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第50話

 それから二日。


 魔獣や魔物が時折現れる街道を、俺たちは東に進んでいた。


 ミクンは、結構辛抱強くついてきていた。


 ヤガリやレーヴェは、ハーフリングは結構飽きっぽいっからそのうちいなくなるって言ってたけど、ミクンは率先して先頭を歩き、魔獣の気配を察知している。


 ヤガリの筋力やレーヴェの技量はミクンにはない。


 だけど、敵が多勢の時、ミクンは真価を見せる。


 四方八方から来る攻撃を、ミクンは全てギリッギリのところでかわし、誰かが駆けつけるまで囮になってくれる。


 ミクンが言うには、これがハーフリングの戦いなんだと。


 ハーフリングの攻撃は軽い。どれだけ素早かろうと急所を狙おうと、これだけはフォローできない。だから一人のハーフリングなんて無力。泥魔獣すら倒せない。


 だけど、他の種族の仲間がいれば。


 俺たちのような、敵を倒せるだけの技と力のある種族と一緒なら、そいつらが敵を倒すまでいくらでも囮になれるって笑っていた。


 ……ちょっといびつに歪んだ笑いだった。


 ミクンはハーフリングを他の人間族より下に見ているようだけど、俺はそうは思わない。


 身体が小さいのは確かにハンデだろうけど、それはできることの裏返しだとヤガリは言った。


 身体が小さい分、相手の攻撃が当たる面積は小さい。オーガと呼ばれる巨人族など、力は強いが大きすぎてすぐ死角に回り込まれるとか、子供の投げた石すらかわすことが出来ないとか。


 対してハーフリングに死角と呼べる死角はない。


 見ていれば分かる。ハーフリングは五感が獣並みに鋭いのだ。


 目も、耳も、鼻も、舌も、皮膚も、感じ取ったもの全てをすぐに彼女は理解する。初めて出会った時ツボってしまった「パンもどき」って言い方だって、これまで食べていたパンと呼ばれるものとはほぼ共通点がないと判断したからの言葉だった。滅びかけた草原で生まれた彼女は、焼き立てどころか固くなったパンすら食べたことがないのだと後で知った。彼女が見せてくれた「パン」は、小麦なんかじゃなく、土や草、歯が通るものでかさを増して焼いた、栄養にも何にもならない、食事とすら言えない物体だったのだから。


 ああ考えが反れた。


 ハーフリングの強み。それは、敵に感情や思考というものがある限り、彼女たちはその敵意や攻撃の意思などを先読みし、安全な場所へと移動できること。恐らく攻撃の意思を感じ取った瞬間に彼女は本能で次に安全な場所を読み取って移動しているんだろう。先読みのスキルもあるかも知れない。


 重い物を持てないってことは、ヤガリのように大きな予備動作なく攻撃に移れるってことでもあるんだとも言っていたな。


 確かにヤガリは重い斧を軽々と扱って見せるけど、やはり脳天唐竹割りにしようと思えばまず戦斧を振りかぶって相手目掛けて振り下ろすと言う予備動作が必要。ミクンの使っている細い銀色の針のようなナイフは勢いをつけたりする必要なく目を狙ったり足の腱を狙ったり気付かれたら足と見せかけて手を狙うなど、実に多彩な攻撃ができる。レーヴェも、訓練を受けていたとしてもそこまでの連続攻撃は出来ないと言っていた。


 多勢を引きつけてもらってこっちが一体ずつ敵を相手できるって言うのはすごくやりやすい。


 ……ただ小さい女の子に囮をやらせるって言うのが少々良心に響きます。


 年齢を聞いたら二十歳で俺より上だったんだけど。成人してたんだけどって言ったらサーラがハーフリングの成人は十五歳だって聞いて二度びっくりしたんだけど。


 このモーメントで、生神である俺が最低限必要な情報はM端末に入っている。もちろんハーフリングの年齢と寿命に関する情報も端末に入っていただろう。


 ただ、端末を取り出してヘルプしたり【神威】使ってたりすると高確率で俺がタダモノではないことがバレてしまう。


 そこでサーラの手ほどきを受けて覚えたのが、脳内端末使用。


 使われない神具は俺が干渉できる異次元に入っている、らしい。普通ならその異次元から手で引っ張り出すんだが、「頭の中で引っ張り出して頭の中で展開しろ」と言われた。


 なかなかに難しかったけど、慣れると、ヘルプで必要情報だけは取り出せるようになった。【神威】とかはまだ無理だけど。


 端末はチュートリアルの一部だから、本来なら端末を使わなくても念じるだけで端末機能は全て使えると言う。だから端末なしで使えるように慣れろ、と言われてはいるんだが、今のところ頭の中でヘルプページ読めるくらいしかない。しかも本当に端末の情報なのか俺の思い付きなのかがはっきりしないので困ってる。歴代の生神様はそう言うのを乗り越えて来てるんだろうなあ……。


「シンゴ!」


 悲鳴に近い高い声に我に返って、目の前まで迫っていた、俺一人丸のみにできる深淵の入り口のような牙の切っ先を剣の柄で突いた。


「ぎゃんっ!」


 魔獣が悲鳴をあげて飛びのく。俺はその後に続いて、六つ脚の魔獣の首を叩き落す。


「大丈夫なの、シンゴッ?!」


 独特のキーの高さは、間違いなくミクンのもの。


「大丈夫! ……ちょっと考え事してただけで」


「命がかかってんだから他所事考えてんじゃないわよ!」


「それは間違いない! ごめん!」


 ドガッ、とヤガリが魔獣の頭を叩き割り、レーヴェが別の魔獣の口の中に剣を突き刺して絶叫させた。そこをコトラがジャンプして喉笛を食いちぎる。


「ラスト・ワンッ!」


 しつこくミクンを狙っていた犬のような魔獣を仕留め、俺たちは息をついた。


「も~シンゴ~」


 息一つ乱さずやってきたミクンに、俺は剣についた血を拭いながら頭を下げる。


「ごめん。そして、教えてくれてありがとう」


「あんたが相当の達人だってのは分かってるけど、油断はどんな達人でも殺しちゃうってばあさんが言ってたからね? お人好しで命は買えないんだからね?」


「うん、ごめん」


 あれだけ魔獣の攻撃を受けていながらかすり傷一つついていないミクンに感心する。


「あ、そうだ」


 ミクンは街道の脇をチラッと見て、そこに走っていった。


「戦闘中に気付いたんだ。ほら、これ見て」


 それは、ボロッボロの看板だった。


 刻み込まれていたおかげでかすかに残った文字から、「この先アムリア」と書いてあるのが読めた。


「いよいよアムリアだよ」


 ミクンは笑った。


「一体どうなってるかは分からないけど、多分住んでる人間は最悪な状況だね!」

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