第73話
ダンガスさんと俺が原初の神殿に着いた時にはまだエルフもドワーフも来ていなかったので、俺は中庭に向かった。
きゃあきゃあと笑い声。
少し大きくなった小灰色虎と、小アシヌスと転げ回って遊んでいる三人の子供。
「やあ」
「あっ! お兄ちゃん!」
「ビガスを助けてくれたお兄ちゃんだ!」
わちゃわちゃと寄ってくる三人と、その後をついてくる神獣。
「はいお兄ちゃんだよ。今日はお土産を持ってきた」
お土産? と目を輝かせてくる三人に、それぞれセーターと革靴を差し出す。
「これ……」
「おかーちゃんの匂い、する!」
スィンとフィリャが目を輝かせる。
「これ、おんなじだ……」
イリスがじっと靴を見て、そして足に履いているボロボロの靴と見比べる。
「おとうさんが創ってくれたのとおんなじ! でもこっちの方がピカピカしてる!」
「何で? おなじ匂いなのに、何でこっちがほわほわしてんの?!」
子供たちが着替えたがらない、と嘆いていたシャーナの、その理由が分かった。
生きていくのがギリギリの中で、それでもある中で一番いいものを使って作った、親の愛情たっぷりの服と靴。それが、嬉しかったんだ。
「そう。マトカさんとアンガスさんに頼まれて持ってきた」
「おかーちゃん、来ないの?」
「おとうさんは来てくれないの?」
「みんなは、ビガスで、一生懸命畑を耕して、みんなが自分たちでお腹いっぱいになれるように頑張ってる。もうちょっと外が安全になるまで、待っててくれって。これはいい子で待っていてくれているご褒美」
靴とセーターを見て、三人は聞いてきた。
「これはおとうさんやおかーちゃんが作ってくれたの?」
「ああ」
力強く頷くと、子供たちは喜んでセーターを抱きしめてくるくる回ったり、靴を履き替えてステップを踏んだりしていた。
「よし。もう少し、いい子で待てるな?」
「うん!」
破顔一笑、頷いた三人に笑い返して、俺は中庭を出る。
そこにナセルさんとメーディウスさんがいた。
「可愛らしいですね」
ナセルさんが子供たちにつられた笑顔で言った。
「あの子たちは?」
「ビガスから逃れてきた子供たちです」
滅亡寸前のビガスからここに辿り着いた家族の子供で、ビガスが安全になるまで預かってほしいと頼まれた、と手短に説明する。
「うちにも預かって欲しいのがいるんですが……」
ナセルさんは苦笑した。
「あの無垢な笑顔を見習えと言いたいですね」
アウルムさんね。
「あの子たちは片親らしいです」
俺はセーターと革靴を変えて中庭で走り回っている子供に目をやった。
「それでも、ビガスの大人たちは、子供のいる家族を優先して逃がしたと言います。たくさんの愛情を受けて真っ直ぐに育っています」
「愛情を受けて育ったはずなのに……」
ほう、と灰色の瞳を伏せてメーディウスさんは溜め息をついた。
「同じ愛情だったはずなのに、何故ここまで差が出来てしまったのか……」
「受け取り方の違いなんじゃないかな……ダンガスさん、お孫さんと子供たちに会わなくていいんですか?」
「ああ、それはいけません」
子供たちに見つからないよう物陰に隠れていたダンガスさんは小声で手を振った。
「私が出て言ったら、スィンとフィリャは哀しい思いをするでしょう。イリスだけ喜ばせてもいけません、三人が笑顔で走り回れる地域にするのが私の仕事です」
「ご立派だ、ヒューマンの民長殿」
ナセルはそう言うと、ダンガスさんの前に歩いて行って手を差し出した。
「フェザーマンの長、ナセルです。公の為に私を堪える、その姿勢は素晴らしい。見習わせてください」
「何と、フェザーマンの長ともあろうものがこんな年寄りに頭を下げずとも……。こちらこそよろしく、空の一族に会えたのは光栄です」
そこに、エルフの長フィエーヤさんと無窮山脈の鉱山長ヴェルクさんが到着したので、俺たちは場所を礼拝堂に移して話し合うことになった。
「で、我々を聖地から連れてきた理由は」
「相変わらずだなエルフ! 己がこの会議の主とでも言わんばかりに!」
フィエーヤさんの言葉尻にヴェルクさんの声が被さる。
「怒鳴らないでください」
この二人の怒鳴り合いを見ていると、レーヴェとヤガリが仲がいいのが奇跡なのだと思う。特にヤガリがあまりエルフの言動を気にしないタイプだからよかったようなものの。
……そう言えば無窮山脈で会ったときはレーヴェが一方的にケンカ吹っ掛けてたな。ヤガリがキレイにスルーしてくれたから助かったけど。
「これは、この世界の再生・再建に必要な、異種族同士の協力を求める会議です。フィエーヤさんもヴェルクさんも、これでケンカを起こしたら、自分の一族を貶めることになりますよ」
「ぐ……」
「……う」
エルフとドワーフの言い争いが収まって、そして俺はあることに気付いた。
「初対面ばかりですから、それぞれ皆さんに自己紹介してください。……ケンカはなしで」
「大樹海の森エルフの長、フィエーヤ・シンニョーレだ」
「ビガスの民長、ダンガス・ビガスと申します」
「無窮山脈の鉱山長、ヴェルク・ムヌーク」
「フェザーマンの長、ナセル・プテリュクスです」
シャーナがワインを四人の前に置いた。
「ああ、ありがとう」
「久々ですね、ワインなんて」
「生神様が再生してくださったものですわ」
シャーナはにっこりと微笑んだ。
「できればビガスでこれが作れればよろしいのですけど」
「しばらくは無理ですなあ」
シャーナとダンガスさんが笑い合う。
そのままシャーナは下がり、代わりにレーヴェとヤガリ、サーラとメーディウスさんが入ってきた。
「生神様の神子、騎士、レーヴェ・オリアだ」
「無窮山脈、神子、ヤガリ・デイ」
「フェザーマンの巫女、メーディウスにございます……」
「サーラだ」
最後に入ってきたサーラを見て、フィエーヤがその美しさに絶句し、ヴェルクさんが目を見開いた。
「守護獣様!」
「守護獣?!」
「ああ、無窮山脈で炎水を守る守護獣様が、生神様のおかげでお目覚めになられ、そのまま生神様と契約を結ばれたのだ。俺たちドワーフにとっての守護獣でもある」
「フィエーヤさん」
苦虫を噛み潰したような顔をするエルフの長に気付き、俺は声をかけた。
「守護獣が今ここにいようといまいと、その種族が貴ばれることも貶められることもないんですよ。人間と呼ばれる人種は、ここにいないハーフリングも含めてすべて等しいんだ、そして、そうでないとこれから先、生きていけない」




