帰還 その1
「痛っ!」
肩を強打した痛みで、俺は現実に引き戻された。夢うつつで朦朧としていたが突然、床に放り出されたようだ。
「ゴメン、大丈夫?」
傍に倒れていた望結が上体を起こしながら心配そうに俺を見た。
どういう状況だったのかわからないが、望結も一緒に倒れたようだ。
「早くこっちへ!」
ジューレの切羽詰まった叫びが聞こえた。
そこは銀色の部屋だった。いつの間にコンピュータールームから戻ったんだ? 俺は成功したのか?
「そうよ、あなたはパスワードを入力したのよ」
佳奈が手を差し伸べてくれたので、俺は遠慮なくつかまって立ち上がった。
「メインコンピューターがシャットダウンして手動に切り替わったから、安定しないらしいわ」
まだ状況を把握していなかったが倒れたわけはわかった。
そうか、俺はやり遂げたんだ!
「この船、大丈夫なの? あたしたちはどうなるの?」
知世が不安そうに言った。
「心配しないで、あたしがなんとかする、命に代えてもあなたたちを戻すわ」
命に代えてもだなんて、それほど崖っぷちなのか?
「そう、同じ場所、同じ時間に戻れなければ、どこに転送されるかわからない、時空を超えてしまうかも知れないの、早く、集まって!」
ジューレの指示に従って、俺たちは部屋の中央に身を寄せた。
床からせり上がってきたコンソールパネルをジューレが素早く操作する。
これが転送装置なのか?
ほどなく俺たちは巨大な光に包まれた。それはあの時のよう、三本脚の鳥居の中央で体験したような光が俺たちを包んだ。
「迷惑かけちゃったわね、こんなことに巻き込んでごめんなさい」
ジューレは申し訳なさそうに俺たちを見つめた。
「でも結局、あたしたちって役には立てなかったけどね」
ちょっと悔しそうな知世、負けず嫌いなんだ。
「いいじゃない、帰れるんだから」
素直に嬉しそうな佳奈。
「あたしは感謝してるわ、弟に会えたんだもん」
望結は少し照れながら上目遣いに俺を見た。なんて可愛いんだ、こんな子が俺の……えっ? 弟? 俺が兄貴だろ?
どっちにしても俺は独りぼっちじゃなかったんだ!
「ありがとう、さようなら」
ジューレの最後の微笑み、数時間の付き合い、こんな美少女と二度と巡り合うことはないだろうと思うと心残りではあるけど、帰れるんだ、元の世界に。
そう思って、ホッとした瞬間、
バリバリ!
光の中に小さな稲妻が走った。
「なにが起きたの?」
知世が険しい表情で稲妻を見た。
無数の放電が、包んでいた光の玉を崩壊させていくように見えた。
「ダメ!」
ジューレは叫びながらコンソールパネルを離れて俺たちに近寄った。
同時に両手を広げて薄紫のバリアを広げた。
ジューレのバリアは光の玉を包み込み、崩壊を食い止めている。しかし、ジューレの表情は苦痛に歪んでいた。
「ジューレ!」
俺は叫びながら、彼女の方へ手を伸ばしたが、
「下がって!」
ジューレは鋭い視線で俺を止めた。
「念じるの! 元の場所、元の時間に戻るんだって!」
光の玉と薄紫のバリアを隔てて、俺はジューレを見つめた。彼女の瞳は美しいエメラルドグリーン、初めて会った時も見惚れてしまった宝石のような瞳、それは……。
思い出した!
やっぱり気のせいじゃなかった、前にも見たことがあるんだ。
この瞳は……。
「ジューレ!」
俺の叫びにもう返答はなかった。
ジューレの姿は、光に吸い込まれるようにして消えた。
いいや、消えたのは俺たちのほうなのか?
* * *
夢を見ていたんだろうか……。
とても長くて鮮明な夢。
映画の世界に迷い込んだような、すごい冒険をした。
宇宙船に転送されて、実は自分が異星人の末裔だと知って、双子の妹までいて。
そして、宇宙船の危機を救ったなんて……。
いいや! あれは夢じゃない!
目を開けると、佳奈が心配そうに覗き込んでいた。
その距離30センチ、まつ毛の先までハッキリ! なんて可愛い顔してるんだろう、って再び思ってしまったら、
「可愛いって、2歳も年下のくせに、生意気ね」
佳奈は冗談っぽく笑った。
まだテレパシーが使えるんだ。
意識を取り戻した時、俺たちは三本脚の鳥居の真ん中にいた。
「無事に戻れたの?」
知世が周囲を見渡した。
「元の場所のようね」
望結もホッとしたようだ。
「みんなぁ~!!」
その時、麻美が泣きそうな顔をして駆け寄った。
「ビックリしちゃったわ、急に消えちゃうんだもん」
そのままの勢いで知世に抱き着く。
「ずっと待っててくれたの?」
「ずっとって……?」
麻美は小首をかしげた。
「何時間も一人で心細かったでしょ」
「なに言ってるの? ほんの一瞬よ」
「一瞬?」
俺たちは1時間以上、もっとだ、3時間くらいは向こうにいたはずなのに、ここでは一瞬の出来事だったというのか?
「なんで消えたの? どんな仕掛けになってるの? これってドッキリ?」
矢継ぎ早に質問するが、簡単に説明できるわけもなく知世は困っていた。
「ちょっとズレちゃったようだけど、大丈夫なのかしら」
望結は正確に同じ時間に戻れなかったことに引っかかったらしいが、
「帰れたんだから、イイじゃない」
佳奈はそんな誤差、気にしていない様子。
「なにがあったの? あたし、訳わかんなかったけど、とにかくみんなが無事に帰れるように念じろって、あのおばさんが言うから」
そう言って、麻美が振り返ったそこには、
「お母さん……」
母が立っていた。
「なんで?」
母はゆっくり俺たちのほうへ歩いて来た。
「無事に帰れて、良かった」
目に涙をいっぱい溜めて……、そして俺を強く抱きしめた。
ちょ、ちょっとぉ、恥ずかしいじゃないかみんなの前で! と焦ったが、押し退けることは出来なかった。
「お母さんって? どういうこと?」
知世が訝しげに母を見たが、どういうことって聞きたいのは俺のほうだ。なんで母がこんな時間にこんなところにいるんだ? そして、俺たちがなにをしてきたのか知っているように迎えるなんて……。
「あたしを止めたのはこの人よ、みんなを追おうとした時、後ろから掴まれて転んじゃったのよ」
麻美が恨めしそうに言った。
「あなたたちを元に戻す為には、彼女の能力が必要だと思ったからよ」
母は抱きしめていた手を緩めると、そう言いながら俺を見つめた。
今は普通の黒い瞳、でもいつだったか、幼い頃、母の瞳がエメラルドグリーンに見えたことがあった。
(お母さん目、碧の宝石みたいだ)
って、俺が言うと、母は悲しそうに、見間違いだと否定したが……。
ジューレと会った時に感じたデジャヴはこれだったのか!
やはり気のせいじゃなかった、以前にもこんな目で見られたことがあるような、と思ったのは、あの時の母の瞳だったんだ。
じゃあ、母もやっぱり異星人の末裔。
いいや、それだけじゃないような気がする。
そうなんだ……。
「ジューレ……なのか?」
自分の口から出た言葉だったが、自分自身も信じられなかった。外見にジューレの面影はかけらもないのに、なぜそう思ってしまったのか……。
俺が母に向かってそう言ったのを聞き、
「ええーっ!」
3人は声を揃えた。
「ジューレって、なんでこの人が?」
望結は信じられないと言った表情で母を見た。無理もないだろう、金髪碧眼の美少女と中年の日本人女性とでは、あまりにも違い過ぎる。
母は笑みを浮かべながら、3人を順に見た。
「あの時、不安定で崩壊しそうだった転送装置を、あたしは強引にバリアで包んで阻止しようとした。その結果、あたしは引きずり込まれて、時空を超え、25年前のこの場所に転送されてしまったのよ」
「そんなことが……」
あの時、命懸けで俺たちを護ってくれた結果、彼女はスターシップにとどまることが出来ずに、一緒に転送されてしまったのか、それもタイムスリップまでしてしまって……。
「幸いあたしはウィルスの影響を受けずに地球上でも生きられた。300年前地上に降り立った調査隊員と同じく、地球に順応できたのよ。すぐに末裔である仲間も見つけられたし、姿を日本人に変化させ、あなたたちが生まれるのを待ったわ」
にわかには信じられなかった……超能力者ってすごい、そんな器用なことが出来るなんて!
「じゃあ、おばさんは、いえジューレは今回のことが起きるのを最初から知ってたってこと?」
望結の言葉に、母はフッと目を伏せながら、
「起こってほしくなかった、あなたたちが無事に帰ったところを見届けていなかったから……、もし、無事に帰還できなかったらと不安でしょうがなかった。だからいっそ、あなたたちが召喚されないようにと願っていたのよ」
「だから、俺が望結と接触するのを嫌がって、フィラギスのコンサートに行くのを反対したのか?」
望結が双子の妹だと知っていたんだ。それはそれで残酷な仕打ちをされたような気もするが……。
「ごめんなさい、でも、あなたたちが一緒だと能力の覚醒が早まるから、あえて別々に生活させたのよ、地球上では必要ない能力だから」
確かにそうなんだけど……。俺はメインコンピューターに見せられた残酷なイメージを思い出した。超能力を暴走させた俺が周囲の人たちを傷つける……。
「幼かったあなたに、あたしの目が碧く見えたのは、あたしの正体を超能力で見抜いたってことなのよ、それからはいつも不安だった、いつか望結と出会い、覚醒して、スターシップから送るあたしのテレパシーを受け取ってしまう。でも、それがいつ起きるのか聞いていなかったから」
「阻止しようとしてたんですか?」
望結が尋ねた。
「未来は一つの方向にだけ進んでるわけじゃないわ、だから、回避することも出来るんじゃないかと、危険な目に遭ってほしくなかったのよ」
「でも、それじゃ、おかしいことになるわよ、あたしたちが宇宙船に行ってあなたに逢わなければ、あなたは25年前の地球に転送されなかったし、今のあなたの存在は」
「無くなるでしょうね」
母は寂しそうな笑みを浮かべた。
「それでも、愛する息子を危険な目に遭わせたくなかったんだよ、お母さんは」
突然、話に割り込んだのは、ロマンスグレーの紳士だった。




