遭遇 その2
間違いないわ、あの時、まるで宇宙に放り出されたようで重力の束縛もなく、フワフワと浮いているような感じの中で見た鳥居だわ。
「これは……」
あたしが思わず独り言を漏らした時、
「きゃぁーっ!」
闇を引き裂く悲鳴が響いた。
「なにしてんのよ!」
「足、掴まれたわ!」
「バカ! 木の根っこでしょ」
「放してよ、痛いじゃないの!」
大騒ぎしている声には聞き覚えがあった。
闇の中に目を凝らすと、銀杏の後ろから3人が姿を現した。
しがみつく麻美を振り払おうとしている知世と、その斜め後ろで、涼しい顔をしている佳奈。
「あなたたち……なんでこんなとこにいるの?」
あたしの問いに知世がすかさず、
「それはこっちのセリフよ、無断でホテル抜け出して、どう言うつもりなの?」
口調はお怒りモード、そう責められても答えられない。あたし自身、なんでこんなところに来たのか、わかんないんだから……。
「あなたの様子が変すぎだから、心配して尾行したのよ」
佳奈はなだめるように言ったが、
「別に心配してくれなくたって……」
自分の行動に困惑しているあたしはつい反抗的になってしまった。あたしってほんと天邪鬼。
「なによ! あなた、自分の立場がわかってんの?」
生意気なあたしに知世がキレる。
「わかってるわよ、明日のコンサートまでには帰ればいいんでしょ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
そう……よくわかってる、勝手なことをしてるのは、でも自分でもなんでこんなことしてるのかわかんなくて、混乱して、せっかく心配してくれてる仲間に対して反発してしまった。
「コレ、なに?」
エキサイトしそうなあたしと知世の口論を止めるように、佳奈が三本脚の鳥居を指差した。
「鳥居でしょ」
知世が素っ気なく答えた。
「でも、変わってるわね」
「……ええ」
「なんかさぁ、どっかで見たような気、しない?」
「そう言われると……」
まさか、知世と佳奈もコンサートの最中、あの幻覚を見たの?
あたしたちが三本脚の鳥居に気を取られていると、
「ひえっ!」
麻美が情けない悲鳴をあげた。
「なによぉ」
また、しがみつかれた知世が鬱陶しそうに言った。麻美は彼女の背中に隠れながら、木々が立ち並ぶ杜の中を指差した。
そこには不気味な光が揺れていた。
最初は赤く、そしてブルー、グリーンに変化していく。
「……なに?」
あたし無意識に佳奈の横にピタリとくっ付いたが、佳奈もあたしの後ろに回ろうとして、2人は譲り合いと言うか、隠れ合いと言うか……。
「あれって?」
目を凝らしたあたしは、それがコンサート会場でファンが振っているペンライトだと気付いた。
それを持ってこちらに近付いて来るのは、あの男の子だった。
「あの子は……」
佳奈のうちわこそ持っていいなかったが、確かに最前列にいた彼だった。
「誰?」
知世の問いに答えられなかった。
だって本当に知らないんだから……。
「コンサートに来てた人よね」
佳奈の答えに知世は驚きの目を向けた。
「客席のファンの顔、覚えてるの?」
「最前列にいたから顔は見えたわ、あたしのうちわを持ってたのに、全然こっち見てなかったから、なんで?って思って、それで覚えてたのよ」
そんな話をしている間に、男の子は真っ直ぐこちらへ歩いて来た。
あたしたちの存在に気付かないはずない距離、しかし、彼の表情にはなんの変化も現れない。まるで夢遊病者のよう、それともなにかに操られ、自分の意思とは関係なく動かされてるって感じかしら。
虚ろな表情、なにも映していない瞳、彼はあたしたちのすぐ横を通過し、真っ直ぐ三本脚の鳥居に向かった。
「ちょっと、あなた」
勇気ある知世が声をかけたが、反応はなかった。
しかし、あたしには聞こえた……ような気がした。
〝助けて〟って、
さっき聞いた女性の声じゃない。おそらく、夢遊病者のように歩いて行くその子の、救いを求める声が……。
彼の体は強い力で引き寄せられるように、鳥居の真ん中まで行った。
なにからかはわからないけど、助けてあげなきゃ!
あたしはそう感じて、1歩、踏み出したが、佳奈の方が早かった。
彼女にも聞こえたのかしら? 助けを求める声が……。
彼を追って鳥居の中央に駆け込んだ。
遅れながらあたしも後に続いた。
「ちょっと!」
冷静な知世までがそこへ来て、当然、取り残されるのが嫌な麻美も、こちらへ来ようとしたが、
「キャッ!」
また、なにかに躓いて転んだ。
「麻美?」
知世が振り返った瞬間、
!!!
鳥居の中にいたあたしたちは、巨大な光の玉に包まれた。