリ!
雷のような音が耳をつんざいた。
「今度はなんだよ!」
「電流、流してるような」
「でも、バリアがあるから」
「でも、暑くない?」
佳奈の言葉通り、温度が急上昇していた。たちまち額から汗が吹き出る、サウナ状態、いいやそんな生易しいモノじゃない、このままじゃ、すぐ蒸し焼きになっちまう!
「希輝くん……」
佳奈は苦しそうに膝をついた。
息が苦しくなってきた。大丈夫って言ってあげたいけど言えない。もう立っていられない。膝から力が抜け、俺も崩れ落ちた。
人間の蒸し焼きってどんなのが出来上がるんだろう? 体からどんどん水分が抜けてミイラみたいになるんだろうか?
嫌だ! そんなカッコ悪い死に方!
いや、どんな死に方だって、16で死ぬなんて、断じてイヤだ!
強く思った次の瞬間、
バーン!
再び大きな音が鼓膜を振動させた。
電流の網がバリアを破ったのか? と思ったが逆だった。
爆発は内部から外へと向かっていた。
砕けたバリアと一緒に、電流の網も千切れ飛び、その衝撃は兵士をなぎ倒し、周囲の木々をも倒した上、足元の芝生もフッ飛ばして土をえぐっていた。
新鮮な空気が戻って生き返った俺と佳奈は、爆発の中心で愕然と座り込んでいた。
静寂が周囲を包んだ。
倒れた銀色の兵士も電源が切れたように微動だにしない。兵士に撃たれた人々も倒れたままだった。
「えっ?」
俺はある変化に気付いた。
「空が……」
見上げると、快晴だったはずの空は消えていた。そこには空ではなく天井があった。屋外だと思っていたこの場所が、巨大なドームであったことを知った。
「とにかく、ここがどこなか知る必要があると思わない?」
佳奈は気丈にもさっさと歩きはじめていた。
「どうやって?」
俺は慌てて後を追おうとしたが、
(それ以上、動き回らないで)
それはあの声だった。俺を三本脚の鳥居へと導いた女の声、助けを求めてきた声に間違いなかった。
「誰?」
佳奈にも聞こえたようで、彼女は立ち止まり、眉間に皺を寄せながら周囲を見渡した。
(これ以上、被害を広めないで)
突然、目の前に綺麗な女の子が現れた。
俺より年下の中学生くらいの華奢な美少女だった。
髪はブロンド、瞳は宝石のようなグリーン、その煌めく瞳に俺はしばし見とれた。
「どういう意味?」
佳奈が警戒心露な強い口調で言った。
少女は答えず、悲しそうな目で周囲を見渡した。
(派手にやってしまったのね)
そう言った彼女の視線は俺に注がれていた。その責めるような表情を見て、俺はデジャヴを感じた。以前にもこんな目で見られたことがあるような……。いや、気のせいだろう、こんな美少女、会っていれば忘れない。
(これ以上、能力を使われたら、船が壊れてしまうわ)
「えっ?」
能力? 俺がやったと思ってるのか?
「船って?」
(そう、ここは船の中なのよ)
「わかるように説明してくれない? ちゃんと言葉で」
佳奈が厳しい口調で言った。
(あなたたちの言葉は、まだ正確に発音できないの、もう少し時間をちょうだい)
言葉じゃなかったら、今、聞こえているのはなんだ?
(説明すると長くなるわ、その前にここから脱出しなければならない、このブロックは汚染された為、間もなくクリーニングが行われるだろうから……)
「クリーニング?」
(この中のモノは全て廃棄され、消毒されるの)
「破棄って……」
俺は倒れている子供や母親たちを見た。
「じゃあ、怪我人を助けなきゃ」
(ダメよ、みんな汚染されてるとみなされてるから、このまま破棄されるのよ)
「生きてる人がいるかも知れないだろ!」
ブロンドの少女に視線を戻すと、彼女は悲しそうに目を伏せた。
(無駄よ)
「そんな……」
その時、急に暗くなった。
目の前にいるはずの少女も見えないほどの暗闇に包まれた。
(急がなきゃ、あなたたちの仲間が待っているわ)
俺たちの仲間って……?