帰還 その2
いつの間に、いつからそこに居たのか、ロマンスグレーの紳士は全てを把握している様子だった。
「社長!」
3人はその紳士に駆け寄った。どうやら彼女たちの事務所の社長みたいだ。
「お帰り」
社長は3人まとめて抱きしめた。
「社長はなにもかも知ってたんですか?」
望結が社長を見上げた。
「ああ、彼女から聞いていたからね」
と、母に振り返った。知り合いだったのか?
「そして信じていたよ、君たちなら、きっと無事に帰るって」
社長は彼女たちに愛おしそうな笑みを向けた。
察するに、彼もジューレたちの母星から移住調査の為、地球に降り立った超能力者の子孫なのだろう。メンバー全員、同じ遺伝子を持つ人間なのは、偶然ではなかった。社長が見抜いて、オーディションに合格させたのだろう。
グループ名〝フィラギス〟の由来もわかった。
「なになに? 宇宙船って、なんのことか教えてよ」
この場でただ一人、なにも知らずに蚊帳の外の麻美が、知世の服を引っ張りながら説明を求めた。
「長い話なのよ、疲れたから、明日」
そう、麻美には一瞬のことだったが、俺たちは何時間も動き回って、危険な目に遭って……クタクタだ。
「これからどうなるんです? あたしたち」
知世が不安そうに言った。
「どうもならないさ、今まで通りの生活に戻るだけ、明日もコンサートだな」
社長は穏やかに答えた。
「超能力があると知った今、元の生活に戻れるものなんですか?」
「大丈夫、能力のコントロールはわたしが教える、地球人は異星人が紛れ込んでいるなんて知らない、隠し通さなければならない真実だからな」
そうなんだ、彼ら末裔は300年もの間、自分たちの正体と能力を隠して地球人に紛れ込んでいるんだ。超能力を持つ異星人が存在するなんてことが明るみに出たら、世界中大パニック間違いなしだ。
今まで通り、沈黙を守るしかない。
「帰りましょ、お父さんも心配しているわ」
母は普段通りの口調で言った。さっきまで宇宙船で一緒にいたジューレと同一人物だと知って複雑な心境だけど、事実なんだ。そして俺のことを命に代えても守ってくれると言った、あの時の言葉は、今も……。
母の深い思いが俺に流れ込んで……不覚にも涙が溢れた。
「あらあら、あなたも能力のコントロールを覚えなきゃね、無暗に人の心を読んでいたら神経がもたないわ」
「……」
でも、あれほど美少女だったジューレも、25年経てばただのおばさんか……これから母の顔を見るたび、金髪碧眼の美少女を思い出してしまうかも。
「あら、失礼ね、今だってお母さんは美人でしょ」
母は俺の心の声に反応した。
そうだ、ジューレは超能力者なんだ、それもかなり強力な。
え……、もしかして、今までも俺の心を読んでいたのか?
あんなことや、こんなこと、いろいろと……思い起こせば赤面するような妄想だってしてたかも知れない。
勝手の俺の心を覗いてたなんて!
「心配しないで、そんな失礼なことしてないから」
また声にしてない俺のつぶやきを!
「今、してるじゃないか!」
「もういいでしょ、正体を知ったんだから」
「よくない!」
「その話は帰ってからゆっくりしましょ」
そんな俺たち親子の様子を見ながら、社長もフィラギスのメンバーに言った。
「我々も帰ろう」
「待って、彼が弟だってわかったんです」
望結の言葉に俺は素早く反応してしまった。
「弟? 望結ちゃんが俺の妹なんじゃない?」
「違うでしょ、あたしが姉よ」
「どっちでもいいじゃん、双子だってわかっただけで」
佳奈が口論になりそうな雰囲気を止めた。
「それもここだけの話にしなくては」
社長が俺に視線を向けた。
「君はただのファン、そして彼女らはアイドルだ、その関係に変わりはない」
そう、住む世界が違うんだ。
明日になれば、彼女たちはステージで俺は客席……。
今夜の出来事は俺たちだけの秘密……。
「じゃあ、たった一人の肉親だとわかっても、もう会えないんですか?」
望結は辛そうに社長を見上げた。
そうなんだ、俺だって同じだ。
「心配しないで望結」
そんな望結に母が歩み寄った。
「いつでも会いにきてくれていいから、お忍びでね」
そうだ、アイドルにだってプライベートはあっていいはずだ。できれば佳奈ちゃんも一緒に……。
「希輝は誰と会いたいのよ」
俺の思考を読んだ望結は唇を尖らせた。
ほんとテレパシーって厄介だ。
「あの宇宙船はどうなったんだろ、無事、航海に戻れたのかな」
俺は白々しく話題を変えた。
するとみんな揃って、夜空を見上げた。
そこにスターシップが見えるはずもなく、最後の超能力者だったジューレを失った船からの通信手段もないが、
「きっと大丈夫よ、でなきゃあたしたちが苦労した甲斐がないわ」
佳奈が言った。
「そうだな」
「ありがとう、君がいなければ、あたしたち、戻って来れなかったわ」
知世が俺の手を強く握った。
でも……、
「そうじゃないよ、あなたたちがいなければ、他の超能力者と同じようにコンピューターの心理攻撃に負けてた、戻れたのはみんなのお陰だよ」
「あたしたちはなにも」
望結は言ったが、
「言ってくれただろ、コンサート、来るんでしょ!って」
「えっ? 聞こえたの?」
「ああ、コンサート行きたいもん、明日も頑張って、楽しみにしてるから、今日みたいに間違えちゃダメだよ」
「あなたが邪魔しなきゃ、間違えないわよ」
彼女たちはまた忙しいアイドル生活へと戻っていく、きっとプライベートな時間はなかなか取れないだろう、今度はいつ会えるかわからない俺の妹……。
「そんな顔しないでよ、またすぐに会えるんだから」
ちょっと照れくさそうに言った望結の笑顔はとても可愛かった。
こんな子が俺の妹だなんて、悟たちが知ったら腰を抜かすだろうな。
でも、秘密なんだ……。
自慢出来ないのが残念だ。
* * *
「こんなとこからじゃ、全然見えないし~」
席に着いた途端、悟がぼやいた。
「きっと望結ちゃん、掌に乗るな」
と学と光一も、
「双眼鏡でも顔、見えないな」
あきらめ顔。
スタンドの真ん中あたりの列、昨日のアリーナ最前列とは天と地の差だ。
開演5分前、昨日のハイテンションとは大違い、みんなすっかり下がり気味なのは無理もない。昨日以上にドキドキしてるのは俺だけだろう。
彼女たちとスゴイ冒険をしたなんて言っても、誰も信じてくれないだろう。望結が双子の妹だったんだ、なんて言ったら、みんなどんな顔するかだろう? どのみち秘密は守らなきゃならないけど……。
「どうしたんだ?」
光一が俺の顔を覗き込んだ。
「ボーッとしてさ、昨日の興奮まだ冷めやらぬって感じだな、で、今日は誰を見るんだ?」
「そうそう、望結ちゃんに乗り換えたんだっけ」
学も茶化すように言った。
「違うっ、俺は佳奈ちゃん一筋だ!」
でも、双子とわかった今、望結からも目が離せない。どっちにしても肉眼では見えないし、スクリーンに映った方を見ることにする。
そんな話をしているうちに時間が来たようだ。
会場内のライトが落ちた。
「はじまるぞ希輝、またボーっとして、ペンライト点いてないぞ」
「あ……」
俺は慌ててライトをつけた。
「やっぱ、ドキドキしてきた!」
悟のテンションが急上昇した。
なんだかんだ言っても、はじまればみんなテンションは上がる。
ステージに上がる火柱、昨日と違い爆音が耳をつんざくことも、熱風を感じることもなかったが、それでも場内の熱気は伝わる。
そして遥か遠いステージに4人が姿を現した。
目が合うどころか顔もハッキリしない。
昨日は最前列で手を伸ばせば届きそうな距離で……それどころかスターシップに転送されてたときは、くっついたり抱きついたりもしたのに、今はあんなに遠くだ。
(距離なんか関係ないでしょ)
「えっ?」
今、佳奈ちゃんの声がした。
彼女はあんな遠い所にいるのに……。
(どこにいてもすぐわかるわ)
その声は望結、歌ってる途中じゃないか、俺なんかに気を取られたら、また間違えちゃうぞ。
(大丈夫)
(みんなでカバーするわ)
その声は知世ちゃんと麻美ちゃん、みんなテレパシーが使えるようになったのか?
(こう見えても物覚えはイイから)
ダメだよ、歌に集中しなきゃ! コンサート中だぞ、ハラハラさせないでくれよ。俺のせいでパフォーマンスが落ちたら気が咎めるし~。
(あたしたちをみくびらないで、最高のパフォーマンスを披露するから、特に今日は)
望結の声がすぐそばで聞こえる。なんか不思議な感覚だった。望結とはじめて会った時のように、周囲の風景が消えて、メンバーがすぐそばにいるような感じがした。
(あなたがいなければ今日はなかった。だからこのコンサートはあなたのために歌うわ)
そんなこと言われたら……。
俺は胸がキュンとなり、溢れる思いで目頭が熱くなった。
こんな時に泣いたりしたら、また、変な奴って言われるじゃないか。俺は佳奈ちゃんうちわで顔を隠した。
(ダメよ、顔隠しちゃ)
見えるのか?
(あなたにだって見えるはずよ、だから、ちゃんと顔を上げて、笑顔を見せてよ)
俺はそーっとうちわを下げた。
遥か遠いステージに、彼女たちの姿が小さく見える。
でも、すごく近くに感じる。
瞳の奥に望結の笑顔がハッキリ見えた。
(そうよ、いつも側にいるから、大切な弟だもん)
違うだろ、お兄ちゃんだろ!
「希輝、大丈夫か?」
光一の声に俺はハッとした。
「うちわ、落としてるぞ」
「あ……」
俺は慌てて拾い、しっかり握り直した。
今日は昨日みたいにボーっとしてられない。
だって今日は、俺の為のコンサートなんだから……。
なーんてネ!
おしまい
最後までお読みいただきありがとうございました。
 




