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第53話

「本当にあんたらどうする気よ」


 ミクンの声に、ヤガリとレーヴェは顔を見合わせた。


「あんたらなら、戦うか逃げるかの選択肢くらいはあったのに。何であのシンゴとサーラを引き渡したりするのよ!」


「そう言われてもな」


 レーヴェは軽く頬を掻いた。


「シンゴが決めたんだから、おれたちはそれに従うだけだ」


 ヤガリも戦斧を持ち直し、シンゴから渡された水晶球を荷物の中に入れる。


「何でシンゴの言うこと聞くのよ。馬鹿な若旦那に言われたら命を捨てるって言うの? 第一何それ、魔具? 魔具は世界から消えつつあるって言う最高級のお宝よ。魔法の力を道具に宿し、それを使えるようにする……失われつつある財産なのよ?」


 実は、それ以上に貴重なものなのだが、もちろんレーヴェもヤガリもそれを言わない。


「ミクン、お前は草原に帰った方がいい」


 ヤガリは戦斧を担いで、ミクンを見た。


「そうだな、君は帰った方がいい」


 レーヴェも剣の柄に手をかけて頷く。


「これから先は遊びでも冗談でもない」


「遊びと冗談でついてきたわけじゃないもん」


 ミクンはレーヴェを睨み上げた。


「何であたしがあの草原から出てきたと思ってんの」


「飯があるからだろう」


「レーヴェ」


 鋭くヤガリが名を呼んだ。レーヴェは気付いて思わず自分の口を塞ぎ、少し迷ってから頭を下げた。


「……すまん。どうにも私は物の言いようが悪いんだ」


「数日かでも付き合ってたら分かるよ。あんたは言葉の選び方が不適当だ」


「……悪かった」


「別にそれを気にしているわけじゃないよ」


 ミクンは軽く足元の石を蹴った。


「ハーフリングが信じられないのは今更じゃないしね。だけどね……」


 キッと顔を上げ、ミクンは二人を見上げる。そこには、混じりっ気のない真剣さがあった。


「ただ、だからこそ、あたしたちは信じてくれた人や助けてくれた人には絶対の恩義を持つ。命を懸けてでもそれを返すって誇り。それがあたしたち草原の民、ハーフリングの守らなきゃいけない掟だ」


「シンゴに何か助けられたか?」


「腹を空かせて魔獣に追われていたところを助けてくれた。全くあんたたちを信頼してなかったあたしに食糧を分け与えてくれた。そして……そして、あいつは自分じゃないと言い張ってるけど、どういう手段を使ったかいまだにわからないけど、あたしたちの棲み処を元の姿に戻してくれた。だからあたしはあいつを助ける。あいつが何と言おうと、あたしはあいつの力になる。どんな手段を使ってでもね」


 目がぎらぎらと、飢えた肉食獣のように光っていた。


「どうする?」


 レーヴェがヤガリを見下ろす。


「これは放っておいてもついてくるな」


 ヤガリも自分の髪の毛をかき回して溜め息をつく。


「勝手に捕えられて助け出すのも面倒だ。なら目の届く場所に置いたほうがいいだろう」


「……そうだ、な」


 レーヴェは息をついてお手上げ、と、文字通り手をあげた。


「だがシンゴは了承するのか?」


「それはシンゴが戻って来てからでいいだろう。とりあえずこの一件が収まるまではお目付けがいると言うだけで」


「許してくれんの?」


「仕方ないだろう。ここでお前が一人暴走したら二人を助け出すのが厄介になるかもしれない。そして潜入やかく乱であればハーフリングの素早さや身軽さは武器となる。……ああ、私達に恩義を感じなくていい」


 レーヴェがひらひらと手を振った。


「おれたちはシンゴの為にいるんだ、シンゴがこの場にいたらどう判断したか考えて結論を出しただけ。恩義はシンゴに感じておけ」


 ヤガリの言葉に、一瞬ミクンの目に小さなものが光った。


 だけど、それをぐい、と拭って、ミクンは二人に頭を下げた。


「ありがとう……ありがとう!」



 ガラガラ、ガタガタと馬車は揺れる。


「何処まで行くんだ」


「カッカッカ」


 ワー・ベアのアルクトスは馬車の横を巨大なメイスを担いで歩きながら高らかに笑った。


「なかなかに肝も太いようだな。普通ここは自分がどんな目に遭わされるか不安になって怯えるか、泣き明かすか。連れて行かれる先のことを聞くヤツは初めてだ」


 はあ、と俺は馬車に転がされたまま溜め息をついた。


「……あ~キツイ」


 俺の両腕は腹の前でギッチリ結び付けられている。これを解いて脱出するのは骨……。


 じゃあ、ないんだな。


 俺が何者か、サーラが何者か知らないからこの程度の束縛で済んでいるんだ。


 俺は普通の武器や防具では傷をつけられない。神具の神衣もあるけれど、一般人程度の攻撃なら生身でも傷は負わない。


 そして俺以上に怖いのがサーラ。


 サーラは炎の守護獣。縄を焼き切るなんて造作もないどころか、このアルクトスとゴブリン連中をまとめて焼き払えるくらいの力は簡単に放てる。


 だけどそれでは意味がない。


 俺たちが敵対勢力と呼ぶ、敵。


 ただ、その敵の具体的な正体がわかっていない。


 何故世界を滅ぼそうとしているのか、どんな力を使って魔獣や魔物を生み出しているのか、それがはっきりしないとこっちとしても対処しようがない。


 もちろんサーラもそれを分かってくれて、敵陣侵入に付き合ってくれたのだ。


 そのサーラは……。


「っ……うっ……」


 うわ、泣いてんよ。


 つーかウソ泣き上手いな。守護獣ってのは演技力も高いんだろうか。サーラを【観察】したことはないけど、スキルに「演技力」ありそうだなあ。


 俺は空を仰いだ。


 雪が降るでもないのに鉛色の無機質な空。少なくとも無窮山脈やエルフの泉なんかじゃ見られなかった色だ。


 あ~馬車ってクッションないから体中痛い。


 ガタゴトガタゴトと馬車は進む。


「そら。見えて来たぞ。お前らの終焉の地だ」


 アルクトスが指したほうを、精一杯身体を動かして見てみたら、そこには古い陣営のようなものがあった。


 堀と木の柵で囲まれ、入り口には棍棒を持ったゴブリンが二体。


 到着かあ。


 ここからは真剣勝負。いかにこっちの正体を悟らせずあっちの正体を見抜けるか。


 何とかやってみるしかない。


 ガラガラと馬車は堀に渡された跳ね橋を通って、陣営の中に入っていった。

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