第55話
「滅亡の神って言うのは、三つの目を持つのか?」
俺の問いに、アルクトスは野太い笑みを浮かべる。
「額の目は例え、だと言われている」
「例え?」
「そうだ。滅亡の時を知らずのうのうと生きる人間を見る目が滅亡の神の額の奥にあると言う。だから、シンボルに使う髑髏は、生きているうちに額に穴を空けてやるのさ。それによってシンボルは力を得ると言う。つまりこの髑髏はシンボルとしては無意味ってことだ。こんな人間を前に反応すらありやしねえ」
ああ、それでか。仮にも神のシンボルだとすれば、生神の存在を把握しないわけがない。
髑髏の元になってくれた人には申し訳ないけど、シンボルが弱くてよかった。もうちょっと粘れそうだ。
「……生きている人間の額に穴を空ける?」
「そうだ。その人間の苦痛と絶望こそが、シンボルに神の力を下ろす肝心な要素だ。そいつなど、穴を空け始めた時にさっさと死にやがった。おかげで力もほとんど宿らねえ。お前なら保ってくれると信じてるぜ?」
嬉しくない期待だな。
俺の考えが自然と表情に出ていたんだろう、アルクトスは楽しい楽しいとニヤつく。
「あの女と違ってお前はなかなかにふてぶてしい。生きる希望にあふれている。その希望をへし折った時の絶望が、オレたちにとっては最高の喜びなんだ」
「……魔物ってのはみんな、あんたみたいに悪趣味なのか?」
「悪趣味? 何がだ」
心底不思議そうな顔でアルクトスに聞かれた。
「生きている人間の頭に穴を空けるなんて、悪趣味だ」
「ああ、ああ、生き物とオレたちとの考え方の相違だな」
「……あんたらは生き物じゃないのか?」
「正確に言えばな。人間や動植物、創造の神が生み出した全てを《《生物》》と言うのであれば、オレたちは死物かも知れん。一応生きてはいるし、生き物同様いずれは死ぬ。が、《《死物》》は世界中を破滅させて共に死ぬことが悦び。一分一秒でも長く生きようと思っている生き物とはそれが決定的に違う。死とはオレたちにとっては究極の目標。道連れに世界を巻き添えにするのが希望だ」
「生物とは相いれないってわけか」
「そう言うこと。そう言う人間の絶望こそが滅亡の神の悦び、そしてオレたち死物の最高の御褒美だ」
う~ん平行線。
つまり、俺が生神である限りこいつらとは絶対に相いれないってことだな。
生きたまま目の穴を空けるってのが悪いことだってこいつら全然思ってないし。
しかし、《《死物》》か。なるほどね。生物や生神とは正反対なんだ。
「しかし、シンボルにする前にそいつで遊んでいけないと言う掟はない」
「だから俺で遊ぼうと?」
「そっちの女でもいいんだぜ? 女の方がオレもゴブリン共も楽しいんだが」
それが性的な意味だと気付いて、俺は顔をしかめた。
ん……性的?
「ちょっと待って」
俺は顔をあげた。
「外にいたゴブリンの子供は何なんだ。死物は子を作れるのか? 子供を作るって言うのは生物が生き延びようとする生存本能から起こるものだ。死物とは正反対の行為だと思うんだけど」
「ほほう。ほう。そこまで考えたか」
アルクトスは感心したように何度も頷く。
「オレたちにとって性行為は子を成すための手段ではない。単なる楽しみだ。子は滅亡の神が授けてくれる。新たなる戦力として。神は新たなる破壊に向ける戦力をお告げによって女の腹に宿し、創り上げる。新たなる魔物を生み出すのに女と言う存在を使っているだけだ。母体が強ければ強い程強い魔物を生み出せるが、だからこそ人間どもが自分の子に拘る意味が分からんな。母体と子に血のつながりとやらはないのだから」
なるほど、魔物の女と言う母体を使って、新たな魔物を生み出すってことか。
しかし……。
「性行為は楽しみか」
「そうだ。快楽は楽しみだ」
サーラをいたぶることはできるってわけだな。……サーラが大人しくいたぶられているとは思えないけど。ていうか相手が大ヤケド間違いないけど。
「サーラと言う女のことを考えているか」
お見通しだぞ、と言わんばかりの声。
「あれはオレが最初に遊んだ後、下の連中に遊ばせてやる。あれだけの女なら、さぞ楽しかろうな」
やめといたほうがいいけどなー。
ていうか手を出そうとした途端全身やけどでぶっ倒れるのがオチだけどなー。
でも言ってやんない。女の人にそう言うことをするのを楽しみにしている性質の悪い変態は火傷したほうがいいと思うから。
その時。
どぅっ!
熱風が吹き荒れた。
神衣を着ていた俺は大丈夫だったけど、それでも肌がチリつく熱風。
これは……あれだな。
あれがあれをあれしようと思ったんだな。
ぐぉう。
炎が渦巻く。
「な、なな、なんだ!」
炎の一部が俺の戒めに当たって千切れる。
「手ぇ出しちゃいけない相手に手ぇ出したんだろう」
やれやれ、と俺は立ち上がった。
「貴様っ、何っ、何者だっ」
「生物だよ」
やれやれと俺は痣のついた手をさする。
「お前たちと正反対の存在だよ」
ごうごうごうっっ。
「あちっ、あちちちっ」
「おい、サーラ、いい加減にしろ!」
「なんだ、まだレアなんだ、せめてミディアムにさせろ」
隣の部屋……部屋を仕切る幔幕も焼けているのに、澄んだ声がのんびりと聞こえた。
「肉を焼いてるんじゃないから動けなくなったらいいだろ!」
「やれやれ」
白光を宿しながらサーラが向こうから歩いてくる。
彼女を中心に炎が渦巻く。
「私に手を出してくると言う不届き者を躾けてやっただけだ」
「レアとかミディアムとかは躾って言わないの!」
「チッ」
サーラは軽く手を下ろした。
途端、熱風が鎮まる。
「何者だ、貴様らぁ!」
「う~ん」
俺は祭壇に飛び乗った。
髑髏に手を伸ばす。
さすがに力がない髑髏でも、シンボルとなっているのなら、俺に何らかの反応を示すはず。
ばちぃっ!
髑髏が弾けて消えた。
「なっ、お、オレが捧げた髑髏がっ」
「相当力のない髑髏だな」
俺は溜め息をついた。
「俺にも気付けないで、シンボルも何もないだろ。触ってやっと木端微塵だなんて」
「貴様、神子かっ! 生神が降臨して西側を再生していると聞いているが、その手先かっ!」
「当たりで外れ」
俺は亜空間から蒼海の天剣を取り出して。
俺はアルクトスに向き直った。
「生神そのものだよ」




