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第80話

「ごはんの前には手を洗わないとだめですよー」


 アウルムがニコニコ笑顔で言って、球体の水の塊を出した。


「お?」


「ほう、水か」


「ありがたく使わせてもらう」


 ヤガリが水球の下に手を差し出すと、水が勢いよく流れる。


「なるほど、これが翼魔法フェザー・マジックか」


 レーヴェが感心したように水球を見る。


「翼魔法?」


「フェザーマンが使う魔法大系を翼魔法と言う。特徴としては自然の精霊をそのまま実体化して呼び出すことだな。水の精霊を呼び出して、その水を自在に使えるなんて他の魔法だと神魔法ゴッド・マジックしかない」


「へえー。神威とは違うのかな」


「シンゴ、神の力を人間の魔法と一緒にするな。確かに神の力を借りる神魔法はヒューマンやエルフ騎士の得意技だが、シャーナのような癒し、私のような守りだけではなく、神威は神自身が目的をもって地上に何かをもたらすもの。しかも何らかの代償や誓いを必要とする魔法と違って、神威は望む限り疲れもしないで使い続けられるじゃないか」


「やっぱそれって俺が生神だからだよな」


「自覚なしなのか?」


「そうだ、神が地上に影響を与える時に使う、それが神威だ。神の意志そのもの。このモーメントをどうとでも創り変えられる力、それが神に方向性を与えられることで、神威となる」


「お姉ちゃん」


 小さな声が、サーラの言葉を遮った。


「……手」


「なんだ」


「……手、洗わないと、ダメ、なんだよ?」


 幼いアウルムの言葉に一瞬サーラは目を細めるが……。


「ああ、そうだな。忘れていた。水を借りる」


 少し笑みすら浮かべて、水球が流す水に手を突っ込んだ。


 俺もびっくりしたけど、レーヴェやヤガリも驚いてるし、何より言ったアウルムが一番驚いていた。


「……? どうした」


 手を洗って布で拭いたサーラに、ミクンはパチパチパチ、と手を叩いた。


「それでいいよサーラ。今のはアウルムが正しいし、その通りにしたサーラも正しい。アウルム、よく言えた」


 て言うか食事の前に手を洗うなんて文化が残っているとは思わなかった。なんせほぼ滅びかけた世界、俺が【再生】するまでは水もまともなのがない以上、食事の前に手を洗えばかえって雑菌が増加しそうな気がする。


「翼魔法で水の精霊を使ってまともな水を得ていたわけだ。フェザーマンの生き残りが意外と多いのに驚いたが、翼魔法で精霊を実体化させて利用できることを忘れていたな。シンゴも奈落断崖で【再生】を使う必要はなかっただろう」


「ああ、そう言えば」


 ハーフリングが絶滅しかけてたこの世界で、フェザーマンは厳しい住環境なのに結構大勢残ってた。それはこの魔法のおかげか。


 しばらく、【再生】したパンと干し肉と燻製魚しか食べてない気がする。これって健康的にどうなのか。野菜を取らなきゃダメなんじゃないかと主夫歴イコール親が死んでからの俺なんか考えてしまうんだが。


 そこに。


「せっかくまともな水があるんだ、たまには贅沢も悪くない」


 サーラはアウルムの水球からミルクパン一杯の水を受け取ると、ミルクパンを自分の膝の上に置いた。


「?」


 アウルムがきょとんとしてるが、実はそれ俺たちも同じ。何してるんだこの人……じゃなかったっけ、この守護獣。


 と、思っていたら、ぽこ、ぽこと泡が出てきた。火の守護獣が温度をあげているんだ。


「ねー。それ、膝の上に置く必要あんの?」


 ミクンが思わず呆れ顔。


「せめて手とかさー」


「手はこれから使うのだ」


 サーラが取り出したのは握り拳大位の何かが入った麻袋。


 ふつふつと湧いてきたお湯の中に、麻袋を突っ込む。


 ふわん、と甘い香りが漂ってきた。


「何だこの香り……いい香りではあるんだが……」


 ヤガリが鼻を鳴らす。コトラやブランやグライフもその香りに誘われてうっとりと目を細めている。地球のどこででも嗅いだことのない、甘いだけでなくちょっと刺激を与える香り……。


「もしかして、香茶か?」


 レーヴェが目を見開いた。


「ああ」


「大樹海が腐る前からビガスの香茶は高級だったという。何故そんな貴重品を……」


「シンゴがビガスで田畑を【再生】した時に」


 サーラは膝の上で鍋を回すように揺らしながら答える。


「香茶畑も【再生】したんだが、今は穀物が絶対必要。香茶は根から掘り出されて残った葉も捨てられるところだったのを、私が少々頂いた。昔から、ビガスの香茶は素晴らしいものだったからな」


「火事場泥棒?」


「それだけの報酬は置いてきた」


 ミクンの言葉にすらっと返すサーラ。サーラの報酬って何だろう……。


「……捨てられるものを拾ってきたのであれば、まあ、火事場泥棒とは言わないのではないか、ミクン」


「レーヴェは香茶を飲みたいだけでしょ」


「う」


 絶句したってことは図星だったらしい。


 確かにいい香りだよな。何て言うか、ブドウとバナナにバニラビーンズをさりげなく加えたような……口の中が勝手に甘くなる香りだけど、それを強調せずにさりげなく香るのはいいね。


「ビガスの香茶か。ドワーフには縁のないものだ」


「縁があるだろう、守護獣の私が愛飲していたのだから」


「知っていたら神鉱炉に香茶を捧げていた……っ」


「それぞれカップを出してくれ。これ以上火を通すと香りが飛ぶからな」


 全員平等に……コトラやグライフやブランにも飲み水の中に数滴たらして……香茶を飲んだ。


「灰色虎やアシヌスやグリフォンも、飲むんだ」


「元は身体健康の為に飲まれていた薬品だからな。煮だした葉を天日に当てて乾燥させると良い傷薬になる」


「へえー」


 口に含むと、予想より抑えめの甘さ。ちょっと塩味があって、それが逆に甘さを醸し出す。


 しばらく空を見上げていたいと思わせるほど柔らかな喉濃し。


「……美味い」


 本当に美味いもん口に入れた時って、そうそう言葉出ないよな。

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