接近 その2
コンサートはアッという間に終わった。
その後、あの不思議な現象は起こらず、望結と視線を交わすこともなかったが、俺は気がつくと望結の姿を追っていた。
俺のバカヤロー!
佳奈ちゃんを見に来たはずだった、それも肉眼で見れるなんて、この先2度とないかも知れない2時間半だったのに、その幸運を無駄にしてしまった。
最前列に陣取りながら、佳奈ちゃんと目が合うことは1度もなかった。それも仕方ない、俺の神経は望結に吸い寄せられていたのだから……。
佳奈のうちわを振りながら望結を見つめる、それに気付いた人がいたなら、変な奴って思われただろうな。
「ほんと、変な奴だな」
気付いていた奴がいた。
「いつから望結押しになったんだ?」
帰り道で悟が言った。
「えっ?」
俺は惚けたが、
「そうそう、俺も変だと思ってたんだよ、佳奈ちゃんが真ん前に来てるのに、あさっての方向見てさ、どこ見てんのかなって思ったら」
学も言った。
みんなコンサートに熱中してるのかと思ったら、案外、周りのことも目に入っている。
「実物見たら、佳奈より望結のほうが良かったって訳?」
光一までも気付いていた。俺、そんなに露骨だったのか?
「なんかな、望結とバッチリ目が合っちゃったから」
と正直に打ち明けた俺を悟は笑った。
「目が合った? そんなのきっと気のせいに決まってるだろ、なんで佳奈のうちわ持ってる奴に視線送るんだよ」
「確かに……」
「俺はやっぱ、望結ちゃん一筋、可愛かったな~」
「まだドキドキする、やっぱ違うよな、席がイイと」
「目が合ったぞ! 3回もだ!」
「俺も! こっち見て微笑んでくれたし~」
いやいや、さっき俺には、気のせいだって言い切ったくせに!
3人は望結がどれだけ可愛いかと言う話で盛り上がり、俺の存在はしばし忘れ去られた。
「とび散る汗がたまんなかったよな」
「ここまでは飛んでこなかったけど」
「飛んできてほしかった」
「今夜は眠れない」
俺も眠れそうにない……。
あの不思議な現象がまだ生々しくて、望結の瞳が忘れられない。
「でもさ、今日の望結ちゃん、ちょっと変だったよな」
「お前もそう思ったか?」
「やっぱ、そうだよな、初っ端、何回も間違えてたし」
「珍しいなと思ってさ、歌もダンスもいちばん上手だし、普段間違えるなんてないだろ」
「調子悪かったのかな? ま、中盤からは持ち直したけどな」
もし彼女が俺と同じ状態に陥っていたとしたら、集中出来なかったのも無理はない。
しかし、それを確かめる術はない。
「ラーメン食いに行こうぜ」
学が唐突に言うと、
「おう、腹減ったぁ」
と光一、
「俺、大盛り」
と悟。
と、いう訳で俺たちはラーメン屋に入った。
* * *
それぞれ注文した俺たちは、空腹を満たす為、無言で食べた。
お腹がいっぱいになってホッと一息ついたところで、
「明日も楽しみだな」
まだテンション下がらない悟が言ったが、
そうなのだ、明日も続けてコンサートがある、もちろんチケットはゲット済み。
「でも、今日以上の席は望めないよ」
光一が溜息をついた。
「わかんないぞ、ラッキー続くかも」
学は前向き、そして俺はまだ上の空、ラーメンを食べている時も、何度も箸からスルリと抜け落ちてスープが跳ね、服を汚してしまった。まるで子供のよう……。
3人はコンサートの話題で、いや、望結の話題、彼女がどれほど歌もダンスも上手かを知識もないのに議論して盛り上がっていた。俺は話に参加できないどころか、心は遠くへトリップしていた。
「大丈夫か?」
突然、悟が俺の顔を覗き込んだ。
どうやら俺がボーっとしてることに気付いてしまったらしい。
「もしかしてお母さんのことか? 遅くなっちゃったから、またお小言が待ってるとか」
それはすっかり忘れていたが……、
「みんなはいいよな、理解ある親で」
話を合わせた。
「確かに、うちの親父なんか一緒に行きたいって言ってたしな、ロリコンかよ、恥ずかしいぜ、どっちみちチケット取れないって断ったけど」
学が言った。
「フィラギスのファンやってたって、希輝は成績も良いし、反対される筋合いないのに厳しいよな」
「根本的に嫌いなんだよ、アイドルとか芸能界とか」
俺は大きな溜息をついた。
「夢のない人なんだよ」
と言ったところで、みんなのテンションダダ下がりなのに気付いた。
「あ、ゴメン、せっかくの夜なのに」
「お小言貰ったって気にするなよな、今夜はきっとイイ夢見れるから」
「そうだな」
「さーて、それは佳奈の夢? それとも望結?」
「佳奈ちゃんに決まってるだろ」
光一のからかいに俺はムキになった。
もう、あのことは忘れよう、なんであんな幻覚を見たのか、考えたってわからないんだから……。
ラーメン屋を出て、俺たちはそれぞれ家路についた。
時刻は11時半、すっかり遅くなってしまった。母はまだ起きて、小言を言う為に待っているだろうか? 考えると足が重くなった。
母との関係がうまくいかないのには訳があった。自分が養子だということを知ってしまったからだ。中2の時、偶然、父と母が話しているのを聞いてしまったのだ。
なんとなく思い当たることはあった、両親のどちらにも似ていなかったし、弟と俺では接し方が違う気がしていたから……。
でも、ショックは大きかった。血の繋がりがなかったことより、なぜ、直接打ち明けてくれなかったのかと両親を責めた。せめてちゃんと話をしてくれたなら受け止められたかも知れなかったのに。
両親は俺を信用してくれていなかったのか? そう思うと両親への不信感が募った。そして俺の中に深い溝が生まれた。
それからは、両親の態度がわざとらしく思えて……特に母親には反抗的な態度を取るようになってしまった。どうせ俺より、腹を痛めた弟の方が可愛いんだ、心配してるふりをしても本心はどうでもいいと思ってるんだろう、などと捻くれた考えを持ってしまうようになった。
母は気付いているだろう、俺がこんな気持ちでいることを……。ただの反抗期と思っているのか、懲りずにかまってくる。それがまた俺を苛立たせた。
そんなことを考えていた時、なにかが俺の耳を掠めた。
「えっ?」
俺は立ち止まり、周囲を見渡した。
見慣れた住宅街、この時間に人影はなし、怪しい気配もない。
気のせいか? 俺は再び歩を進めたが、また、それは聞こえた。
(助けて……)
消え入るような声だった。
女の子の声?
(あなたの助けが必要なの)
さっきも確認済みだが、周囲には誰もいない。街灯や住宅の玄関灯で、けっこう明るいし、この辺りの治安は悪くない。
幽霊? まさかね……。
(早く、時間がないの)
それは耳で聞いていると言うより、頭の中に直接響いて来るって感じだった。
なんか不気味……、でも、恐怖感はなかった。あの時と同じ、望結と目が合った時に体験した不思議な感覚とよく似ていた。
なぜ、そうしたのかはわからない、体が勝手に動いていた。
俺は回れ右、再び駅へ向かって歩き出した。




