第94話
「しゅ、守護獣です!」
研究者の魔物は悲鳴を上げた。
「ケンタウロスの研究が一通り終わったので、今度は、守護獣の実験をすると!」
「なっ」
プフェーアトが今度は2メートルを超える高さまで魔物の皆蔵を掴んで持ち上げた。
「我らが守護獣を、実験に、使うと?」
「は、はい! 封印し、いい具合まで弱って来たので、色々調査を始めようと!」
「あ~あ」
俺は溜め息をついた。
「そいつらはサーラに殺さ……もとい、締め上げられるな」
こんな近い場所まで来てしまえば、同じ守護獣である天馬の声を聞き漏らすサーラじゃない。きっとその声を聞く。サーラが乗りこめば……その場は灼熱地獄となるだろう。レーヴェやミクンも止めやしないだろう。
グイ、と炎の縄を引いて、悲鳴を上げる研究者を引きずる。
「どうする? 外で待つ?」
「外?」
「十人ほどの子供と、大人……成人してるかは分からないけど、大人が一人、いる。俺の仲間が出入り口を塞いでいる。この神殿の中は把握してるから、君たちを戻すことができる」
子供たちは顔を見合わせた。
「僕たち、大人じゃないから、足手まといになるよね」
「……ん、まあな」
こういう時口先だけの慰めを言っても意味がないのは知っている。そして、この子たちは現実を受け止めることができると思う。
「コトラ」
「ぅな?」
それまで床に転がされた魔物を軽く爪で引っかいたり鉤爪に引っ掛けたりしていたコトラとグライフがこっちを見た。
「この子たちをヤガリに預けて戻ってくる。出来るか?」
「ぅな!」
「ぐぅる……」
「次に子供が見つかった時はグライフに頼むよ」
「ぐぅるる!」
軽く魔物を蹴飛ばして悲鳴をあげさせて、グライフはコトラを見た。
コトラとグライフ、どっちが強そうに見えるか。
どうしたって足の太い子猫と成獣したグリフォン、見た目ではグライフに軍配が上がる。
「大丈夫だよ」
不安そうな顔をした子供たちに、俺は笑った。
「コトラは灰色虎だから。そこらの魔物なんて一掃できる。君たちを守りながら入口へ戻るなんて簡単な事」
「灰色虎?」
「山の獣?」
「そう。山の聖獣。大きくないから弱そうに見えるけど、強いよ?」
「大丈夫だ、外で仲間と待っていてくれ。オレたちはこんなふざけたことをした連中をとっちめなきゃならないからな」
プフェーアトの笑顔がダメ押しだったんだろう、子供たちは頷いて、ぅなぅな言いながら歩きだしたコトラの後についていった。
「灰色虎とは思わなかった」
プフェーアトが呟く。
「生神様が連れているからただの獣ではないとは思っていたが……」
「俺の神子でもあるから、神具でも持ち出さない限りコトラを倒せる敵はいないよ」
「空の獣がいささか気にしているように見えるのだが」
「だからお前のことはちゃんと信用してるって、グライフ。神子契約してないからって拗ねるなよ」
鷲の頭を撫でてやる。
「信用してるから、お前に残ってもらったんだ」
「ぐる?」
「ここにいるのは大地と風の守護獣だ。空と風の神獣であるお前とは近しいだろ?」
「ぐる」
「多分守護獣は弱っている。封印されて、こいつらが研究に使おうかって程弱ってるって言ってたろ?」
研究魔物を足で転がしながら俺は言う。
「風と空の神獣のお前なら、シンクロしやすいだろう。封印を解きやすいかもしれない」
「ぐる!」
任せろ! と言わんばかりにグライフは胸を張った。
本当は神子契約したいんだけど、アウルムが真っ当に育ったら、その証として彼女に戻してやりたいと言う気持ちもある。だから主従契約は結んでいるけど神子契約を結んでいないと言うのがグライフの中途半端な立場。
俺は炎の縄をプフェーアトに渡し。端末の画面を見た。
本道を通る子供たちとコトラの周りに光点はない。サーラたちの光点がもう一つの光点が多い所に向かっていく。
「こっち側に来る奴はないな」
「仔馬を取り返されたことに気付いたのだろう。まだ捕えている仔馬や大人を連れて逃げようとしてるんだろうな」
「そこでサーラに潰される、と」
サーラたちの光点は、光点が集まっている場所のすぐ傍から動かない。そして、光点が数体ずつ現れては、消えて行ったりサーラの光点の傍で動かなくなったり。多分、そこにいるケンタウロスを連れ出そうとやってくる魔物たちを陰で待ち伏せて、一体ずつ捕まえて締め上げてるんだろう。サーラのしゅうね……もとい、怒り……もとい、もとい……ダメだ、俺の少ない語彙力では今のサーラの感情を表現できない。
「じゃあ、守護獣の方に行こう。きっと、封印されてるっていう守護獣も持ち出されようとする可能性がある」
「封じられた守護獣が、無理やり移動させられたらどうなるか……」
「移動させたらダメ、アウト」
俺はヘルプで調べて首を振った。
「守護獣が封印されるのは、自分の意思と強要の二種類あってね。その地の龍脈……って通じたかな、とにかくエネルギーラインに身を浸し同化してんの。そこを無理やり引っぺがされたら、守護獣のエネルギーラインもぷっつり切れる。おしまい」
「連中はその事を知っていて……?」
「研究に使う、って言ってたから、この世界にまだいるであろう守護獣を破壊の為に目覚めさせようと言う研究に使われるかも、な」
「……許せん」
プフェーアトが低く唸った。
「行こう、生神様。我らが守護獣への無体、許せぬ」
「ああ」




