第95話
聖域に繋がるであろう入り口には、風が吹き荒れていた。
風の向こうからは怒鳴り声が聞こえてくる。
「この風は」
「本来は、《《気配》》を受け止められるようになったケンタウロスを清めて通す聖なる風が吹いていた」
プフェーアトは忌々しそうな声で言った。
「今は……《《気配》》ではなく《《悲鳴》》が聞こえる」
「《《悲鳴》》?」
「近寄るな、触れるな、そう言う……声だ」
「魔物どもが天馬をひどい目に遭わせている。そう考えていいか?」
「ああ。中の連中は一網打尽にして蹴り飛ばしていいか?」
「殺すなよ?」
俺はニッと笑った。
「サーラがキレてるから。多分守護獣として属性は違うけど仲は良かったんだろうな。アウルムにキレた時もそうだけど、彼女がキレたら止められないぞ。力づくで抑えることは出来るかもだけど、俺、サーラの恨み買いたくないもん」
「確実にひどい目に遭わされると言うんだな?」
「簡単には殺されないだろうなあ。サーラは炎。キレたらだーれも止められない。事実、さっきの実験室も一瞬で蒸発したし。いや、一瞬で終わらせないだろうな。いたぶるだけいたぶるね。ミディアムレアに焼き上げて美味しくいただくだろう」
「では、その前に蹴らせてもらうぞ」
俺が頷くと、プフェーアトは真っ先に風に突っ込んで行った。俺も続く。
辿り着いた部屋は、風が吹くほど広い部屋だった。通風孔でもあるのかと思ったが、そんなものはない。広い部屋のまん真ん中に一つの大きな土山があって、魔物どもがそこに群がっている。
「急げ! 守護獣は連れ出さないと!」
「ケンタウロスは?」
「ソルドたちが向かった!」
「くそっ、絶対ここに辿り着かないと思っていたのに!」
「生神がもう入り込んでいるぞ!」
「急げ! 移動だ!」
ががんっ!
岩を叩き割る音に、移動作業して気付かなかった魔物たちが飛び上がって驚き、恐る恐るこちらを向いた。
「い、生神!」
「グリフォンもいるぞ!」
「ケンタウロスまで!」
「焦るな! よく見ろ!」
怯えた顔を見せた魔物たちを一喝したのは、一番奥にいる大柄な魔物だった。
「生神とケンタウロスとグリフォン、《《だけ》》、しかいない! グリフォンはいい実験材料だし、ケンタウロスを連れて行くことも、生神を捕えて実験に使うこともできるだろうが! そうすればこっちは大出世! 神様直々に褒美が与えられるかもしれんのだぞ!」
魔物たちはパッと顔を開けた。
その目に宿るのは出世欲か? こっちが人数少ないと思って舐めてやがる。
敵に回した相手が生神だってこと、思い知ってもらわなきゃいけないな。
また、口角が上がる。
「神威【鑑定】」
きゅう、と魔物の指揮を執る魔物にピントを合わせる。
【鑑定結果:種族名/魔族ダークエルフ(闇魔術系) 固有名/オグロ】
魔族?
【魔族とは敵対勢力に属する死物の種族名の一種であり、下から魔獣、魔物、魔族、魔人と続く。そのトップに立つのが魔神であり即ち滅亡の神、敵対勢力の長である】
なるほどね。これまで出てきた魔物よりワンランク上ってことか。あのワー・ベアが言っていた通り、いよいよ上層部がお出ましになる事態なわけね。
しかし……オグロとかいうヤツ、俺を生きたまま捕まえようって考えてる時点で、頭が回るとは思えないなあ。
頭の中に浮かび上がったそいつのステータスに目を通して、俺は肩を竦めた。
「な……なんだ……? いや、私は魔族、魔物の上に坐する存在、それを生神が知って恐れ入ったのかもしれない。ならばそれを利用する価値はあるな」
……うん、考え事は呟かないようにしようね。思い付きが全部出てるから。
「うん、よし、私は偉い。大丈夫。出来る。これは神が私に与えたもうた機会だ。これを機会に私は魔人となり、神に傅く存在となるんだ。よし!」
どがっ。
うん、そりゃそうだろうなあ。ここまで考えてること口にして行動に移さない敵がいりゃあ、そりゃ俺だって蹴るだろうなあ。
後脚で蹴り飛ばしたプフェーアトは、くるりと体制を入れ替えて今度は前脚で魔族オグロを踏みつぶした。
「ぐぎゅ」
「魔族様が魔人様になっても俺は捕まえられないと思うけどねえ」
踏まれている魔族の前に座った俺の口角がまた上がる。
「な、な、わ、私の考えを何故……いや、神に近い存在である私が神と同系統の考えを持ってもおかしくない……」
「おーい、誰もこいつに、あんたは自分の考えを口にしちゃう癖があるよって教えてやんなかったのか? 可哀想に、自分の考え敵の前で喋っちゃった挙句不意付かれて潰されちゃったよ」
「へ? へ?」
逃げ出そうとわたわたしていた魔物たちが、俺から一斉に目をそらす。うん、多分、知ってて誰も教えてやんなかったんだろうな。人望ねーな魔族様。
「はい逃げんなよー? 逃げたら痛い目に遭う可能性が五倍増しになるからねー?」
オグロはプフェーアトに任せて、俺は魔物の群れに向かって歩いて行った。
多分、また、怖い笑みを浮かべているに違いない。
蒼海の天剣を握って、すたすたと歩いていく俺に魔物がエジプトの海のように割れていく。その中を俺とグライフが歩いていく。
土山に手を当てる。
ぐったりとした気配が感じられる。
「守護獣、天馬」
俺は声をかけた。
「俺の声、聞こえる?」
『聞……こえる……』




