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第67話

 千メートルもの断崖絶壁。そのあちこちに、穴が空いている。


 あれが住居……。


 そうか、足が弱いから、平地に建っている家には入りにくいのか。


 確かに、フェザーマンは他種族と一緒に暮らすには向いてないなあ……。


 グリフォン五体が並んではいれる程デカい穴に、俺たちは着陸した。


 狭い穴だと思っていたけど、実際はかなり広かった。


 それもそうか、あんな大きな翼を持っていて、足が弱いから飛ぶしかない一族が生きていくには、翼がぶつからないくらいの広さがなければ無理だろう。


 翼を広げて俺たちの案内するナセルさんも、翼が俺たちにぶつからないように気を使って飛んでいた。


 ドアも何もない廊下を歩いていくと、開けた場所に出た。


 原初の神殿にあったのと同じ、円と十字を組み合わせたシンボル。始まりの神に捧げられた証と言う。


 その前に、フェザーマンの女性が一人、座っていた。


 翼は力なく下に垂れている。


 俺より年上に見えるが中年と言うほどでもない女性が、膝をつき、頭を下げた。


「生神様……」


「巫女のメーディウスです」


「は……初めまして」


「どうぞ、顔をお上げください」


 メーディウスさんは静かに言った。


「私は巫女です。神が巫女に畏まる必要はございません」


「は、はあ」


「しっかりしろ、シンゴ」


 サーラが背中をバシッと叩いた。


「仮にも生神が頭を下げて回る必要はない」


「いや、分かってんだけど……」


 地球の日本で周りの人間は全員上の立場だったから、……自分のことを卑屈とは思わないし、おじさんも「無理に頭を下げる必要はない」と教えてくれたけど、俺の為に何かしてくれる人、敬意をもって接してくれる人を相手に頭を下げるなって方が無理だろう。


「すまん、巫女殿」


 サーラが頭を下げた。


「この生神は今一つ自覚が足りないんだ。生神と言う立場をのんでかかることができない。だからどうにも腰が低くなる。あまり気にしないでくれてもらうとありがたい」


「ええ、分かっております、守護獣様」


「ほう」


 サーラが感心したように息を漏らした。


「一目で私を守護獣と見抜いたか」


「ええ。燃え上がる焔。無窮山脈の守護獣様。貴方の御声は解き放たれた溶岩の如く届きました」


「ふわあ……」


 ミクンが感心している。


 確かに、今まで、俺が端末を使うところを見もせずに、サーラが何か力を振るうこともなく、こっちの正体を見抜いた人間はいなかった。とは言え、俺の正体に辿り着くものがまるでないわけではない。俺には、常に着ている白き神衣と、透過のマントがある。見る人が見れば、これが神具なことは分かる。神具を二つも着ている人間がまともな人間ではないと判断するのもおかしくない。今まで俺たちがそう言う【スキル】を持っている相手と出会っていないということもあるだろうけど、生物を読み取るハーフリングにすら悟らせなかった炎の気配をメーディウスさんは一目で見抜いたんだ。


「そうか、前の生神がフェザーマンに与えた神との繋がりの証……かつて神子だったフェザーマンに生神が与えた、神と繋がる力。貴方は、その末裔なのだな」


 ?


 きょとんとした俺に気付いたんだろう、サーラは思念で教えてくれた。


(リザー家……シャーナ・リザ―と同じだ)


(え?)


(リザー家は生神に仕えるために最後まで生き残る義務を課せられた。それとは反対に、前の生神に最後まで仕え通した神子のフェザーマンが、最後の褒美としてその一族の血に残した神威。それが神との距離を近付けた。フェザーマンを神秘の一族とするのはその為もあった。遠い昔の話で忘れていたよ)


 サーラが遠いって言うなら相当昔の話だなあ。千年以上の単位だろうなあ。万年かも知れないなあ。


「その通りです、生神様、守護獣様、そして神子の皆様方。私の先祖はかつて生神様にお仕えし、世界再生をお手伝いした神子。その功績を称えられ、神子の血筋の女に神を感じる力を与えられました。フェザーマンは常に神に見守られている……それがフェザーマンの生きる縁になりました。こんな断崖絶壁で暮らすしかできない私たちに、見守ってくれていると感じさせて下さる……」


「だが、世界が破滅に向かいだしてから、貴方の力では神を感じられなくなったのではないか?」


「……はい」


 少しためらって、メーディウスさんは頷いた。


「ですが、私は言えませんでした……。神がフェザーマンをお見捨てになったと、どう話せばいいのでしょう。その間にも、奈落断崖は崩れつつあり、神の御声を聞かせろと何人ものフェザーマンが押しかけて……私は何も言えず……多くは神はフェザーマンを去ったと言って、ここから消えていきました」


「何処へ?」


「グリフォンの翼に乗って、高みへ、高みを目指して」


「それって……神のいる世界ってこと……?」


「フェザーマンは神に愛でられた一族。ならば、扉を叩けば開かれる、彼らはそう言って、飛んでゆきました……」


「……無駄なことを」


 サーラは低く呟いた。


「神界とモーメントは、重なり合って存在している二重世界……そして決して交わらない世界。フェザーマンが神秘の一族と言っても、神界への扉を出入りできる人間は、神子、あるいは、神に認められた人間だけだ」


「ええ。でも、自分たちはフェザーマンだから、と……」


「……思い上がりだ」


「サーラ?」


「なあミクン、お前に聞きたい。お前は神子だ。望めば神界の扉も開かれるだろう。モーメントに何もなくなった時、お前は、一人で、神界に行きたいと思うか?」


「なんで?」


 ミクンは首を傾げる。


「何もなくなったって言っても、大地が、海が、空が、全部消えたわけじゃないんでしょ? また草原が腐って、水が濁って、パンがひどくまずくなって、獣一匹いない世界になったとしても、あたしの世界はここだもん。それに、世界からあたし一人助かったって、意味ないじゃん。違う世界で、あたし一人っきりじゃん。仲間いないじゃん。一人になるのも嫌だし仲間を見捨てるのもヤダ。思い出は全部モーメントにあるもん。モーメントで生まれたんだから、モーメントで精いっぱい頑張って生きていく。それが、あたしの希望」


「その通りだ」


 サーラは大きく頷いた。

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