第47話
少女はパンを食べ終わり、水を飲み干し、干し肉を食べて、幸せそうに腹を撫でてた。
「こーゆーの、お腹いっぱい、て言うの? 美味しかった!」
お腹に手を当てて、嬉しそうに言う。最初は誤解されたけど、助けてよかった。
「これからどうするんだ?」
「しょーがないよ。働けるわけでなし、一生に一回でもお腹いっぱいって思えた思い出を持って、この先もここで生きてくよ」
少女は立ち上がった。
「あんた、名前は?」
「俺はシンゴ。エルフがレーヴェで、ドワーフがヤガリ。そっちの商品って勘違いしたのがサーラで、コトラと、ブラン」
「そっか」
指についた油をペロッと舐めて、少女は頷いた。
「あたしはハーフリングのミクン! シンゴ、生まれて初めてのお腹いっぱい、ありがと!」
言うと少女は街道の腐った森に走っていった。
「コトラ」
俺が小さい声で言うと、「ぅな」と俺の言いたいことを察したコトラが足音を消して走っていった。
あたしは一人で腐り草原まで戻った。
微かにあちこちに緑と呼ばれる色は見える。だけど、ばあさんが言うには、本当の草原の緑はもっと鮮やかで泣きたくなるくらいにきれいな緑だったって。
多分、あたしはそれを見られない。
世界が滅びの道を歩んでいるのだと、皆が言う。
神サマが見捨てたんだって。
あたしは神サマなんてものを信じちゃいない。だって、もし本当にそんなものがいるのなら、ばあさんが言ってた泣きたくなるくらいきれいな緑をここまで救いようのない姿に変えるわけがない。いたとしても、最悪の性格してるだろ。
でも。
街道で出会ったあの妙な一団を思い出した。
ヒューマン二人にドワーフにエルフ、そして不思議なロバと灰色虎。
あいつらが灰色虎の正体に気付いてるのかどうかは分からないけど、あの虎やロバが一緒にいるんだから、決して悪い連中じゃないんだろう。
虎やロバからは、人間たちを大事に思う気持ちが伝わってきた。生き物も食べられるものなら何でも食べてきた人間を、あそこまで信じているんだし、あたしの勘も決して悪い連中じゃなかったと告げている。
この草原から抜け出す方法は、あった。
それをあたしは、自分で潰した。
シンゴとかいうあいつらと一緒に行動させてもらう。
全然違う種族で旅してる連中、あんな美味しいパンもどきや真似水を平気な顔して分けてくれるお人好し、動物に慕われたあいつらが悪いことをするはずもない。そうすれば、あたしは簡単にこの草原から出られたはず。
あのお人好しなら、連れて行ってと言えば、簡単に連れて行ってくれただろう。
だけど、出られなかった。
怖かったんだ。知らない場所に行くってことが。
……自分がここまで弱い人間だとは思わなかった。
自由を重んじるハーフリングなのに、この腐った草原に囚われている。
ばあさんも、父さんも、母さんも死んだ。
元々ハーフリングは短命の種族だ。今残っている仲間たちの中で、この草原の本当の姿を知っているヤツは多分誰もいない。
だけど、何処に行っても同じだと。
そう思って、この草原に自分から囚われた。
大樹海や無窮山脈、ビガスが復興したと聞かされて、もしかしたらこの最悪な生活が終わるかも、と思っても、動けなかった。
でも……。
「一応、あっちの方が復興してるってことは、仲間内に伝えた方がいいかなあ……」
そうすれば、旅に出る仲間がいるかも知れない。
そうして、あたしはここに取り残されて……。
…………。
ダメだ、ダメだ。
こんなクソみたいな考え方じゃ!
「明日、あいつらのことをみんなに言わないと……」
ボロボロの寝藁に、あたしは包まった。
そう言えばあいつらはもっといいもの持ってたな……毛布って言うんだっけ? 柔らかくて軽くて暖かい、寝るときに包まったら気持ちいいだろうなあ……。
そのまま眠りに落ち……。
ふっとあたしは目を覚ました。
何だか違和感を覚えて。
違和感……ううん、違う。
何か、いい予感。
寝藁が何だか心を落ち着かせるいい香りになっている。
あたしは飛び起きた。
腐って柔らかくなっていた床が、固くあたしを受け止める。
「な……に……?」
ボロボロのランタンに火を入れようとして、感触が違うのを感じる。
ざらざらの錆の感触じゃない。つるりとして固い……。
燃え残りの薪のわずかな光を頼りにランタンに火を入れて、あたしは知った。
丘の中腹、穴を掘って作った家の中に。
全てが力が漲っていたんだ!
壁も、天井も、床も。
ぼろぼろに荒れ果てていた、ここで死ぬと定めた家が、力に漲ってたんだ!
不意に、あいつの言っていた言葉が蘇る。
(森エルフの大樹海とか、ドワーフの無窮山脈とか、ヒューマンのビガスとか)
もしかしてっ?!
あたしはピッカピカのランタンを持って外に飛び出た。
そこには。
気持ちのいい風が流れていた。
生まれて初めてだ。風を気持ちいいって感じたのは。
そして、生命に満ち溢れた香り。
何だろう、この、ちょっとツンとする、でも幸せな香りは。
ランタンの光に照らし出されたのは、今まで見たことない色の草。しかも地面にへたってるんじゃなくて、ピンと立っている。
そんな草が、ずっと、ずっと続いていた。
「ちょ……エラン、カシム、ヨロズ、アマネ!」
あたしは大急ぎで仲間たちの家を梯子して走った。
「え? なんだよ」
「てかなんでお前そんな元気?」
「ちょ、いいから、外出て、もうすぐ陽が昇るから!」
最後の一人の家を出た時、東の空、あいつらが向かって行った東にそびえる山から顔を出した朝日が、草原を照らし出した。
一面の。
金と緑。
太陽ってこんなに力強かったっけ。
そして、ばあさんの言っていた緑は、こんな色だったんだ。
「これ……一体……」
「わかんない……けど」
あたしは泣きたい気持ちで言った。
「草原は、救われたんだ……!」




