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第58話

 焼け落ちた陣営を出ると、レーヴェ、ヤガリ、コトラ、ブランがゴブリンを残らず掃討した後だった。


「全部倒した」


 ヤガリがさすがに息を切らせながら、俺にそう報告する。


「ありがとう」


「察するに、サーラが飽きたか?」


「そんなもんかな。身の程知らずのゴブリンがサーラに手を出そうとした」


「あー」


 ヤガリは悟ったように頷いた。


「それはだめだろう。おれでも斧を振り回す」


「で、情報は手に入ったのか?」


「今は待つしかないとしか」


「待つ?」


「滅亡の神の声を聞ける魔族が、【再生】した世界を再び破壊しに現れると。それ以上のことは」


 レーヴェもあっちからやってくる。


「あちらの方は掃討したぞ」


「ああ、ありがとう」


「どうした」


 不審な顔をするヤガリ。


「……ああ、いや」


 俺は気になっていたことを口にした。


「この世界では魔族とか魔物とか……ってのには人権? っていうものはないのか?」


 あれだけの酷いことをアルクトスにやったのに、それを見ていたミクンはどうとも思わなかったらしい。けろっとした顔で話を続けられた。


「人権?」


「あ……人権って言葉はないか。じゃあ、生物として認められてない?」


「それはないな」


 レーヴェもバッサリ。


「奴らは似たような姿をしていたとしても、まったく違う生物だ。奴らとは共存できない。奴らは人間を殺すために存在している。奴らに手を差し伸べるのは、生物全てと敵対すると言っても過言ではない」


 ……でも。


 ワー・ラットを殺した時も思ったし、アルクトスを痛めつけていた時も思ったけど、やはり言葉が通じて意思疎通できる相手を痛めつけるのは罪悪感が身を苛むし、殺すと何か糸が切れたような感覚がする。


 これは、俺がこの世界の人間じゃないからか。


 俺は自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにして溜め息をついた。


「どうした」


「……何でもないよ、心配かけた」


「ぅな?」


 コトラも頭をごっちんしてきた。


「心配してくれてたのか? コトラ」


「ぅな」


「しゅう」


 ブランも俺に鼻面を近付ける。


「みんな、ありがとう。大丈夫だから」


「そんな青い顔をして大丈夫もないだろう」


 レーヴェが顔を覗き込んでくる。


 ここまで心配されて、何も話さないってわけにはいかないだろう。


 俺は話した。


 人の形をして、人の言葉を喋る相手を傷つけたり殺したりすることに罪悪感があるのだと。


「何それ」


 ミクンがぽかんとした顔をした。


「あんた、生神様なんでしょ? 魔獣や魔物をぶっ殺すのが役目なんでしょ? いちいちそんなこと思ってたらぶっ倒れちゃうよ! あんたらも、何か言ってやんなよ!」


「あー……」


「そう言うことを考えてたわけか……」


 ヤガリもレーヴェも苦笑い。


「気にするな……と言っても気にするだろうが、それが生神の役目だ」


「それがお前のいい所なんだろうが、頭を切り替えろ。生神である限り、魔獣や魔物、魔族とは戦うのが宿命だ」


「そうは言われてもねえ……」


「それだけ罪悪感に囚われることは何をしたんだ?」


「情報を得るために、ここにいたワー・ベアに【再生】を付与して痛めつけた」


「その程度なら何でもないな」


「アムリアの人たちを苦しめてたんでしょ? 悪いこと、何一つしてないよ」


「ただ、アムリアの民からは恨まれるだろうな」


 サーラの言葉に、え? と俺含め全員がそっちを向いた。


「アムリアの民は人を差し出すことで自分たちの糧を得ていたのだろう? 魔物たちがいなくなれば、彼らは糧を得ることができなくなる」


「そうか……」


「あいつら、自分で獲物を捕ることもできない程ぼろぼろだったもんね……」


「無限の種を使うのはどうだ?」


 レーヴェが提案してくれたけど、それはなあ……。


「とりあえずお腹膨らますだけの種じゃ意味ないよ。栄養を与えないとあの人たちは永遠にあのままだ」


「無限の種?」


「……あとで説明するから。とにかく、自分で獲物を捕らえられないなら、アムリアを【再生】したとしても、獣に食われて終わりだ」


「シンゴの信念を変えるようで気が引けるが……何か栄養になる植物を与えてはどうだ?」


 レーヴェがそう提案した。


「植物」


「そこそこ体力が回復するまでの間生やしておけばいいだろう」


「う~ん……」


 基本的に自力で生きて行ってもらうのが俺の理想なんだが……アムリアの人たち、西のビガスまで行ける体力もなさそうだな……。だけど、他人から与えられるものを受け取るだけの生き方はしてほしくないんだけどな……。


「あ、じゃあこうしたらどう?」


 ミクンが人差し指をあげた。


「どんどん西に向かって生えていくの。西に向かわないとそれが手に入らないの。気が付いたら再生した西の方面」


「……そうか、獣を捕まえるのと同じ方法か」


 うん、と俺は頷く。


「それは、あり、だな」


 M端末を取り出す。


「美味しくて……手を加えなくても食べられて……栄養になって……」


 頭の中で色々考えながら、頭の中でまとめていく。


「よし、【創造】……万年草!」


 アムリアの方面へ向かって、【創造】と【増加】を使った。


「お告げっぽく私が伝えておこうか」


「サーラ、頼む」


 サーラは頷いて、軽く目を閉じた。


(人の子よ……人の子よ)


 声ではなく、頭に直接声が響いてくる。


(今そこにあるのは万年草……汝らを満たす為に生神が遣わせしものなり……)


「え? え?」


 頭の中に直接響いてくる声にミクンが耳を抑えてきょろきょろと見回す。


(だが、地の力を吸い取るがために、長期間アムリアに生え続けることはできぬ……万年草を食し続けるためには、地の力を追ってゆかねばならぬ……。生える方向へと、移動し続けなければならぬ……)


 厳かな思念が静かに伝わってくる。


(万年草が尽きる頃には、生きるべき地へとたどり着けるであろう……。何もなく

なったアムリアに残るも汝らが自由……好きなように生きるがよい……)


 サーラがくるりと振り向いた。


「これでどうだ?」


「うん、多分これなら行けると思う。ありがとうサーラ」


 サーラは妖艶な笑みを浮かべた。


「何これ! 何これ何これ今の!」


 サーラと俺と交互に見て、ミクンは興奮した声で叫ぶ。


「サーラは何なの? サーラが生神……じゃないよね、じゃあサーラは何なの? そう言えばレーヴェもヤガリもサーラは人間じゃないって言ってた!」


「守護獣だ」


 サーラはにっこり笑って頷いた。


「無窮山脈の炎の守護獣」


 ミクンはパクパクと口を開けたり閉じたり忙しい。


「人間ではないが神でもない」


「神みたいなもんじゃん! ほとんど神!」


「じゃあ残りは何だ?」


「獣!」


 サーラが思わず噴き出した。


「で、どうする?」


 ひとしきり笑って、サーラは笑顔から真剣に切り替えてミクンに聞いた。


「生神と共について行くには、神子になるほかない。ブランは神子ではないがシンゴが生み出した神獣で例外だ。神の僕として生きるか、自由に好きに生きるか」


「決まってる」


 ミクンは笑顔を返した。


「あたしはシンゴと一緒に行く。……それでもダメだって言う?」


 ミクンが不安そうに聞くのに俺は肩を竦めた。


「ミクンは放っておいてもついてきそうだからなあ」


 はあ、と俺は溜め息をついて、M端末を取り出した。

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