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第52話

「さあ、前みたいに人間の削りカスみたいなのを寄越したらろくな物はやらねぇぞ! お前らにとって食糧はどれだけ価値のあることか! お前らの王がお前らを差し出したんだから、お前らは俺たちの重要な商品なんだ! 大事な食糧と引き換えなんだから、いい人間を連れてこい!」


「!」


 それで、全てを承知した。


 そう言うことか。


 人間を連れて行くのと引き換えに、彼らは貴重な食糧を与えられていたんだ。


「ってことは、ね」


 ミクンは人差し指を上に向けた。


「このアムリアにいる誰よりも、あたしらって、価値のある商品ってことなのかな?」


「だろうなあ」


 気配を感じる。気配と言うか視線だ。歩くこともできないアムリアの住人が、視線だけで俺たちを指しているのだ。


「いい商品がいるのか?! いなかったら承知しねぇぞ俺はぁ!」


 レーヴェとヤガリが咄嗟に武器を手にするけど、俺が止めた。


「いい機会だ」


「人買いに売られる機会なんて、いい機会なの?」


「そーいう意味じゃないんだけど……このアムリアに何かをしている連中の正体を知ろうと言うなら、いい機会だなって」


「このまま売られる気?」


「……そうだな、俺とサーラだけで十分だろ。レーヴェとヤガリはコトラとブランとミクンを連れて逃げてくれ」


「ついて行くつもりだったのだが?」


「中から逃げ出す時に外から攻めて来られたらずいぶん楽になると思ったんだけどな」


「しょうっ」


 正気、と叫ぼうとしたミクンの口を抑える。


「しーっ」


 ミクンがこくんこくんと頷いたのを確認して手を放す。


「でも、どうやって」


「シンゴとサーラなら大丈夫だ」


 ヤガリがミクンの手を引いた。


「何処に連れてかれるかもわからないのに?」


「それは大丈夫」


 俺は手を後ろに回して、神具を亜空間から引き出した。


「導きの球、か」


「そう。これなら俺の居場所が何処であれ見つけられるだろ?」


「何? 魔具? あんた魔具なんて持ってたの?」


「しーっ」


 もう一度ミクンがこくこくと頷いた。


「じゃあ、早く行ってくれ」


「ああ」


 レーヴェとヤガリがミクンの手を引いて、コトラやブランと一緒に奥の方に行く。


 気配。


 これは……来たな。


 俺とサーラは少し見つかりやすい場所に移動した。


「なんだなんだなんだぁ?」


 壁の向こうから声が聞こえる。


「ここ数十年こんな人間の気配は感じたことがないぞぉ? こんな貴重品がアムリアにいたってのかぁ?」


「誰だ!」


 俺が叫んでやる。


「誰だ、ってか。つまり俺様のことを知らないってわけだな。アムリアの住人ではない、か」


 のっそりと顔を出したのは、まるでグリズリーのような大男。


 オーガ、……じゃないな。気配が人間のものじゃない。紛れもない魔物のものだ。


 顔も猛獣のそれに似て、狂暴性とサディスティックな性質をむき出しにしている。


「……改めて聞く。誰だ」


 俺が微かに震えながらサーラを庇うように立つと、男は楽しそうに笑った。


「かかかっ、本当に知らないのか。一体何処から来た? 最近牙をむいている西側か?」


「シンゴ……」


 サーラが俺の後ろから顔をのぞかせる。不安そうな顔。相変わらず演技上手いよなあ。


「ああ、お前の問いに応えてなかったな。俺はアルクトス。ワー・ベアのアルクトスだ」


人熊ワー・ベア……」


 こりゃあ間違いなく敵対勢力だ。


 ビガスで出てきたワー・ラットと同種。しかも熊だって言うのなら、あいつ以上に強いと考えた方がいい。


 いや、ここで勝つことを考えてちゃいけないんだった。それだったらヤガリやレーヴェに残っていてもらってた。


 敵対勢力がどんな敵か。何を考えて世界を滅ぼそうとしているのか。さすがにこのワー・ベアから敵対勢力のトップに辿り着けるとは思えないが、その少し上には行けるだろう。相手の理由を知らないとどう対抗していいかもわからないし。


 ざざざっと気配が後ろにも回った。


 ゴブリンが手に手に棍棒を持って囲んでいる。


 全員俺たちを見ているってことは、……ヤガリやレーヴェは逃げ切れたってことかな。ならOKだ。


 俺は不安そうな顔をしてワー・ベアを見た。


「俺たちを……どうする気だ」


「どうする気だと思う?」


「食う気か?」


「かかかっ」


 ワー・ベアは楽しそうに笑った。


「食うだけで終わると思うか?」


 結局食うのか、と思いながらも怯える顔を作りながらそれでもサーラを守ろうとする体勢を崩さない。


 ワー・ベアは楽しそうに笑いながら、アムリアの人がいる方を向いた。


「ここまでいい人間は初めてだ! 何も知らない旅の人間を捧げるとは、なかなかお前らもいい考え方をするようになったじゃないか! ああ、ああ、今回は特別に大放出してやるよ!」


 人間たちがワー・ベアに頭を下げる。


 やっぱり、少しでもマシな人間を引き渡すことによって、何もできない自分たちを養ってもらってたんだ。


 ……それしか生きる方法がないからなあ。


 多分、数十年って間、そうやって生きてきたんだろう。もう逃げ出そうって気も逆らおうって意思も失ったんだ。


 気の毒だとは思うけど……う~ん。


 ゴブリンが棍棒を振り上げて、動かない俺たちを脅す。


「シンゴ……怖い……」


 サーラ姐さん、見事な猫かぶりだな。


 てか俺に縋りつくなって! わざと俺の背中に胸を押し付けているんだろ!


(そう言うな。弱い人間を装わなければならないだろう?)


(胸当てる必要はないだろ!)


(ほらほら、油断をするなよ?)


 サーラは怯える顔をしながら心の中で笑って俺をからかってまでいる。さすがは人外。


 俺たちは武器を含めた全ての持ち物を取り上げられ、縛り上げられた。


「さあ、今回の商品はこいつらだ! お前らの為に痛めつけられるこいつに感謝しながらありがたく飯を食え、そして新しい商品をな!」


 引きずられて歩く俺たちを見て、アムリアの人たちが深々と頭を下げる。


(生贄だな)


(サーラ?)


(ここで平和に暮らすには、定期的に生贄を捧げなければならないんだ。そして、生贄は自分たちの生命を繋いでくれる神への聖餐でもある。だから崇めるのさ。自分たちの命を繋いでくれてありがとう、とな)


 ゴブリンたちが広場に食糧を……俺たちの食べているものよりはるかにみすぼらしい……置き、空いた馬車に俺たちは乗せられた。


「さあ戻るぞ! いい商品が出た!」


 馬車はがらがらと動き出した。



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