第85話
「でも、サーラ」
俺が力を振るうところを見られたら、ケンタウロスに俺の正体がバレてしまう。生神が来たと分かれば、ケンタウロスに何か影響は出ないだろうか。
「ケンタウロスの諸君。幾つか聞きたいことがあるがよろしいだろうか」
サーラの声に、ケンタウロスたちは一斉に彼女を見た。
「何だ、ヒューマンの女」
「君たちはケンタウロス狩りに捕らえられた場所を正確に覚えているだろうか」
「無論だ。あの場所は我々の縄張りだ。草原に戻れば簡単に案内できる」
「あと、頭に袋を被せられてから、それを外されるまで、どのくらい時間がかかったか分からないだろうか」
ケンタウロスたちは考え込んで。
「うーむ……。そうだな、巨犬木から奥の岩までオレの足で並足で行ったくらいか」
さっぱり分からん。ケンタウロスの人種に時間感覚ってのはないのか。
「ふむ……場所は絞れるな」
サーラにはこれで分かるのか? すげえな。
「シンゴ、地図を出してくれ」
「え? それはミクンが」
「お前の持っている地図だ」
俺の持っている地図って……。あ、端末か?
マントの内側に手を突っ込んで、荷物の中から取り出したように見せかけて端末を出す。地図を開くと、やはり行っていないここから東は真っ黒のまま。
何が分かるんだ?
(お前、神の力というものを深く考えていないだろう)
どえっ、サーラ!
(目の前にいるのにいきなり心の中に話しかけてくるのやめてくれ!)
(こういう時に使わずして何の神威だ)
呆れた空気が伝わってくる。
(お前が端末に頼らないと神威を発揮できないのは、お前が自身の力を把握できていないからだ。お前の力は空気のようなもの。風にも刃にも凍えにもなる。だが、空気を動かす方法が分からないからお前の世界で言うせんぷうき? や、えあこん? みたいに限られた力しか使えないのだ)
(お説教はいいから。何が言いたいんだ?)
(捕らえられた場所は特定できる。運ばれた……移動時間も推定できる。端末を使えば、その歩くスピードを計ることもできる。そして目的地は洞窟のような場所だったという。洞窟があるような崖や、丘、あるいは地底……草原では限られてくるだろう)
納得。
それにしても多分全世界の生神が苦労しているだろうなあ。昨日まで普通の人間、死んでいきなりあんたは神様と言われて別世界に派遣されて、分からん力を渡されて、さあ世界を救えと言われても困るだろうな……いや、救えって言われたら救っちゃう人間を選んでる可能性もある。俺もそう言う人間だし。おじさんなんかも亡くなってから何処かの世界で一生懸命生神をしてるかも知れない。
「では、取り合えずケンタウロスの草原へ案内してもらえるか」
「我らがプラートゥム草原へ案内しよう。ああ、名乗るのを忘れていた」
栗色のケンタウロスが言った。
「オレはプフェーアトだ。助けてくれた礼を忘れていた。感謝する」
褐色のケンタウロスが名乗る。
「吾輩はパールト。吾輩たちを案じてくれたに疑ったこと、申し訳ない」
灰色のケンタウロスが最後に言った。
「我はカル。我らの為に力を貸してくれること、深く礼を言う」
ケンタウロスたちは深々と頭を下げた。
それからのスピードは速かった。
俺がプフェーアトに、レーヴェがパールトに、ヤガリがカルに跨る。ブランに背負わせた荷物をケンタウロスに振り分けて、ブランはコトラと一緒に走る。コトラはともかく、坑道暮らしで足が遅いかと思っていたアシヌスは、意外と荷物がなければケンタウロスと並走できるスピードを持っていた。
ケンタウロスは何処から連れてこられたか分からないが、草原の方角は分かると言った。草原の匂いが微かにする、と言うのである。すげえ。
しかし……尻が……痛い。
どからんどからんと地面を蹴るケンタウロスの上半身にしがみつくので精一杯、しかも背中は激しく上下するので尻が浮いては叩きつけられで困る。
「少し速度を落とすか?」
プフェーアトが言うのに、俺は「いいや」と首を振る。
「スピード、が、命、だ」
「なら、あのエルフの真似をしろ。馬の正しい乗り方を知っている」
胴体にしがみついて、並走するパールトとその背のレーヴェを見る。
レーヴェは微かに腰を浮かせ、太ももで背中を締め付けて、リズムに合わせて馬を上下させている。
上手いな。馬だけに。
って考えてても仕方ない。俺も何とか真似をする。
少し、尻へのダメージが減った。
だけど今度は足に……!
自在雲さえ使えれば、ケンタウロス以上のスピードで草原移動できるのに……いやいや人前では神具や神威は控えるって決めたんだった……でもこの揺れは現代日本人には無理っぽい……免許のいらないバイク代わりって言われてもバイクすら乗ったことない俺には厳しい……基本自転車乗りでした……。
どからんどからんと走っているうちに、少し揺れが減った。
「ん?」
「分かったか。草原に入ったのだ」
見回せば。
丈の長い草が生い茂る、広い広い、ハーフリングの草原なんか目じゃないってくらい広大な景色があった。
「すげ、え……」
「そう、これがオレたちが生まれ、死んでゆく地、プラトゥーム草原だ」
一応世界滅亡の危機に瀕しているだけあって、低木はほぼ枯れ果てていて、草も横倒れになっているものが多い。だけど、ケンタウロスの驀進で慌てて逃げていく獣の姿も見えるし、まだ緑も残っている。
「東の、方が、被害が、多い、のかな?」
「東はひどいと聞いているが、本当なのか?」
「ひどかっ、た。大樹海、は、ほとんど、腐って、たし、無窮山脈、も、禿山、に、なってた。ビガスは、キガネズミ、に、やられて、アムリア、なんて、ほとんど、生きてる、のが、奇跡って、人間、しか、見な、かった」
「そんなにひどいのか」
プフェーアトは重く息を吐いた。ちなみに、俺の言葉が途切れ途切れなのは、草原に入って少しマシになったとはいえ疾走し上下に揺れるプフェーアトの背中に揺られまくっているからだ。
「では、プラトゥームはマシな方か。まだ食べるものも獣も残っている」
「だけ、ど、ケンタウロス、狩り、なんてのが、あったら、マシ、とは、言えない」
ぜーはーしながら俺は何とか言葉を紡ぎ、プフェーアトも頷く。
「ケンタウロス族の問題なのだからオレたちが解決すべきなのだろうが、何かこう、嫌な気配を感じるのだ。お前たちの力を借りねば到底対応できないと言う気配」
「気配?」
「そうだ。他の人間に言っても分からない、オレたちの感じる、《《気配》》、としか言いようのないもの。フェザーマンが神の声を聴くように、オレたちは気配を感じる。理屈ではない、それに従うのが一番いい結果を導き出せる」




