第87話
三人は端末の画面をまじまじと見つめていた。
「この辺りはプレアリーの縄張りだ」
「ここは雨季に川が出来て、洞窟などない」
「ここは一面草原で、建物などない」
ていうかこんな草原にケンタウロスの住む建物あるんだろうか。見た限りないんだが。
こっそり頭の中でヘルプ機能を展開。端末に出たらどうしようと思ったが。ちゃんと頭の中に出てきた。
【ケンタウロス族は基本屋外で立って眠る。雨季などは水に浸からない高地を縄張りとして選ぶ】
サバンナみたいなもんかな? サバンナにいるのはシマウマだけど。ていうかほんとケンタウロスは本能のままに生きてる。ある意味理想だなあ。自然と共に生きている、か。そう言う人間なんだな。
「ん? ここは……」
パールトさんがふと指を止めた。
「プフェーアト。この辺りは……」
「……ああ。だが、まさか」
「どうしたんです?」
「ここはケンタウロス族は滅多に近付かない場所だ」
パールトさんは、北の果てを指した。
「何で近付かないんです? 戦争でもあったとか……」
「いや、逆だ」
カルさんが首を横に振る。
「ここにあるのは、我らが神殿だ。ケンタウロスの守護神と守護獣が共に奉られている。だが、ケンタウロスがこの神殿に行けるのは一生のうちに、二回だけだ」
「……成人の旅?」
「何だ、知っているではないか」
「いや、彼女が」
俺はレーヴェを指した。
「成人の旅をしているケンタウロスに昔出会ったと言っていて。それを覚えてただけ」
「では、一から説明せねばなるまいな」
カルさんはこほんと一つ咳払いして、語り始めた。
曰く。
ケンタウロスは、成人に認められたその日に、『我らが神殿』へと向かう。ケンタウロスには誕生日や成人と言う感覚はないのだが、あの《《気配》》で自分が親元から離れる時が来たと知る。そして神殿へ向かう。ケンタウロスはその日を迎えるまで神殿の場所を知らないが、あの《《気配》》がケンタウロスを導くと言う。神殿でケンタウロスはこれからもケンタウロスとして生きていくと誓う。そうすると、神から使命が与えられるのだ。使命の内容は、与えた神と、受けたケンタウロスしか知らない。ただ、その使命を「成人の旅」と呼び、世界を駆けて使命を果たし、再び神殿に戻る。そうして、ケンタウロスは成人と認められて草原に戻れるのだ。
「じゃあ、三人とも成人の旅を……」
「いや、オレたちは半端者だ」
悲しげな顔をしたプフェーアトさん。
「ある時を境に、成人の旅にあるケンタウロスに、《《気配》》が来たのだ。旅を終え、故郷に帰れと。《《気配》》はオレたちにとって絶対だ。だからオレは草原に帰った。同じころに旅をしていたそれ以来、草原に呼ばれるケンタウロスはいない。カルも同じだ。パールトだけがギリギリで旅を終え戻ってきたが、あの時以来、成人の《《気配》》は誰もしなくなった。草原は少しずつ荒れて行って、大人も少しずつ減って来て、オレたちのようば大人に成り損ないのケンタウロスと仔馬だけが残っている。そして仔馬も減っていく」
「減っていくって」
「ケンタウロスは成人の旅を終えないと仔を残すことができないのだ」
俺はひゅっと息を飲んだ。
それじゃあ、ケンタウロスは種族の存続の危機に晒されてるんじゃないか。
「神殿に調べに行こうとか、考えなかったんですか?」
「ケンタウロスにとって使命と神殿は絶対だ。《《気配》》もないのに神殿に行くなど……」
「ケンタウロスさんって、神様の声が聞こえるんだね」
それまでグライフの上で黙って話を聞いていたアウルムが口を開いた。
「ほう? フェザーマンにそう言われるとは思わなんだ。神の声を聞けると言い神に愛された種族と言うフェザーマンが」
パールトさんの言葉には明らかに皮肉が隠されていた。フェザーマンの話を色々聞いているんだろう。旅を終えて戻ってきた《《大人》》なら。
だけど、アウルムは気付いた様子もなく続けた。
「わたしには神様のお声は聞こえない。でもケンタウロスさんたちは、神様の、やっていいとか、やっていけないとか、そう言う声を聞けるんだね。すっごい。すっごい。すっごいよ」
皮肉に気付かれず真っ直ぐに返されて、パールトさんは複雑な顔をした。
「神殿って、どんな形をしているのか、それを教えてくれないか?」
「……洞窟だ」
しばらく悩んだ後、パールトさんは言った。
「教えてくれるんだ。……もしかして、《《気配》》?」
「……ああ。全員に帰草の《《気配》》がしてから、《《気配》》が吾輩たちに下ることはめっきり少なくなった。ケンタウロス狩りが起きて、それでも《《気配》》はしない。だが、唐突に、《《気配》》がしたのだ。吾輩たちが、お前たちに頼らなければならないと言う《《気配》》が。だから話した」
「ケンタウロス族の守護獣は?」
「風と大地の守護獣、天馬」
俺の問いにすかさずサーラは言った。
「ケンタウロスたちに《《気配》》がしなくなったのは、恐らくは《《飽きた日》》だ。神がモーメントを見捨てると決めた日。だが、守護獣は残っている。天馬は恐らくは神殿で、封じられている」
「何故それが分かる!」
「私が守護獣だからだ」
サーラはあっさりと言った。
「岩と炎の守護獣、火蜥蜴」
「おい、サーラ!」
「天馬はまだ在る」
真剣な声で、サーラは言った。
「《《気配》》は、天馬がケンタウロスに与えた恩寵だ。それが我々が来た途端下ったと言うのは、恐らくは天馬の救いを求める声。天馬はケンタウロス族を滅ぼすことが望みではない」
「守護……獣、だと」
「ああ。真実の姿は見せられん。私は炎の化身。姿を現せば草原を焼き払いかねん。だが、ケンタウロスの守護獣を知っていることで察してくれるか」
「あ……ああ」




